十二、決着
決着編です!
動いたのはほぼ同時。
最初の一撃がぶつかり合い、私は剣戟を浴びせ続けた。どこから飛び出すかわからないナイフに注意しながら反撃の隙を与えない。
「やるね」
短剣で捌きながら軽口を叩くカノエさんにはまだ余裕がありそうだ。
「師に恵まれたんです!」
素直に嬉しいと思えたのはエルゼさんが褒められたも同然だから。私はエデリウスにおける伝説の騎士から剣術を学んだ。それはもう『なんて羨ましい。ちょっと変わってくれ!』と懇願されるような師匠である。
前世は平和な世界、平和な時代に生まれた。もちろんこの世界も平和だけど、騎士も存在しないような文明が発達した時代だ。武術や格闘技は存在していたけれど無縁のもので、こんなことなら嗜んでおけばよかったと何度か後悔したのも記憶に新しい。
この世界では王女という身分。剣どころか重い物を持つ必要もなかった。教養の一環で剣技を学んだことはあるけれど実践にはほど遠い。
そんな私が見てください! 『あの』カノエさんと剣を交えている。全てはエルゼさんのおかげ、やっぱりエルゼさんは偉大な人だと誇らしい気持ちになった。
――来る!
カノエさんがナイフを投げる。
予期していたとなれば距離を取り弾き落とすのも容易。片手で弾き、捌ききれないものは足のホルダーに収まっている短剣で処理する。そして意趣返しのように仕込みナイフ攻撃をお見舞いした。
「なっ!」
少しは驚いてくれたけれど、これで体制を崩してくれるような生易しい相手ではない。私たちの足元には大量のナイフが散らばった。
「驚いた。まるで自分と戦っているみたいだ」
「光栄ですね」
あなたを目標にしてきたんですから!
何度となく主人公の前に立ちはだかるカノエさん。ルートによってその真意は異なれど、変わらない事実が一つ。カノエさんはとにかく強い。
主人公には必要ないナイフ技も、短剣だって装備した。敵を知るには己から、相手と同じ武器を学ぶことで少しでも近づけたらと思った。カノエさんはこの世界でも私の前に立ちはだかると信じて、すべてはあなたと戦うことを想定して特訓してきたんです。
エルゼさんのメニューはこっそり倍以上こなしてきた。毎日の鍛練も欠かしてはいない。それだけ努力しても、ここでカノエさんに勝てるかは別問題って……怖ろしい人!
たとえ一撃を止めることができても、決闘となれば話は別。こうして戦ってみて、改めて凄さを実感させられる。エルゼさんに習った私の剣と、生きるために必死だった彼の剣は根本から違うのだ。
間一髪で短剣を避けた。あと少し身を引くのが遅ければ皮膚が避けていたというぎりぎりのところだった。シャツは犠牲になったけれど、私は無事なので問題ない。攻撃を受けないという部分は本気で言ったつもりだ。しかし、体制を崩した上体へナイフを連発する当たりカノエさんも容赦がない。
「――って、わっ!」
足元に散らばるナイフを踏んでしまった。凄い、こんな戦法もあるなんて! さりげなく誘導されていたことを知り、尊敬の眼差しでカノエさんを見上げる。
あの時と似てる……
鈍く光る銀の短剣、それを操る宝石のような赤い瞳。
ゆっくりと振り下ろされ終りの時が迫る。
ねえ、どうして?
声は音にならなず、いくら手を伸ばしても届かない。
「まるで、あの日に戻ったみたいですね」
「あの日?」
でもこれは悪夢の夜のやり直しじゃない。私はもう、怯えているだけじゃない! 手が届かない? 届かせるの! カノエさんはここにいるんだから!
「なんだ? 二人の馴れ初めかい?」
アイズさん、外れではありませんが違います。
「え、これから恋バナ始まるの? やっぱり決闘より話し合いの方が良かったんじゃない? 平和的解決!」
団長、私だって平和的解決を望んでいたこともありました。それと残念ながら恋バナは持ち合わせていません。
「二人とも、うるさいです」
フェリスさん! 適切なツッコミありがとうございます!
「さて、そんなことあったかな?」
「カノエさんは、泣いてくれました」
「泣いた? リユさん、詳しくお願いします!」
「おい、フェリス! 君、ついさっき俺たちに言ったことを忘れたか!?」
「そんなつまらない話で動揺させようって?」
「まさか」
今度は私から距離を詰めた。
カノエさんの懐に潜ることを狙って――
真の狙いは私を弾き飛ばさずにはいられない状況を作ること。
「リユっ!」
アイズさん、ご心配ありがとうございます。でも大丈夫です。きっとこんな場面なら回し蹴りがくるだろうなと想定していましたから。受け身もしっかり練習しています。派手に吹っ飛ばされたのも多少は演技を要れていますので!
それにしてもなんて完璧な回し蹴り。ガードしたというのに凄い威力! 私の体、想像以上に吹き飛んでくれました。
「うっ……」
さあ、衝撃の影響で私は隙だらけですよ。
止め、刺さないわけないですよね?
一本取りたければナイフではなく短剣を突きつけるしかない、ですよね。
もともとカノエさんによって切り裂かれていたシャツの切れ目をこっそり広げ、あたかも『カノエさんの攻撃のせい』を演出してから体を起こす。その間にも、カノエさんは決着をつけるため距離を詰めている。早く立ち上がらなければ反撃は難しい。
そう、これでいい。
私は動かない。
一か八かの賭け……
……なんて、心配は無用でしたね。
私はカノエさんを信じていた。
振り下ろそうとした短剣が空中で静止している。
あの日は無常に振り下ろされたけれど、私たちはもうあの日を繰り返したりしない。カノエさんならきっと止まってくれると信じていた。
彼はたった一つの傷痕からでもリージェンを見つけてしまう。だから脱がされていた時は焦ったものだ。
「君……」
私の胸、心臓の上には傷痕がある。癒えてはいるが、命にかかわるような悲惨な傷を負った証。女神の力は不完全、完璧に傷を消すことまではできないそうで。
「君は……」
「カノエさん?」
どうして振り下ろさないのか困惑している――という演技を貫いた。
「どうして……、まさか、生きて?」
動揺、してくれましたか?
地の利がある屋外ではなく修練場を指定したのは明るい場所でこの傷を見てもらうため。目の前にいるのがリユではなくリージェンで、動揺しないわけがないでしょう?
「リージェン・エデリウス、なのか……」
カノエさんは見事に意図を汲んでくれた。
さて、感動の対面は一次中断。悠長に話し込んでいる場合ではありません。反撃の機会、逃してなるものか!
すかさず足払い。
「なっ!」
見入っていたので綺麗に倒れてくれました。私は彼の胴体に乗り上げ首元に剣を突き付ける。ここまですればどちらが勝者かなんて明白だ。
「そ、そこまで! 勝者、リユ君!」
決闘の終幕、けれど勝者への祝福なんてもの湧きおこらない。騒然としている、そんな空気が漂っていた。さては皆さん私が勝つと思っていませんでしたね!?
「リユ、君は……」
不満はアイズさんと目が合ったことで懸念は払拭される。彼の瞳は誰よりも驚きに彩られていた。
そうでした。私がリージェンだと知れ渡ってしまったのだ。まずこういう空気になるだろう……
「リージェン・エデリウス、本当に?」
カノエさんが眩しそうに見上げ、私に問いかける。
「どうでしょう。亡霊かもしれませんよ?」
いつか私は言った。私も亡霊のような存在だと。でもカノエさんは否定してくれた。ほんの些細な出来事だったけれど、私がどれほど嬉しかったか――
「わかるよ。忘れたことなんてない。……この傷、僕がつけた歪な痕だ」
そしてまたカノエさんは否定しくれる。私がここに居ることを信じて認めてくれた。
弱々しい呟き、それに見合った表情だ。冷たい指先が傷跡に触れる。
「ひゃっ!」
恥ずかしい声が出るのも当然だ。カノエさんが、カノエさんの指先が! 私の胸元をなぞる!? どんな状況ですか!?
冷たい指先とは反対に私の体温は増していく。合わせて心臓が激しい音を奏でる。きっとカノエさんにはばれている。とても恥ずかしい状況だけれど逃げてはいけない。ここで拒絶してはカノエさんを傷つけてしまう。
痕を這う指先は遠慮ない。なぞられ執拗に辿られる。けれど手つきは壊れ物に触れるように優しかった。
「私、勝ちましたね」
「そんなのどうだっていい!」
カノエさんが短剣を放り投げる。
「いやよくないですよ!? 私、何のために必死で戦ったと!」
温かい――
そう認識した時、すでに私はカノエさんの腕の中にいた。ついさっきまで決闘していたとか、私が勝ったとか、そんなこと忘れてしまうくらいの驚きだ。
「ひっ、なっ、ま、待ってくださっ、か、カノエさん!?」
感情も言語も追いつかない。だって考えてもみてください。私が今どこにいるのか!
カノエさんの腕の中ですよ!? しかもただの腕の中ではなく私、私ってば……あろうことかカノエさんの体を跨いでいるんです。申し訳なさすぎて、大人しく固まっているしかない。
「どうして、ああっ……そんなのどうでもいい、君がここにる!」
感情も言語も追いつかない。それはカノエさんも同じなんだと思った。
私も剣を捨てた。もう私たちの間には必要ないものだから。




