六、お手伝いイベント発生
ご想像通り、お手伝いします!
開店の立て札は出ているので迷わず店内へ。
「あれ?」
店内は閑散としていた。まだ明るい時間帯、いつもならお客さんで賑わっているのに私たちだけだ。そして商品の数が圧倒的に少ない。笑顔で出迎えてくれるはずのエマさんもいない。
しばらく呆然としていれば、奥の方から足音が近づいてくる。
「は、はい! いらっしゃいませ――って、リユさん!? それにカノエさんまで! お待たせしてすみませんでした!」
「どうかされたんですか? 失礼ですが、いつもと雰囲気が違うような……」
「実は両親が揃って風邪で寝込んでしまって。私一人ではパンを焼いて店を回すのも難しい状況なんです。お店はなんとか開けたんですけど……」
この店はエマさんとご両親の三人で経営されている。それが二人も風邪で寝込んだとなれば事の重大さは語られるまでもない。働き手はエマさんだけなのだ。
「何か手伝えることはありますか?」
「へっ!?」
「私で良ければ」
「でも、あの、リユさんお仕事は?」
普段着ではなく騎士服なのを気にしているのかも。
「今日は午前中だけなんです。午後は特に用事も入っていませんし、ご迷惑でなければお手伝いさせてください。騎士の副業は禁止されていませんし問題ありませんよ」
「ああっ、なんて優しい方なの! まさに女神、女神様の再来!?」
「それは大げさな気が……」
良く言われるけれど、さすがに友達からは初めてだ。
「とは言っても、私にパン作りは難しいので販売のお手伝いくらいしかできませんよ?」
「それだけでも有り難いです! 作ることに専念できますし、とても助かります! すぐにエプロン、用意してきますね」
エマさんは再び奥へと引っ込んでしまった。残されたのは私と……
カノエさん!
「すみません、カノエさん! 私、勢いで手伝うなんて勝手に決めてしまって」
「どうして頭を下げるの? 君のしたいことをすればいいと思うよ。ジゼに会いたくてたまらないわけでもないし」
「ありがとうございます。でしたら終わったら声をかけますので、どこかでお茶でも――」
「エマちゃん、エプロン二人分ね!」
カノエさんが奥の工房へ向かって声を張る。
「へ?」
この人は何をおっしゃいました? もう一着はどなたの分でしょう。
「誰が手伝わないって言ったのさ」
まさかの『お手伝いイベント(仮)』が発生しました。発生場所はエマさんのパン屋。
カノエさんと一緒に店番!? どんなお宝シナリオですか、これ!
興奮と緊張の狭間に身を置きながら、私はエプロンを着た。
「君って、おせっかいだね」
それなりに心に刺さる文句だけれど負けてたまりますか。
「それが何か? 私、友達少ないんです。だから友達が困っていれば力になりたいんですよ」
「そう……」
「カノエさんは、エマさんと親しいんですか?」
「普通にパン屋に顔は出すけど、あまり会話したことはないね」
「え!? ならどうして手伝うんですか!」
「不満?」
「不満なんてありませんし嬉しいですけど、てっきりエマさんと仲が良いから手伝うのだとばかり……。あれ? ではどうしてお手伝いを?」
「友達、というものはよくわからないけど、僕は君の力になりたいよ」
「だから、手伝ってくださるんですか?」
きっと罪滅ぼしの延長なのだろう。けれどカノエさんの心遣いは嬉しかった。
もちろん引き受けたからには仕事はきちんとこなしてみせます!
値段はエマさんから教わったものをメモしてあるし、エプロンドレスの制服も借りた。ちなみにこれはエマさんの予備を借りている。気になるカノエさんは、残念ながらエマさんのお父さんのものを借りています。普通の黒いエプロンですね。
いえ、これだけでも眼福なんですが。もしエプロンドレスしかなかった場合どうなっていたのかなと。そんなおそろしいこと、私は愚かではないので口には出しませんけど! 『カノエちゃん』のキレっぷりは半端ないので!
長々と語ってしまったけれど、カノエさんも手伝ってくれる。巻き込むような形になって申し訳ないとは思いつつ、まさかエプロン姿を――
思考がループしそうなので中断。
「いらっしゃいませ!」
はきはきとお客様を出迎えれば、焼きたてのパンを運んできたエマさんに意外だと驚かれた。
「リユさん、慣れてます?」
「そうですか? だとしたら嬉しいです。少しなら経験があるので!」
嘘ではない。それが前世という部分は秘密だけれど。
私の前世は『銀の姫騎士』をやりこんでいたことを除けば特出して語ることもない普通の人間。生まれ変わって普通の有り難さが身に染みたけれど……。そんな私もバイトだけはたくさんしていた。働ける歳になってからは様々な店で経験を積み、実はパン屋で働いた経験もある。世界は違えど仕事の流れは体が覚えているのだ。
エマさんは店内を見回している。
「お店の雰囲気も、いつもと全然違います!」
「そうですよね……。いつもと並べ方、違いますよね。勝手にすみませんでした」
エマさんはパンの製造に専念しているので、焼きあがったパンのストックを並べたのは主に私だ。カノエさんは会計に専念してもらった。
「何言ってるんですか! いつもより綺麗なので驚きました」
「大げさですって……」
「なんていうか、見やすいです! それに並べ方も綺麗!」
「実は、朝食やおやつなど用途ごとにパンを並べてみたり。あとは同じ色のパンが固まってしまわないようにしたり、たくさん残っているパンは目につく場所に移動させてみたり……」
「そんなことを?」
「それだけじゃないよ。リユちゃん、店先で呼び込みもしてたよね」
「呼び込み、ですか?」
エマさんが首を傾げる。
「カノエさんに会計をお任せして。焼きたてのパンはいかがでしょうか、なんて宣伝してきました」
「そんなことまで!?」
「お店が動きだしたことを知らせないといけませんし、パンは焼きたてが一番美味しいですよね!」
エマさんがぎゅと私の手を掴む。
「リユさん! もう騎士なんて辞めて家で働きませんか!?」
真剣に転職を進められた。もし騎士を退職することになったら考えてみようと思うので、私も真剣に返答しておいた。
客足を取り戻した店は忙しく、閉店まで手伝うことになり。閉店後の掃除まで手伝えば、すっかり夜になってしまった。
エマさんは申し訳なさそうに私の帰り道を案じてくれる。そんなエマさんを安心させるように、カノエさんが騎士団本部まで私を送り届けることを約束していた。
手伝いを申し出て夜になったのは私の自業自得、申し訳ないと断ったけれど……隣に居なくても背後にいますよね。ならお隣コースを希望しました。
「カノエさん、店番ができるなんて驚きました」
「これでも二十三年生きてるからね。いろんな経験があるよ」
いろんなのところに物凄く含みを感じますけど……。
「……君は、せっかく仕事を終えたのに良かったの? 結局、ジゼのところにも行けなかっただろ」
「良いんです。ジゼさんに会うのは今日でなくても大丈夫ですし、友達の助けになれました。それに私、楽しかったです! カノエさんのことは巻き込んで申し訳なかったと思いますが」
「誰が楽しくなかったって?」
「あの、それはどういう……」
「楽しかったよ」
「ほ、本当ですか!?」
「どうして君が必死に喜ぶのさ」
「だって、嬉しいですから!」
「僕が楽しいと?」
「はいっ!」
お世辞かもしれないけど、あのカノエさんが楽しかったと言ってくれた。言葉だけでも、物凄い威力だ。もっとたくさん楽しいことを知ってほしい。
リージェンのことも、主人公のことも忘れて笑ってくれたなら……




