十四、事情聴取
大変お待たせいたしました。
閲覧、お気に入りありがとうございます! とても励みになり、何とか更新することが出来ました。お待たせして申し訳ありません。少しでもお楽しみいただければ嬉しいです。
場面は変わって――
数時間前に送別会が行われていたそこは重い空気が立ち込めていた。
「大変、お待たせいたしました」
「うん。お帰り」
視線が痛い! か、帰りたい!
そんな考えも数秒で吹き飛んでしまった。団長は私たちの分の飲み物を用意して待っていてくれた。必ず戻ってくると疑いもしなかった。そんな気遣いを見せられてしまっては一瞬でも逃亡を考えた自分が恥ずかしい。
「まあ、なんだ。座ったらどうだ?」
沈黙を破ったのはアイズさんから。ちなみに指定されたのは隣の席で……一番落ち着かない場所なんですけど! 逃がす気ないですね!?
正面には団長が、もう一方の隣をフェリスさんが固めている。完全に囲まれた。
カノエさんは同じテーブルには着かず、少し離れた壁に背をあずけて見守ってくれる。あくまで私たちとは違う立ち位置、という意思表示なのかもしれない。
「皆さん、時間を下さってありがとうございます」
「そっか。もういいの?」
「はい」
団長は穏やかさの中にも困惑を覗かせている。それでも猶予を与えてくれた彼らに出来ることは、正直に答えることだけだ。
「あの、一つだけ。これから話すことは国の存続にも関わることです。聞くも聞かないも個人の自由ですし、強制するつもりはありません」
「そんな大事なことを、君は話してくれるの?」
「私が皆さんと過ごした時間は長くありませんが、ここにいる人は全員、信じるに価する仲間です」
「随分と景気よく褒めてくれるな。それは俺もかい?」
「もちろんです。私たちこの中では一番長い付き合いじゃないですか。あなたを信じずに誰を信じるられますか」
そして団長は――
「団長は私が最も信頼する人を今も信じているから」
「リユ君?」
「そしてフェリスさん。私はあなたを尊敬しています。望まれた、望まれないは関係ありません。あなたは立派に騎士団を守ってきた。あなたの真っ直ぐな正義を私は信じています」
「な、なんですか急に!」
少し怒ったようにまくし立てるフェリスさんは可愛かった。これが少しどころではなくなるといけないので追及はしないけれど。
「覚悟は、ありますか?」
問い質すまでもなく答えは決まっていたのだろう。カノエさんが叫んだ名は、悪夢の夜の亡き姫リージェン・エデリウスなのだから。聞いてしまえば後戻りできないこともとっくに理解しているはず。それでもここで、待っていてくれた。誰一人欠けることなく。
「俺は君のそばにいるぜ。君の信頼に応えたいと思う」
真っ先に答えてくれたのはアイズさんだった。
「うーん。ここまで言われて、聞かないなんて無理だよねー」
「僕は自分に恥じない行動を取るまでです」
なら、あとは私の番。私の役目。
「私はエデリウス王国第一王女リージェン・エデリウス本人に相違ありません」
「本当に、リージェンなのか?」
アイズさんは直接リージェンの亡骸に触れている。疑問も当然だ。どうすれば信じてもらえるのか、ずっと考えていたことでもある。
「花冠を、覚えていますか? 私とても嬉しかったんですよ」
二人だけの秘密があった。
不格好ながらもリージェンのため懸命に作られた花の冠。少し照れながらも自分が作ったと渡してくれた少年の姿を思い出す。あの庭園にいたのは私たちだけ。彼は気恥ずかしくて誰にも内緒で作ったとも話してくれた。
私たちの交わした最後の会話――
お礼を込めて、私も花冠をプレゼントすることを決めた。金色の髪に映えるように、青い瞳に引けを取らないようにとびきりの花を揃えて編み始めた。
完成することもなかった。部屋に残った花は枯れてしまっただろう。枯れた花の向かう先も、その意味を知るのも、あの日語り合った二人だけだ。
「お返しは、返しそびれてしまいましたけど――」
強い衝撃の後、温もりが私を包んでいた。
「……もう二度と、いなくなってくれるなよ」
絞り出すようなアイズさんの声に胸が締め付けれる半面、本日二度目の包容に私の許容量は既にオーバーしている。
皆さん抱き着きすぎですから、私の心臓持ちませんからー!
「アイズさん」
贅沢な不満を抱えながら私は手を動かしていた。
私はここにいる。ここにいると伝えるために手を伸ばす。名前こそ変わってしまったけれど、あの時間を過ごしたのは紛れもなく私の記憶に残されているから。
少年から成長したアイズさんには、もうあの花冠では小さいかもしれない――そんな風に昔を懐かしんだ。
「その、中断させて悪かったな」
我に返ったアイズさんは困ったように微笑んで離れていった。
「い、いえ! 私、嬉しかったです。やっと、あの時のお礼も言えましたから」
アイズ少年は花冠を渡し終えると照れて足早に帰ってしまったのだ。
「それで、なぜ死んだはずの姫君がこんなところに? しかも、そちらの方は何か知っている様子でしたが」
冷静なフェリスさんはカノエさんを横目に続きを促す。
疑問に答えたのはカノエさんだった。
「簡単なことさ。僕は姫よ殺すよう命令され従った。だから彼女が生きていて驚いたんだ」
素直! まったくもって隠すつもりがない!?
あまりにも潔い告白に、私は怒りを露わに詰め寄りそうなアイズさんを押さえることになった。
「ま、待ってください!」
「何故だ! あいつが君を殺したんだろ!?」
おそらくこれが殺し殺された者たちの正しいやり取りなのだが。
「その件についてはもう話し合ったんです!」
「だが!」
「お願いします。殺された本人に免じて、どうか引いてもらえませんか!?」
「だそうですよ、アイズさん」
こんな時、フェリスさんの淡々とした態度が変わらないのは有り難い。
「……君らに言われちゃ、しかたないな」
呆れられたのかもしれない。毒気を抜かれたアイズさんは怒りを治めてくれた。
「私のために怒ってくださったんですよね? ありがとうございます。嬉しかったですよ」
「そうやって君は、怒りもせずに笑うんだな」
アイズさんもさすがお兄さんといいますか、冷静な年下を前に引き下がってくれた。
まだ確信に触れてもいないのにこの緊張感である。感化されるように私は席を立ち、初めて訪れた時のように姿勢を正していた。
「名乗っておきながら恐縮ですが、リージェン・エデリウスは過去の名です。現在の私は、正式にはリユ・クローディアと申します」
彼の親友は眼を見開く。この場でクローディアの姓を告げることの意味を明確に汲んでくれた。
「リユ君!? 何を、エルゼに子どもなんて……」
「養女です」
「養女!? いや、あいつは養女なんて引き取って育てられるような性格じゃないっていうか……見た目は美形なくせに粗野で口が悪いし……それが失踪した揚句、子育てしてましたとか? ないない!」
あり得ないと首を振り続けた。
「……あいつの好物は?」
一向に訂正しようとする気配のない私に団長も覚悟を決めたのか。自称養女を試すつもりらしい。受けて立とう。
「キノコ」
「得意料理は?」
「キノコ鍋」
「趣味は?」
「編み物と裁縫」
「秘伝の隠し味は?」
こればかりは部外秘なのでそっと耳打ちする。その瞬間、団長は崩れ落ちた。
「……君を、エルゼの娘と認めるしかないようだ」
完全勝利!
「伝説の騎士が、編み物に裁縫?」
「なんですかこの、女子のような回答は……」
狼狽えるのも無理はないと思う。およそ伝説の騎士に相応しくない行動の数々に私も初めて知った時は驚愕したのものだ。おかげで剣術だけではなく料理裁縫まで完璧に成長出来たことは有り難いけれど。
さすがの親友様は堂々としたものである。むしろ誇らしげであった。
「あー、通りで懐かしい味がすると思ったよ。なんか、納得した。それで、あの放蕩者は元気なの? 娘を寄こすぐらいだから、あいつが姿を消したのには相当の理由があると思っていいんだよね。ていうか王女様養女にするとか何してんのあいつ何様!? いまどこ!?」
「それは、……すみません。私にも分からないんです。私たちは互いに役目を果たすことを誓い、最後にはここで会うことを約束して別れました」
親友を案じる団長の期待に応えられないことが申し訳なかった。
ゲームでのエルゼさんは伝説の騎士という存在を危惧する王妃様によって動きを封じられてしまうけれど、もちろん回避しましたとも!
今日まで誰にも離さなかったのだから守秘は完璧、だからこれはゲームとは違う展開。私にもエルゼさんがどこでどうしているのかはわからない。
でもそれでいい。わからないからこそ、エルゼさんの行動はシナリオに逆らう上で必要不可欠なのだ。
「その役目というのは? リージェン姫、リユ・クローディア……いずれにしても、生きていたならどうして国中を欺いているんです?」
この場において、私との係わりあるいは繋がりが最も薄いのがフェリスさん。だからこそ的確な質問を投げかけてくれる。
「欺くしかありませんでした。私は母の命で殺されましたから」
「王妃様が娘を!?」
信じられないと口を開いたのはアイズさんだ。その気持ちは私にも痛いほどわかる。晴れた日には娘とその婚約者を伴いお茶をした。庭園では穏やかに微笑む優しい人だったから――




