九、お悩み相談の顛末
ようやくアイズさんの活躍を書けました!
そんな、前回から続いているお話です。少しでもお楽しみいただければ幸いです!
「私、ここに来て良かったです」
「ん?」
もちろん『ここ』というのは深夜の食堂という意味だけでなく最初から全部をひっくるめてのことだ。
「焦ってばかりで大切なことを忘れていました。やるまえから諦めて、情けないですね。私、きちんとカノエさんに話してみようと思います」
「そうかい」
アイズさんのおかげで気持ちが軽くなった。となれば渇きを潤すべくコップに水を注ぐ。
「それにしても君」
改まって呼ばれては、コップに伸ばした手が止まる。
「深夜に女性が一人歩きとは感心できないぜ。騎士だから、というのはなしだ。君は騎士である前に女性だろう」
「本部内、ですよ?」
こんな反論に意味がないことはわかっている。アイズさんが忠告したいことも、きちんと汲んでいるつもりだ。それほど子どもではないし……だてに乙女ゲームをやりこんでいない。
「無体な行いを働く奴がいないとは限らないぜ。例えば俺とかな」
「私に何かしても徳はありませんが」
「君は自分の価値をわかっていない」
そう告げてアイズさんは視線を外す。これは何か考えている時の癖だ。
「その瞳を見ていると惑わされそうになる。勘違いしそうになる。……あの子はもういないのに」
あの子が誰かなんて、考えるまでもない。 髪の色は変わっていても、どうしたって骨格は変えようがないのだ。どこかにリージェンの面影を見つけられてもおかしくはない。
「私、似ているんですか? アイズさんの、忘れられない人に」
誰と、肝心の部分には触れずに問いかける。
「ああ、似ているね」
あれー……
「君は魅力的な子だ。俺が保証しよう」
なんだか雲行きが怪しい……
「例えば、相談料に俺が何か要求したらどうする?」
くいと、美しい指先が私の顎を持ち上げる。もともと隣という至近距離にいたのだが、さらに距離が近づいた。
ここは無防備な主人公が諌められる場面なんだろうな――
私の乙女ゲーム脳が囁くけれど、私はフラグをたてるつもりも回収するつもりもない。というか甘いようで不穏さも漂ってますよね?
覚えていますか、私。
彼の姫騎士での結末は……
ハッピーエンドではリユ=リージェンだと知って幸せな結末を迎える二人だけれど。その反面、彼はヤンデレ要因でもあるのだ。バッドエンドへの分岐も攻略キャラ中で断トツのトップ!
そん結末、断固阻止だから!
甘ったるい空気も不穏な空気も断ち切る!
さあ行け私、ぶち壊せ私!
「アイズさん。一つ、言っておきます」
「なんだい」
からかうようなアイズさんの表情に対抗意識が湧く。
「私は本部だからと不用心に出歩いているわけではありません」
何があるかわからない。それは私にとって常に隣り合わせの言葉なのだ。これまでの行動がいつ何時シナリオの狂いを引き寄せているかわからない。例えば極端な話、いつ襲撃されても対応できるよう気を使っている。
まず、私は薄い寝間着姿ではない。部屋から出るにあたって制服のシャツとスカートに着替えている。さすがに髪はほどいたままだが寝間着では有事の際に動きにくいだろう。
「そうかい? 俺の目にはどう見てもか弱い女性にっ!」
アイズさんがぴたりと固まる。
私が袖から仕込みナイフを取り出しアイズさんとの間を遮ったからだ。そしてにっこり笑顔を添えて。
「ナイフはもちろん短剣も仕込みは万全。不埒な真似を働かれた場合は……ご覧に入れましょうか?」
アイズさんはしばらくナイフと私を交互に見比べていた。
「君、思ったよりもしたたかだな」
「まさか、ほんの嗜みです」
「最近の女性は嗜みで武器を仕込むのか!? ……肝に命じておこう」
アイズさんはけろりと掌を返す。毒気は抜かれてくれたようだ。そして止めの一言。
「さすがカノエと渡り合っただけのことはある」
聞こえてますから!
不貞腐れたように私は水をあおった。
「なら……。相談料は大サービス、君の笑顔でどうだ?」
「ゴホッ!」
「おいっ! 君、平気か!?」
とんでもない不意打ちを食らい盛大に咽た。水を吐き出さなかった自分を褒めたい。
「コホッ!」
涙目で咳き込みながらも私は感動に浸っていた。
これぞ頼れるお兄さんの名台詞! まさか体験できるなんて、なんて光栄だろう。
「コホッ!」
尚も咳き込む私の背をアイズさんが優しい手つきでさすってくれる。
「あれー、なになにー?」
この声は……
気付けば二人きりだったはずの食堂に灯りが増えている。団長が起きてきたことを知り、私はとっさに涙を拭った。
「誰かいるのーってアイズ君!? え、リユ君泣かせたの!?」
「アイズさん、最低ですね。元から見損なっていました」
その背後にはフェリスさんまで。みなさんタイミングが良いにもほどがある。
「フェリス、せめて見損なってくれ! 誤解だ。というか誤解されるようなことはなにもない!」
「何があったの!? リユちゃん、大丈夫?」
「むしろ何かされたのは俺なんだが……」
アイズさんは納得できないと抗議している。
さりげなく団長が私をアイズさんから引き離し、本気で心配されていることが伝わってきて申し訳なかった。ちなみに団長は朝食の仕込みをするため、フェリスさんは私と同じく水を貰いに来たそうだ。
「それで、本当のところはどうなんです?」
フェリスさんが囁く。
「まあ、元を正せば……原因はアイズさん?」
「リユ!?」
指名された本人が一番驚いていた。
途端に賑やかになった食堂に深夜だということを忘れそうになる。そんな和やかな一コマに、明日からまた忙しくなりそうだと私は意気込んだ。




