十三、本当の再会
ここまで来るのに、ずいぶん時間がかかってしまいました。
長かった……
まだまだ続くんですけどね! もう少しお付き合いくださると嬉しいです。
「えーっと……」
はっ! そうでした。私が戸惑っているように、団長たちも状況が飲み込めていないのは当然のことだ。
「あとは若い人たちでごゆっくり?」
けれど団長は若者二人を引きずっていく。
「リユ……。俺たちにも、話してくれるな?」
アイズさんも私を問い詰めようとしない。不安げな顔を向けてくるだけで、怒鳴られることも覚悟していたのに。彼にはその権利だってある。
それでも彼らは時間をくれようとしている。私にできたのはもちろんですと頷くことだけだった。
修練場に取り残された私とカノエさんの間には声を上げることも躊躇われる静寂が。話さなければいけないことがたくさんありすぎて、何から話せばいいのか……
「あの……」
カノエさんは微動だにしない。つまり、私は現在も腕の中に収まっている。
何か言葉を発しなければという使命感に駆られるのは主人公の性か。
「僕が最も後悔したことはね、君を手にかけたことだ」
ずっと伝えたかったとでもいうように、触れ合った身体が震えるほどの感情を伝える。
「……あの日からずっと、知っていましたよ」
悪夢の夜――
かつて私がゲームを通して見たのはモノクロの一枚絵のみ。でもこの世界に転生した私はこの目で見てしまった。
赤い瞳から零れる涙、私がリージェンだった頃の最後の記憶。
ようやくカノエさんが顔を上げてくれた。あれだけ派手に暴れまわったせいなのか眼帯が外れてしまう。隔てるものは何もない。赤と金の瞳が私を見つめていた。
「やっと、会えましたね」
本当のカノエさんに会えた気がした。まるでリージェンの呪縛から解き放たれたように、ありのままの私たちとして顔を合わせて――
これが私たちの本当の再会。
赤い瞳が愛おしくて、たまらずカノエさんの頬に触れていた。
「ねえ、さっきは蹴ってごめん。痛かった?」
カノエさんが頬にある私の手に重ねる。もう一方の手は私の背に回ったままだ。
「一応ガードはしましたけど、さすがの威力ですね」
戸惑いながらも正直な感想を告げる。
「もう二度と君を傷つない。誓うよ」
抱きしめる力とは一転して触れる手つきは弱々しい。
「リユ――いや、リージェン姫と呼ぶべきかな?」
私の手は払われた。乱暴な手つきではなく、強張った力を解きほぐすようにとはいえ、拒絶されてしまったのだろうか。
「あの!」
焦る私を諫めるようにカノエさんは告げる。
「まるで赦されたような気持ちになるね。けど、君は僕を赦しちゃいけない。僕は決して赦されないことをした」
「でも、私は……あなたを赦したいんです」
「僕にその資格はない」
「またそれですか!?」
最高のタイミングだったのに、渾身の赦しは受け取ってもらえないの?
「僕を怨んでいるだろう」
ああ、そうか。カノエさんは……私に怨まれていたいんだ。
そうはいくものですか!
「私、カノエさんの思い通りにはならないですよ」
「そうだね。君が思い通りにならないなんて、割と最初から経験済みだ」
「言いますね。その言葉、そっくりそのままお返しします」
おかげで私が思い描いたシナリオと大分違う。
「変な子、とても僕に殺された人の台詞とは思えない。復讐しようと動いたっておかしくないのに」
「そうでしょうか?」
「そうだよ。あのまま喉を掻き切ることだってできたのに。……説明するまでもないと思うんだけどね」
主張が尤もだということは私にだって理解できる。自分を殺した相手が憎くないなんて正気の沙汰じゃない。
「いいんだよ、僕を裁いて。裁かれるなら君が良いとは言ったけど、まさかこんなことになるとはね」
カノエさんは本気なんだと思う。ここで私が剣を向ければ受け入れるだろう。
悪夢の夜に出会った死神、それがゲームでの主人公とカノエさんの関係。でも私にとってのカノエという人は、この世界に生まれる前から知っている不思議な人で。自分の敵である前に――
とても大切な意味を持つ人。
「残念でしたね、カノエさん。あなたの望みは叶えてあげられありません。もうずっと、あなたのことは赦すと決めていたんです。私の意思、固いですよ?」
「……知ってる」
「私だって知っています」
「何を?」
「カノエさんがたくさん後悔してくれたこと。ずっとリージェンのことを覚えていてくれたこと。悲しんで、苦しんで、それでも私を護ってくれました」
「ただの自己満足に過ぎないよ。言い訳にもならない」
「なら、私と同じですね。実は私も自己満足でここにいるんです」
「君が?」
「はい。その人の意志を無視して自分勝手に動いている、酷い奴なんです」
「まさか。君に想われている奴は幸せだ……」
「あ、言いましたね? その言葉、返品効きませんよ」
「え?」
「たとえあなたの自己満足だとしても、救われている人がここにいます。そして赦しは等しく与えられるべきもの」
そう、誰にだって――
だから私はあの人も、母のことも赦す。私怨に駆られ動くのは騎士ではなく復讐者。私は自分に、そして主人公に誇れるような騎士であり続けたいから。
「というか殺された本人が良いと言っているんですから、良いったら良いんです! どうか私のそばにいてください。勝手にいなくなることは許しません。それが勝者からの望みです」
「敗者は従うまで、か……。わかったよ」
「はい!」
「……ところでさ」
カノエさんが改まるので次は何かと身構えた。
「すごく初歩的な疑問なんだけど。君、どうして生きてるの?」
確かに!
「ええと……。女神様の加護ということで、納得いただけますか?」
「まあ、それなりにはね」
「まだ早いと、追い返されてしまったんです」
「そっか。君を助けたのが女神だとしたら、少しは信じてやってもいいのかな」
「喜ばれると思いますよ! 最近の若い奴らは信仰が足りないと嘆いておいでですから」
「まるで見てきたように語るね」
「そういうことです! あとの詳細は皆さんと一緒に聞いていただいてもよろしいですか?」
一気に現実感が漂う会話である。残念なことに、この時間に浸っているわけにはいかないのだ。
「いつまでも僕が独り占めにはできないね。行こうか、えっと……」
「リユと、そう呼んでいただけませんか? 私、それが一番嬉しいんです」
「わかった」
もういない私ではなく、あなたの前にいる一人でありたいから。
「君の人生は大きく変わってしまったね。狂わせた僕が言うのも皮肉だけど」
「カノエさんが責任を感じる必要はありません」
主人公はともかく、全部知っていながらこの道を選んだのは私自身だ。綺麗なドレスも、着飾るための宝石もいらない。この手には身を守るための剣があればいい。
「この場所を望んだのは私です。騎士を選んで、この先の展開も、何が起きたとしても後悔しないと決めています。全部、自分で決めて行動した結果。だからカノエさん! 私の言葉、どうか最後まで覚えていてくださいね」
「君も!」
カノエさんが私の腕を掴んで引き止める。
「覚えていてほしい。僕が最も嬉しかったのは、君が生きて現れたことだ」
だから無茶をするなとでも言いたいんですか?
ずるい、ずるい人! 簡単に決意を鈍らせる。もっとそばで聞いていたくなってしまう。許されない望みを抱きそうになる。
「カノエさん、卑怯です」
恨みごとを呟けば「僕だって女の子に負けっぱなしは困るから」と私の葛藤を知ってか知らずか、さらっと憎らしくもかっこいい台詞を告げてくれた。




