十、拝啓女神様へ近況報告
こんなタイトルですがちゃんと本編です。
拝啓、女神様。
お元気でしょうか? 起きていらっしゃいますか? できれば起きていてほしいそんな願望を込めて。
聞いてください。主人公、只今のっぴきならないピンチを迎えております。寝起きかもしれない女神様のために、まずは足早に回想させていただきますね。
時は十八日目――
何の日か、お分かりいただけますか? そう、カノエさんの送別会です。
仕事を終えた送別会実行委員こと騎士団メンバーたちは着々と準備を進めていました。
いろいろと、さんざんに考えたんですけれど。つまるところ難しいことなんて必要ないと、アイズさんに気づかされました。だから私は誠心誠意、真心込めて言葉でカノエさんに伝えようとしたんです。どこまで明かすことになるかわかりませんが、必要なら今度こそすべてを打ち明ける覚悟でいました。なにしろ頼れるメインヒーローからの助言ですから。
送別会については、ただ皆で食事を囲んで歓談すれば十分なのではと。決してプレゼントが思い浮かばないとか、寄せ書き私一人になりそう寂しいなーとか、そんな理由ではないんですよ。ええ、決して!
くどいくらいに何度も主張しますが、私は話し合いで解決させるつもりだったんです。そりゃ、少しくらいは料理に何か盛って意識のないところを――とか主人公にあるまじき外道作戦が脳裏を過りましたが、考えただけです無実です!
だからいけなかたんでしょうか。女神は何でもお見通しなんでしょうか。あれ、でも女神様共犯ですよね?
……とまあ話が脱線しましたが。
せっかくの送別会ですし、華やかな雰囲気にしたいなと思いまして。総指揮者である主人公の指揮で、飾りつけ班のアイズさん、フェリスさんが期待通りに画面を盛り上げてくれました。料理班である団長も存分に腕を振るってくれました。
そう、フェリスさんも協力してくれたんです。どんなに反発していても彼は根が真面目なので、きっと『サボる』という言葉を知らないんだと思います。
ちなみにメインディッシュはバージョンアップしたリユ特製鍋! カノエさんにも皆で鍋を囲む楽しさを知ってほしいとの計らいです。
え? 送別会の方? 送別会自体は取り上げて報告するような大事件なんてありませんよ。和やかなものでした。
ちょっとファリスさんの視線が終始カノエさんに突き刺さっていたくらいです。もちろん席は離しておきましたので乱闘なんて起こさせません。見た目に反してフェリスさん、意外に血気盛んなので……
その点、団長やアイズさんはさすが大人ですよね! 何事もなかったように笑みを浮かべて黙々と食べ続けていました。……というか少しくらいフォローに回ってくれても良かったのでは!? 団長なんて完全に保護者目線ですし、こりずにカノエさんを勧誘していまいた。アイズさんに至っては「君、リユとはどこまでいったんだ?」などとカノエさんに詰め寄っていたので、一人だけ辛さ倍増のスープを回しておきました。
楽しかった、ですよ。とても楽しくて、こんな時間がずっと続けばいいなと願いたくなるほど。
でも私の本番はここからです。
時計の針は止まらない。一秒ずつ確実に、その時へ向けて進んでいる。きっとこれがカノエさんと向き合える最後。これを逃せばカノエさんは決着をつけに、一人で最後の戦いに挑んでしまう。
私はカノエさんを送ると称して二人きりの時間を作った。
何気なく空を見上げれば星が瞬き、これは女神様も見守っていてくれるのかなと淡い期待を抱く。
「送別会、楽しんでいただけましたか?」
まずは今日の感想から徐々に核心へ近づこうと試みた。
「本当に料理できたんだ。信じていたけど想像以上だったよ。毎日食べられる彼らが羨ましいね」
「でしたらカノエさんも騎士になりませんか? 団長も勧誘されていましたし、あんなものでよければ……私、いつでも振る舞います!」
「それができればどんなに幸せだろうね」
既に諦めモードである。これはいただけない。
「できます! カノエさんにだって、できますよ」
「リユちゃん?」
「カノエさん、本当に行ってしまうんですか?」
「僕にできることは、それくらいだから」
「私が、そんなことはないと反対しても、ですか? 決意は変えられませんか!?」
カノエさんが視線を逸らす。その先は私が盗み見たものと同じ、彼女がいる場所だ。
「……もうすぐ生誕祭だね」
「はい」
「生誕祭っていうのはね、地上と女神が最も近づく日なんだ」
境界が近い、カノエさんもその日が示す重要性を理解しているのだろう。
「君は時が止まることを知っているから、こんなバカげた話でも信じてくれるかな?」
「私はカノエさんを信じます」
「あの人は、女神に成り代わろうとしている」
王妃様は諦めていなかった。危険を冒してまで接触を図ってはみたけれど、説得は無駄に終わってしまった。女神伝承なんて滅んでしまえばいいのにと、何度呪ったことだろう。私にとっては女神も死神と同じだ。
「僕はあの人の手駒。君たちと接触していたのも内情を探れという命令だった」
「それは今も、ですか? 今でもあなたはあの人の側ですか?」
「……彼らは疑いもしなかった。ここは居心地が良いね。馴れ馴れしいアイズ・メルディエラ、口うるさいフェリス・ローゼスタ、お人好しなロクロア・ウォルツ。それに、君が居る」
「私、ですか?」
「戻って来いと、言われたんだ」
だとしたらカノエさんはやっぱり敵? そんなはずない。敵だとしたら、こんな命取りなこと私に話したりしないはず! 私はカノエさんを信じたい。
「ちゃんと決別してくるつもり。だから僕は行かないと」
「でも危険なんじゃ!」
これが最後の別れになったルートもある。説得しに行って無駄に終わるのだ。
「危険だとしても、そうでなければ君に……。いや、彼女に報えない」
「カノエさん」
「何?」
「君だとか、彼女だとか? なにかっこつけてるんですか!」
「え?」
「あなたに全て背負わせて、それで満足すると思ってます!? 本気でそう思っているのなら、見くびらないでください! 私が何のためにここにいるか、言いましたよね? 私はヴィスティア様の国を守る騎士なんです!」
「君が背負う必要はない。君はただの女の子だ。王族に手を出すものじゃない。反逆罪に問われてしまうよ?」
罪に問われるのは自分一人でいいとカノエさんは突き離す。その気遣いがさらに私を苛立たせているとも知らずに。
「寂しいです、行かないでくださいとか、可愛く見送ったりしませんよ」
「へえ……」
「私、諦めません。何度だって説得してやります。ここで朝までだって粘ってやりますよ。せいぜい不眠症で寝坊すればいいと思います」
「それは、実に困るね……」
カノエさんは目を見開いて、ちょっとだけ笑ってくれた。
「どうして君は、そんなに必死になれる?」
「大切な人を、あなたを諦められないからです。私は、あなたに行って欲しくない」
ええ、自分でもわかっています。とても誤解を生みそうな表現ですが、でもそれ以外にどう言えば上手く伝わるのか。
こうなったら最後の切り札を明かしてやりましょう。私の言葉で足りないのなら、リージェンの言葉を聞いてもらいましょうか!
「……そう。いいよ」
「あ、そうですか? って、え!?」
嘘、思いのほか簡単に要求通っ――
「じゃ、決闘しようか」
――ってない!
まあそんなわけないですよね……。カノエさん意志の固い人ですし。
「決闘ってそんな、軽くご飯食べに行こうかのノリで言われましても」
「君、騎士でしょ。決闘くらいお手の物じゃない? むしろ僕に不利だと思うな」
「それはご自分の実力を鑑みてから言ってください!」
声を大にして叫ばずにはいられなかった。
拝啓、女神様。
どうしてこうなりました!?
私が望んだのは平和的解決だったんです。本当に! お分かりいただけましたでしょうか。主人公の、のっぴきならないピンチについて。では以上、報告を終えさせていただきます。
え、何故って?
主人公これから決闘なんで……




