十一、送別会またの名を決闘という
私はカノエさんと送別会イベントを迎えたつもりでいた。
ところが送別会はフェイクで本当は決闘イベントだった。
「女の子から決闘を申し込まれる日が来るなんて」
カノエさん、うっとり語っている場合ではありません。そもそも私が申し込んだみたいな空気になっていますが言い出したのはあなたです。
「こ、後悔しますよ!」
すみません強がりました。絶賛後悔中なのは私です。
「僕が勝ったら、黙って見逃してよ。君が勝てたら、そうだね……。僕を好きにしていいよ」
「あの、ものには言い方というものが」
「言葉の通り、好きにできる権利。捕まえるなり、しもべにするなり、殺すなりね」
この人、絶対勝つ気でいる! 私は内心パニック状態だ。
「一つ言っておきます。私に変な趣味はありません!」
「そう? 女王様も似合うんじゃない」
「似合いません!」
勝手にキャラを捻じ曲げないでほしい。ただでさえ不名誉な迷子キャラ扱いなのだから。
それはさておき、どうするの!? 勝てば面倒な説得はすっ飛ばして考えを改めてくれると、それは魅力的な誘いなのだが……問題は私が勝てるかだよ!?
「私が勝ったら、行かせませませんよ?」
「勝てたら、ね」
引き止めたければ方法は一つ。決闘あるのみとその表情が物語っていた。
自信に違わぬ実力が伴っていることは経験済み。何度も何度も主人公の前に立ち塞がってきた人――
でもお生憎、私は主人公であり主人公ではありません。あなたを救うため、あなたのためだけに立ち塞がる主人公は、ゲームの彼女とは同じようで違う存在。たとえ主人公が負けたとしても、主人公は負けない。勝って言うこと聞かせてやろうじゃありませんか!
「決闘展開に持ち込んだこと後悔させますから。覚悟してください」
「お手並み拝見」
「……わかりました。では審判の立ち合いを要求します」
挙手したところ要求は認められた。ちなみにこれは時間稼ぎだ。
さっそく食堂でくつろいでいる同僚たちの元へ向かう。
「お寛ぎのところ申し訳ありません。今から決闘したいのですが、どなたか審判していただけませんか?」
アイズさんが呑んでいたお茶を吹き出しそうになった。こないだの仕返しだとか、そんな意図はなかったけれど多少の優越感。
「って、君! やけに遅いんでてっきりカノエと別れを惜しんでいるのかと思えば、どこをどうしたら決闘の約束を取り付けて帰ってくるんだ!?」
「私にも謎です」
偽りようのない気持ちだ。
「は? え、ええっと!?」
団長は私たちの顔を交互に見比べ慌てふためいている。
「ちょ、どうしちゃったの!? 食後の運動なら素振りくらいにしといたら!?」
「生憎、素振りでは彼女を止められないようで」
「全面的に私が悪そうな表現は納得しかねます! カノエさんが大人しく聞いてくれれば問題ないんです! そしてカノエさんが大人しく殴られてくれるなら素振りでも解決するような……?」
重傷を負えば行動不能ですね! いえ、さすがにそんな暴力に訴えたりはしませんけど。
「それはできない」
「……団長、決闘場所として修練場の使用許可をいただけますか?」
そう、この会話は時間稼ぎ。
勝算? そんなものあるわけないでしょう! 少しでも会話を長引かせ決闘開始までに対抗策を練りますっ!
確かに私は伝説の騎士から剣術を学んだ。主人公が圧倒されるだけだった攻撃を止めたこともある。けれど決闘なんて初めてのことで、正直勝てる気がしない……。覚えていますか、初期設定。カノエさん戦闘能力上位級なんですよ!
「え、何これ喧嘩? 決闘までしなくても……。カノエ君、怒らせたなら素直に謝った方が良いよ」
「カノエ、お前が悪いぞ!」
「あ、僕が悪者なんですね」
「カノエ君、何しちゃったの?」
団長、アイズさんと続けざまに諫められ複雑そうだ。そう、カノエさんの言い分は正しい。食い下がったのは私。
「……リユちゃんて、愛されてるね」
けど私はフォローに回りませんよ。そんな暇もありませんので。せいぜい質問攻めにされてください。もっともっと言い争って時間を稼いでくださいね、皆さん!
決闘場ならぬ修練場に移動する。誰か一人でも十分なのだが結局のところ食堂にいた全員が立会人と称して見物にやってきた。ここでようやく沈黙を貫いていたフェリスさんが口を開く。
「リユさん。僕はあなたを応援しています」
「ファリスさん!」
「どうぞ再起不能にしてやってください」
「あ、はあ……」
そんな滅多に見せないいい笑顔で言わないでください。私の応援というより、カノエさんに対する純粋な怨みでした。
いよいよ年貢の納め時、じゃなくて覚悟を決める時!
「おいおい、脱いじまっていいのか!? 君ら、本物を使う気だろ?」
私がコートを脱ぎだせばアイズさんが慌てて止める。
騎士団の制服は有事の際に体を守るため厚手の生地を使っている。そのため少しくらい刃物がかすっても傷を負うことはないのだが、身軽に動きたい私にとっては邪魔なのだ。
「大丈夫です。攻撃を受けるつもり、ありませんから」
「へえ、余裕だね」
カノエさんが耳聡く口を挟む。
余裕なんてあるわけないでしょう!?
「君がそこまで言うなら止めないが、どれ、俺が預かってやるよ」
呆れたようにアイズさんが手を差し伸べてくれたのでお言葉に甘えよう。
「おう――って君、これ重くないか!?」
「はい。これで身軽になりました」
仕込みナイフが大量なので重くて当然。このナイフたちは最終決戦の時に使う予定なので今は必要ない。それよりも軽量化重視で挑むべきだろう。
「だよね。女の子のコートにしては重すぎる」
おそらく以前助けてくれた時に経験済みであろうカノエさんが同意する。
胸元のリボンを外し、襟元まで絞めていたボタンを二つ外す。剣の鞘までも、邪魔な物はすべて取り払いカノエさんと向かい合った。
「さあ、勝負です」
「かっこいいね」
ルールは簡単、相手に負けを認めさせること。武器についての決まりはなく、カノエさんは愛用の短剣を用いるようだ。私はもちろんこの剣で、騎士の証で挑むつもりだ。もちろん他の物も使いますけどね! 一つなんて定められていませんし、きっとカノエさんもそのつもりですよね? その服の下に暗器が隠されているのなんてゲーム知識でお見通しですから。
「女神の名において、汝勝利の暁には約束を違わないと誓え」
エデリウスでは決闘は女神に誓うもの。女神の名にかけて誓うことで彼女の預かる決闘となり、互いを災いから守ってくれる。なんでもかんでも、本当に女神様の国らしいやり方だ。
「女神に――、……いや、君に誓うよ」
「はい? 女神様、お嫌いですか?」
「信じてはいないね」
王妃様の件で女神の存在は信じているだろうけど、崇める気はないということだろうか。
「私と、同じですね」
「君と? 僕が勝てたら、その言葉の真意も知りたいな」
「ご自由に。勝てたら、ですから」
さて、挑発はこれくらいにして、あとは全力で挑むだけ。互いの実力が勝敗を決める世界。
「二人ともー、準備はいいかな?」
三人を代表して団長が審判を努めてくれる。
ねえ、女神様。思うに、送別会は正攻法でいこうとしたからしくじったのではないでしょうか。だって一服盛っておけば、こんなことになってませんよね!?
「始め!」
もう後がない。私は勝つ、それ以外の結末はない!
こううして決闘が始まってしまった。
閲覧ありがとうございました。
すみません、次話に続きます!




