八、深夜のお悩み相談
彼のターンがやってきました。忘れていませんとも!
その場の勢いとはいえカノエさんの送別会を企画してしまった私。いわば幹事? 幹事というものは店の手配や出欠席の確認、連絡に会費の徴収など多忙な役目と記憶している。
店といっても団長に話をしたところ快く騎士団の食堂を開催場所に提供してくれた。そして自らも快く参加の意思表示をしてくれる。同席していたアイズさんも賛成してくれた。問題はファリスさんで想像通り複雑そうな表情を浮かべていたけれど、夕食の時間と被せて強制参加ということになりました。
当日の料理担当はもちろん私と団長。こんなところでも団長は心強い人だ。
前世知識、私の記憶にある送別会プログラムは……
まず幹事や偉い人の挨拶から始まる。つまりこの場合、団長の挨拶で良いのかな?
続いて乾杯からの食事歓談タイム。そして送る言葉と共にプレゼントの花束や寄せ書きなどを渡し、主役からの挨拶――というところだ。送別会と豪語しておいてただの食事会だけというのも味気ないし、プレゼントを用意しておいた方が良いのかも?
まあ、幹事云々よりも考えることは山積みなんですけどね!
はい、現実逃避してすみませんでした。
え? 今日はいつ、何日目か?
本日、十五日目です(夜)
時間が経つのは早いですね……。私も驚いているところです。
すでにカノエさんには送別会の日程を伝えてある。これで十八日目までカノエさんが無謀な行動にでるのを阻止できたと思うけど、具体的な解決策とは。あれから毎夜、頭を悩ませていた。
十五日目も終了間際。
今日も今日とて部屋で対策を練っていたけれど煮詰まり、気分転換に食堂で水を貰おうと思い立つ。さすがに一部屋ずつ冷蔵庫なんて文明はこの世界に存在しない。
暗い廊下を灯り片手に食堂を目指す。
すると食堂には先客が。同じく手元に用意した灯りに浮かぶのはアイズさんだった。
「よっ! パン屋の騎士殿」
「……もしかしなくても私のこと、ですよね」
どう見ても食堂には二人きりだ。
「聞いたぜ。君、パン屋の騎士になったのかい?」
「それは一体どういう職業でしょうか」
「なに、街の奴らが噂してたんでな。女神のご利益があるパン屋だと、なんでも銀髪の看板娘がいるそうじゃないか。君だろ?」
「その特徴では否定のしようがありませんね」
やましいことをしたつもりはないので素直に事情を説明しておく。
「アイズさんは、夜中にどうされたんですか?」
傍らにはお酒が用意されている。酔ってはいないと思うけれど、まだ寝るつもりもない様子。
「一人で部屋に籠っていると、どうもな……。悪いことばかり考えてしまうんだ」
「すごく、わかる気がします」
まったく同じことを考えていたらしい。
「君もか……。隣、どうだい? 空いてるぜ」
一人で部屋に籠っていると悪いことばかり考えてしまう、その言葉に覚えがありすぎて。当初の目的である水を用意すると大人しく彼の隣に座らせてもらった。
「それで、姫騎士殿の悩みは?」
「悩んでいるとは言っていませんが……」
「いや、美人が台無しの顔をしている! 君はいつもひた向きに頑張っているが、たまには歳上を頼るってのはどうだ?」
「頼るまでもなく、皆さんにはいつも助けられていますよ」
ありのまま、私の本心だった。
「相談しにくいことか、なら追及はしないさ」
意外と――というのは失礼なのだがアイズさんは鋭い人である。黙っているということはアイズさんを信用していないと言っているようで申し訳なかった。
「実は、カノエさんのことなんですが」
もちろんすべてを話すことはできないけれど……。
「ああ、送別会の件で悩んでいたのか」
あっさり納得してもらえた。間違ってもいない、かな?
「私は……。カノエさんを止めたいんです。でもどうしていいか、わからないんです。止めたいのに、カノエさんの決意は固い」
「なるほど。君はカノエにエデリウスを去ってほしくない。だがカノエの決意は固い――そういうことか」
「……概ねそんな感じ、です」
少し論点はズレているけれど、そういうことにしておこう。
「しかし君たちがそういう仲とは初耳で、驚いたな」
「……はい?」
「いつから恋仲なんだ?」
「私も初耳ですが!」
「違うのか? それにしてはカノエに執着しているように見えるが」
「違います! ただ、放っておけないんです!」
あれ、でもこれって恋が始まる前の常套句!?
「残念だ。薄々気づいてはいたが、姫騎士殿の気持ちがカノエにあったとは……」
放っておけないのは、放っておくと破滅してしまうからということで、ここまで言えたら誤解なんてすぐとけるのに!
「薄々ってなんです!? どこでどう気付くと、気づかれるような気持ちなんてありませんが!」
「いや、急にカノエの送別会を開くと聞かされた時は驚いたが……なるほどな」
「何がなるほど!? 絶対、誤解されていると思います!」
「ではなぜ送別会を?」
「ですから放っておけないと――」
またしても墓穴を掘った気がした。
「君たちがそれほど親しかった、とうのも初耳でな。疑問に感じていたんだが、君がカノエを憎からず想っているとなれば解決するだろう?」
「え、私そんな風に思われているんですか!? まさか団長やフェリスさんも!?」
「いや、この考察は俺だけのものだ。団長は普通にカノエを歓迎しているし、ファリスはこういったことには疎いからな」
アイズさんのペースという流れを断ち切るため、私は深く息を吐いた。
「私は……。確かにカノエさんのことは気になります。まあその、いろんな意味で、ですが」
「意味深だな」
「アイズさんが『執着』していると表現されるのも、あながち間違いではないと、思っています」
私が抱いてきた気持ちは言い方を変えればただの『執着』だ。
「みっともないのも、自分勝手なのも、全部わかっているんです。でも、それでも私は! カノエさんに笑って欲しい。たとえエデリウスにいてくれなくても、生きていてくれるなら……。私は幸せなんです」
「なるほど、良くわかった。君の気持ちは恋ってより、愛だな」
「すみませんアイズさん。話、聞いてましたか?」
あれ、そもそも私は何の話をしていたんだろう……
悪いことばかりは考えなくなったけれど、迷走している。
「君の気持ちはカノエに伝えたか?」
「え……」
「その顔はまだか。なら伝えてみると良い。悩むより、想いを伝えるなら言葉でだ」
アイズさんのその言葉は私の体に沁み込んだ。深く心の奥底まで広がった。あれほどカノエさんには伝えてほしいと迫ったくせに情けない。
「君のように可愛い子から懇願されれば、案外コロッといくかもしれないぜ!」
「そうだと、有り難いですね」
「カノエの奴も幸せなことだ。こうして君の思考を独り占めできるとは」
「あの! 私、他のことも考えていますから!」
「ははっ、悪かったな」
今夜アイズさんに会えたことは私の価値観を変えてくれた。今も部屋に閉じ籠っていたら、こんな簡単なことにも気づけなかった。
そして気付かされたことがある。
一人で何もかも上手くやる必要はないと。騎士団には頼もしい人たちばかりなのだから。ゲームでの彼らを知っているからじゃない。私が彼らと過ごして、信じられると決めた頼れる人たち。
ゲーム『銀の姫騎士』では実はメインヒーローをはっていたアイズさんですが、リテイクではカノエさんに押されぎみです。でもちゃんと出番はあるんだよ!だって頼れるお兄さんだもの!
というお話でしたが、少しでもお楽しみいただければ幸いです。




