三、世界を救う努力型主人公
注! この作品は主人公が一度殺されます。
申し訳ありませんが、苦手な方はお戻りくださいませ。
無限に繰り返される時、終わりのない永遠――
神々の生きる時代、時の女神ヴィスティアは永遠ともいえる神の時代から人の時代を創った。彼女の手から離れた時は人に寄り添い、時は限りあるものへと姿を変えた。
流れる時の中で人が築きあげた国の名をエデリウスという。
私が知る乙女ゲーム『銀の姫騎士』は、騎士を夢見る主人公が王都へ到着する場面から始まる。入団してから生誕祭という運命の日を迎えるまでの二十日間ゲーム期間だ。
ところがこのヴィスティア騎士団、壊滅寸前。素敵な男性たちと交流を深め騎士として成長、騎士団を再建させるというのがこのゲームの本筋だ。
攻略対象によって直面する問題は様々で、騎士団存続の危機・主人公の事情・攻略対象の抱える悩み・国の危機などが障害として立ち塞がる。その過程で恋愛を繰り広げると。
あれから――暗殺され甦りをはたしてから十年あまりが過ぎた。
七歳にして女神様との邂逅を果たし、前世の記憶を取り戻した私も十七歳へと成長している。これで大人びた思考と外見の釣り合いも取れるだろう。
ありふれた静かな夜だった。
ひっそりと王都を目指すには丁度いい。いよいよ行動を起こす時が来たのだ!
「ようやくここまできたわ。ゲームプレイ時は考えたこともなかったけど、主人公って大変なのね」
このゲームの主人公、簡潔に言い表すなら『世界を救う努力型主人公』という言葉が当てはまると思う。何しろ逃げ伸びて以来、将来のために修行修行修行……
いよいよ今日までの苦労を実行に移す時が来たとなれば感慨深さのこもった呟きにもなる。
「この十年、十年なんて短すぎる! たくさん準備して計画を立てたけれど、もっと時間があってもいいのに……」
強くなるため修業を重ね、各攻略対象のルートを復習、それらを元に取るべき行動を模索し続けた十年。
「結局のところ何が正しいのかわからなかったけれど……。セーブもロードも巻き戻しも存在しないから不安しかないわ」
独り言が趣味なのではなく声に出しているのはわざと。起きているのか寝ているのかわからないけれど、女神様に聞かせるためである。
「ではここで現状を確認したいと思います!」
現在位置は王都から離れた山奥、加えてゲーム開始時点からは一日分早い。これはあと一日かけて王都へ辿り着く予定なので問題ない。前のりすることも考えたが、危険なことはしない方がいいだろう。なにせ目立つ容姿をしているもので。
王都へ着けば、いよいよ攻略対象たちとの出会いが待っている。その王都にて、人々の間で語り継がれている話はこうだ。
現エデリウス王と王妃の間には一人娘がいた。
王女の名はリージェン・エデリウス。彼女は長いエデリウスの歴史の中で開国初となる女王となる、はずだった。
だが未来は唐突に絶たれる。
終りが訪れたのは突然、何の前触れもなく姫は殺されてしまった。
駆けつけた護衛が目にしたものは、娘を抱え泣き叫ぶ王妃の姿。幼い姫の瞳は既に何も映していなかったという。
姫の亡骸は霊廟に運ばれ、夜が明ければ国をあげての葬儀が執り行われる。悲劇に追い打ちをかける事件が起きたのは直後。せめて安らかな眠りをと、姫を守護していたはずの霊廟はおびただしい炎に包まれていた。火災が知れ渡ったのは炎が回りきってから……とうてい消火は間に合わない。
まるで悪夢のようだと誰かが言った。
やがてこの事件は『悪夢の夜』として語り継がれることになる。誰が何のために姫を? 十年の時が流れても真実は明らかになっていない。
というのが現在エデリウスにて語られている過去。ゲームでも序盤に語られる。
「ゲームだと最初は所持している記憶が飛び飛びなのよね。焦らされたわぁ……。でも、この私の記憶は完璧。誰にも遅れは取らない」
お察しの通り、ここにいる私こそが亡き王女リージェン・エデリウス。誰も女神の力で生き返りましたなんて信じてくれないだろう。
リージェンである私が生きていることを知るのは本人と女神様、そして助けてくれた騎士だけの秘密。
「悪夢の夜以降弱体化をたどり、壊滅寸前のヴィスティア騎士団。そうとも知らず騎士を夢見てやってきた主人公。なら私の役目は、まず穏便に共通ルートを進めることね」
ゲームには最初に通らなければならない導入部分があり、そこで各々の高感度を上げ最終的に高感度の高い攻略対象個別との物語が待っている。
彼には個別の物語ないんですけどね!
「その上でゲームでは出来なかったことを、彼と交流を深めるの! 彼のことを知って、私のことも知ってもらいたい。そうでなければこんな突拍子もない話、信じてもらえない」
いきなり初対面の私が「私はリージェン。あなたに殺されたけれど生きています。だからあなたを怨んでいません。赦します」なんて言ったところで信じてもらえるわけがない。
「信じてもらえなければ赦すこともできない」
しかしここでも問題が。
仮にリージェンだと信じてもらえても、王女を殺したことからもわかるように彼は敵方。黒幕の――ええと、名前はまだ出さない方がいいんでしょうか? また女神様がネタバレどうのと騒いでもたまらないし……
とにかく! あるルートでは黒幕の手駒として主人公の前に立ちはだかり、またあるルートでは主人公を害し、これまたあるルートでは最後の敵のように君臨し……よくよく考えてみると彼も多忙な人だ。黒幕の危険が去ったところで「赦す」と告げても口先だけの陳腐な言葉で終わるだろう。
「結論から言えば、互いに信頼関係を築いた上で赦す。これが私のやるべきことだけど……」
難易度が高いこと、理解して頂けただろうか。
「彼との出会いは入団してから……。ああ、早く会いたい!」
荷物の配達人というのが表の顔。もちろん騎士団の内情を探るという目的があるわけだが。
「本部に荷物を届けてくれるのが初めての出会いだったわね。状況により臨機応変に対応するけれど……うん! 死なせたりしないんだから」
暗い道の先を眺めると、まるでこれから自分が進む道のようだった。
そういえば、月が見当たらないのに今夜はやけに明るい気がする。
頭上には溢れんばかりに散りばめられた宝石の粒ばかり。月が遠慮して身を引いたと想像させるほどキラキラ主張を繰り返す星の姿は、まるで「こっちへおいでー、違うそっちじゃない!」と猛烈にアピールしているようで……。
星が短く点滅すること二回、長めに一回。もう一度短く点滅すること二回、長めに一回。
これは女神様からコンタクトがあるという合図。
「確かにこの連絡法を提案したのは私だけど……」
女神様には別れ際、前世での知識を。光の間隔で会話をするモールス信号の要領を説明しておいた。本格的なモールス信号を会得してはいないので簡単なパターンを取り決めただけにすぎないけれど。
「人生何が起こるか分からないものね。こんなことならモールス信号、会得しておけばよかった」
そうすれば完璧な会話も可能だったのに、現実はそこまで都合良くない。
「それで? ええと……」
次いで星が流れる。まさに私が進もうとしていた方角――とは反対方向に。
「……はい?」
おそらく進むべき方角を示してくれたのだろうけど、つい間抜けな声が上がってしまった。
「いやいや、王都逆ですよ。向こうなんですけど、道違うんですけど。……示された方角、明らかに獣道なんですけど!」
けれど、それが彼女の導きというのなら。
たとえ困難しか待っていそうにない道のりだろうと、嫌々だろうと、嫌な予感しかなかろうと、従うべきと腹を括ったはずだ! ああ、でも決意が揺らぐ。
静かな夜、そのはずだったのに!
茂みを掻き分ける音に遠慮はない。遠慮なんてしていたら夜が明けてしまう。何度も木の根に引っかかり、つんのめりそうになる。茂みを抜ける際、小枝に引っ掛け布の裂ける嫌な音がした。もはや人のための道ではない。
やはりというべきか、悪い予感は的中するものだ。
独特の浮遊感。
足裏にあるべき土の感触はどこへ?
瞬く間に底の抜けるこの絶望感は――
「ひっ、きゃいああああああ!」
悟った瞬間、悲鳴を上げていた。静寂を体現した夜の森には相応しくない絶叫、どこからこんな声を出せたのか私だって驚きを通り越して感心だ。
無残に枝がなぎ倒され、成す術も無く滑り落ちていく。
嘘つき、嘘つき、嘘つき!
何が銀の導きに従いなさい? 銀はお前を害さない? 銀はお前を導くだろう?
嘘つき、嘘つき、嘘つきぃー!
パニックに陥った頭で文句を吐き連ねていた。下手をすればゲーム開始前にバッドエンド直行である。突然の不幸、これが人生最後になるかもしれないと涙目になるのも仕方ない。
――って、まだ何もしてませんけど!
強く閉じた瞼の裏、そこに浮かんだのは……
鈍く光る銀の短剣は闇の中でも輝きを失わない。なんて美しい、それを操る宝石のような赤い瞳に魅入られる。
こんな時なのに、こんな時だからこそ? 時の流れがやけに遅く感じる。ゆっくりと振り下ろされる銀の短剣。その瞬間、無機質だったはずの瞳が悲しげに揺れ、赤い宝石から零れたのは確かに涙だった。
ねえ、どうして?
私の声は音にならなかった。いくら手を伸ばしても、体は反対の方へ倒れていくばかり。あなたの姿はかすみ、遠ざかっていくの。
ああ、これは現実じゃないんだ。でも、あの燃えるような痛みは体が憶えてる。
痛くて、痛い――
痛い――
痛い、痛い!