二、主人公だって抗いたい
注! この作品は主人公が一度殺されます。
申し訳ありませんが、苦手な方はお戻りくださいませ。
「昨今ではサブキャラクターたちが運命に抗って生きる決意を固めているようですが。主人公にだって抗いたい運命があるわ。主人公にだって不満くらいあるのよ!」
主人公は叫んだ。魂の叫びに瞠目し空間が震えたような気がする。ちなみに私は正真正銘、魂だけの存在だけど。
目覚めれば大好きだった乙女ゲーム『銀の姫騎士』の主人公に生まれ変わったことを悟り、同時に主人公に選べる選択肢は多くないと絶望もした。どう足掻こうと主人公として生きることを余儀なくされているのだから。
通常、ゲームの世界に転生したからにはいくつかの選択肢がある。本来与えられたキャラクターの役割通りに動くのか、無視して己の人生を貫くのか、それともゲームをひっかきまわすのか、そもそも誰のルートを狙うのか。
これが学園ものなら良かったのに……
小さな願望が湧くのも当然だ。学園ものなら何かって? 好き勝手に生きたところで迷惑をかけることがないもの。学園入学を拒否したって、自分を知る人物が一人もいない辺境の地で隠居生活を始めようが自由。それで誰かがいなくなることもないし、世界が消えることもない。
でもここは違う。主人公が怠惰に生き、役目を果たさなければ何かしらの反動が現れる世界。
つまり誰かが消えたり、世界が消えたり……。
主人公が生きるには代償を払うなんて、なんて怨みがましい設定か! こうなっては嬉々としてプレイしていたかつての自分が憎らくもある。もっと主人公の苦労も考えてあげればよかった!
なんて、過去を悔いてもしょうがない。逃れようのない運命なら、せめてどう生きたいかを考えた結果。真っ先に浮かんだのが彼の存在だった。
「主人公改めこの私が、世界も彼も救ってみせる!」
心からのガッツポーズを決めた。
「……問おう。お前は救う救うと連呼するばかりだが、つまり恋愛がしたいと?」
「違いますよ」
私の返答は予想外らしく、またもや疑問符が飛んでいる。確かに私はそれが乙女ゲームだと語ったけれど……
「仮に誰かのルートに入ってエンディングを迎えでもしたら、全ルート失踪・破滅・死亡の三拍子そろった彼はどうなるんですかっ! 言ってて思いましたけど救いなさすぎでしょう!」
「……哀れな奴だな」
「それに私、全部知ってるんですよ。何を言えば喜んでくれるのかも全部……。けどそれは私の力じゃない。主人公の力なんです! そんな他力本願で恋愛成就しても嬉しくないです!」
「お前ではないのか?」
「いや、私ですけど! 違うんですってば!」
「面倒な奴だな」
「そりゃ、彼に限っては個別の物語がないわけで主人公の力とか関係ありませんし、自分の力で頑張るしかありませんけど……。どうしたら選んでもらえるか難易度高すぎて、考えれば考えるほど誰か私にベストな選択肢を教えてください状態なんです。というか私ゲーム終了後――世界を救った後は平穏に老後を過ごしたいと考えていますので、パートナーは名前も顔も知らないような、ゲームに登場しない人が理想なんです。彼だとちょっと物騒すぎます。というか彼にも彼らにも選ぶ権利ありますからね!」
「つまり、彼の者とも誰とも恋愛するつもりはないと? 欲のない奴だ」
「……そこまで望んだら贅沢すぎると思います」
仰々しい建前を一掃すれば、最後に残るのはこの一言だった。
「何?」
「これからやろうとしていることは、ただの自己満足なんです。だって彼、私のために死ねたら本望とか言っちゃう人なんですよ! でも、それじゃ私が嫌なんです。助けて、赦して、生きてもらわないと! こんな自己満足な道を突き進むんですから、その上で誰かの心まで望むなんて贅沢すぎません?」
だからと一度言葉を区切る。それは自分を落ち着かせるための動作だ。
「国を救いたいのも彼を救いたいのも私の我儘。国がなければ平穏な日常は存在しませんし、誰かを見捨てては心穏やかに老後を過ごせません。私は自分の欲のために行動するにすぎない。だから……」
これでいい。
「ところでお前、本当に全部知っているのか?」
あれ? 私の真剣な告白、軽く放置されました?
まあ、いいですけど。女神様にとっては関係のないことですからね!
「それは私のフルコンプ発言を疑っているのでしょうか。真相エンディングまで網羅しているので受けて立ちますが」
少し恨みがましい気持ちが残ってしまったせいか発言は挑発的になっていた。
「真相? ではお前は誰に殺された」
「彼に。でも実際命令を下したのは――」
「おい待てっ!」
望み通り答えようとすれば鋭い静止が飛ぶ。
「誰が聞いているかもしれない!」
「あっ! すみません。私、配慮に欠けていましたね……」
「そうだ。慎重に――」
「まさか女神様がネタバレ厳禁だったなんて!」
危ない危ない。
「違うっ! ……いや、もういい。お前が全て知っているのは良くわかった。もう地上へ戻して構わないか?」
「むしろ早く頼みたいんですが!」
「長々語っていたのはお前だろう」
「え、まだ聞き足りないですか? そうですよね、素敵なゲームでしたから。正直私も語り足りないです」
久しぶりに全てを思い出したせいか湧きあがる想いが尽きない。登場人物の魅力や、素敵なイベントの数々を語りたくてしかたない。
「頼む、もう戻ってくれ。久々に長く人と話して疲れた……」
「女神様も大変ですね。お疲れ様です?」
この励ましは何か違うような気がしたけれど他に労うような言葉を私は持ちえていなかった。
「では早急にお暇を。それでは、また会う日までお元気で。それと!」
まだ何かと、やけにげんなりした女神様である。姿がないとはいえ、この短時間で声音がやつれたように感じた。
「ゲームでは言っていませんでしたが、生き返らせてくれたこと感謝します。たとえこの先に何が待っていようと、この気持ちは変わりません」
「……また会う日まで、だと?」
人が感謝を告げているというのに内容は丸々スルーですかっ!?
「会いたくないと思っているのは、私だけなのだろうか……。地上の時間に換算すればこの邂逅はほんの数分、それが何時間も話したような疲労を覚えるのはここの時間が狂っているからか。もしくはお前が狂っているからか……?」
「女神様、声に出てます」
やがて女神様は思考を放棄することを選んだ。
「あ、それから一つ。連絡の取り方を決めておきましょう」
「おい、私は地上に干渉できない。そのためのお前だというのに、本当にわかっているのか?」
女神様の力は完璧ではない。時折、意識が眠りにつくこともあるし完璧な連携を取ることは難しいだろう。だが多少の意思疎通くらいなら可能かもしれない。私が自信満々に宣言すれば、女神様はまた疲れたように――いや、どこか吹っ切れたような反応を示してくれた。
それから主人公がどうしたのか?
ゲーム開始のプロローグを早送り気味で終了させ、送り返された先は私のよく知る展開。目覚めた先は暗くて狭い棺の中で、敷き詰められた花の強烈な香りに凝り固まった体に顔をしかめての目覚めといったら気分の良いものではない。
じきに棺が開く。
主人公を助けるのはこの国の騎士。攻略対象ではなく、主人公の良き相談相手であり師であり養い親。主人公のために地位を捨ててまで助けてくれる恩人で、いわば彼なくして主人公の存在はあり得ない。もちろん女神様の次くらいに。
暗闇の向こうに広がるのは自分の死んだ後の世界。さて、まずは名前を変えないと!
……ここはゲームの通りの名前を使わせてもらうとしましょうか。
この蓋が開くまで、あとどれくらい時間があるだろう。じっとしている間も色々なことを考えた。その度に彼の顔が浮かぶ。
いつも悲しげな顔ばかり。笑ったかと思えば儚げなもので、見たかったのは心からの笑顔だ。けれどそれは叶わない。彼は己の犯した罪に心を苛まれているから。
本音を言えば今すぐ駆け出して彼を抱きしめることも考えた。まだ近くにいるかもしれない。でもそんな勝手をしてはいけないと理性を働かせる。たとえここで彼を救えたとしても、私の望む大団円にはたどり着けなくなってしまう。
まず私が取るべき行動はゲームと同じ隠居と修行の日々。いずれ訪れるゲームの始まりまでに力をつけること。
さあ運命の幕開け改め棺桶の蓋が開く――
私の名前はリユ、リユ・クローディア。
舞い込んだ風と共に視界をかすめたのは銀色の髪。そこに黒髪だった面影はなく、初めからこの色だったといわんばかりの見事な輝き。
けれど瞳の色は変わっていない。紫の瞳、それだけが残していく両親との絆だと思えた。前世ではゲームのサブキャラクターだと認識していた人たちも、現在となっては本当の両親。私は彼らから生まれ、確かに愛されていた。
ゲームでは知らなかった何気ない毎日も、特別な記念日を過ごした思い出もたくさんある。七年という短い時間だったけれど大好きな人たち――不思議な感覚だ。
『銀の導きに従いなさい。銀はお前を害さない。銀はお前を導くだろう』
不思議ついでに、声なのか音なのか。波紋のように広がり、静かに体へ沁み入る囁きは――
ええ、わかっています。主人公はただの空耳だと判断していたけれど、私はちゃんと女神様からの有り難いお言葉だと解っていますよ。
これから頼りにしていますとも!
ですから私が紡ぐ『銀の姫騎士』、しっかり見ていてくださいね!
閲覧ありがとうございました。
どんどんいきます!