五、生誕祭のご予定は
ようやく十二日目まで進行しました。
まだまだリユの苦労は続きますので、読んでやって下さると嬉しいです!
現在十二日目が進行中の私。巡回は午前だけなので騎士の仕事はここまでだ。
アイズさんたちとも話したけれど……平和です。いえ、もちろん良いことですよ。平和って素晴らしいですよね。それというのも亡霊が背後霊に転職していることが大きな要因ですが。ゲームでは暗躍に忙しかったカノエさんが、ここでは私を守るためストー……いえ、何でもありません。
そんな背後霊を呼び出すべく、彼がいそうな建物の隙間に移動する。
「カノエさーん?」
「何かな、リユちゃん」
本当にいらっしゃいました。良いんですよ、返答なくても。私は残念がりません。
「もう諦めたとはいえ、複雑……」
思わず声に出ていたけれど、彼は素知らぬ振りを貫くようです。
「いえ、呼んだのは私です、よね……」
「うん」
乾いた笑いしか浮かべられなかったけれど、せっかく仕事が終わったのだから自由にいこう! と無理やり自分を納得させた。
「今日の仕事は終わりましたので、これからジゼさんの工房へ行こうと思うんです。良ければカノエさんもご一緒しませんか?」
どうせなら背後ではなく隣にいてほしいので。みなまで言わないけれど!
あっさり了承を貰えたので、めでたく私たちは並んでジルさんの工房を目指すことになった。
商店が立ち並ぶ道を歩きながら、私たちの話題は迫りくる生誕祭について。普通『迫りくる』なんて表現は似合わないけれど、私にはこの言い回しがぴったりだと思う。そしてカノエさんにも。
「カノエさんは、生誕祭はどう過ごされますか?」
辺りはどこを向いても生誕祭ムードが漂っている。話題にしても不自然はないだろう。
「毎年、気付いたら終わってる」
「それは……なんというか、カノエさんらしいですね」
「そう?」
「毎年はしゃいでると言われたら、戸惑ったと思います」
家族でお祝いしたり、友達と街に繰り出したり、親しい相手と過ごすのが一般的な過ごし方。世界の誕生を喜び、与えられた時の尊さを享受する日だ。
「ああ、確かに。でも今年は少し、違うのかな」
「違う?」
「特別な年、らしいから」
さて問題です。私は怪しまれずにどこまで踏み込めるでしょう!
「特別、ですか?」
「うん」
明確な説明がされないまま抽象的な表現ばかり。これではわからない。
「そう言われると気になるんですが……」
あくまで平静を装え、私。まずは催促せずに視線だけで訴えてみる。するとカノエさんは察したように続きを話してくれた。
「僕にも今年が特別ということしかわからないんだ。ちゃんと答えられなくて、ごめんね」
「いえ! 私こそ、しつこくすみませんでした」
ということは、このカノエさんはまだ儀式のことを知らされていないのかも。誰かの個別ルートに入っているなら知っているはずだけど、ここは誰のルートでもないわけで。
「君は?」
「はい?」
「誰と、どう過ごすのって話」
「仕事、でしょうか?」
生誕祭当日の割り振りはまだ決まっていなかったはず。
「あ! でも生誕祭は国の祝日ですし、仕事は違うかも? つまり今のところ予定はありません……です」
色気がないにもほどがある! 十七歳といえば青春真っ盛りのはずなのに予定なしって!
せめてもの言い訳が許されるなら、先のことなんてまったく考えていなかったのだ。もちろん私は世界を救う。無事に生誕祭を迎えるつもりでいるけれど、その時の自分がどうしているかなんて考えたこともなかった。
生誕祭当日は女神ヴィステアが世界を創った日と伝承されている。地上と女神が最も近づく日、黒幕こと王妃様の望みは女神に成り代わること。
そんなこと、できるわけがないのに。
計画はどのルートでも失敗に終わり、王妃シルヴィス・エデリウスは闇に呑まれ存在ごと消えてしまう。たとえ計画を止めたところで乱れきったエデリウスの時は正されない。理からズレ、やがて外れていく。歪んだ力は闇を生み、世界を呑みこむまで止まらない――
これが十九日目、生誕祭前日に起こる事件の全貌。
主人公が立ち向かうべきもの。
生誕祭、すなわち二十日目のエンディングは事件を無事乗り越えた先にあるもので、私にとっては前日の方が一大イベントなのだ。
「予定がなければ僕と過ごさない?」
「へ?」
それはつまり生誕祭のことでしょうか。いや、そうとしか思えないんですが。
待って。ちょっと待って。まさか私……カノエさんに誘われてる?
「ちょ、ま、待ってください、心の準備が! うそこれ、なんてイベント!?」
「いや、生誕祭だけど」
「そうですよね!?」
カノエさんは律儀に教えてくれた。なら、どうして私は非攻略対象に誘われているの!? まさかバッドエンドへの分岐選択肢!? 何これこわい!
どう足掻いたってゲームではカノエさんと過ごす生誕祭なんて存在しなかった。危ない……カノエさんからの誘いなんて夢のような状況、うっかり乗りそうになってしまった自分がこわい。
「僕と一緒は嫌かな」
「嫌なはずありません!」
混乱していようが、ここはきっちり否定しておかないと。些細な発言の足りなさは、やがて大きな誤解を生む。それがゲームのセオリーだ。
「……ただ、生誕祭を迎えた自分が、想像できないんです」
人生を費やしてきた最終目的。だからその先の姿が想像できないと、少しだけ本音を零す。
生誕祭なんて民の間ではただのお祭りだ。それをこんなに重く捉えているなんて笑われるかもしれない。でもこれ以外の答えなんて見つからなかった。
「生誕祭は、君にとっても特別な日?」
カノエさんは笑いもせず真面目に受け止めてくれる。
ああ、やっぱり私はカノエさんを助けたい。この優しい人を救いたいと強く思った。
「生誕祭が終わったら、伝えたいことがあるんだ」
「へ?」
「なら、最初から一緒にいればいいかと」
「ちょっと待ってください! それどんなフラグですか、ダメに決まってます!」
食い気味で阻止していた。
「え、ダメなの? 嫌ではないし、予定もないって」
「嫌じゃありません。予定もありませんが! その言い回しは古の時代から不吉の予兆だと危惧されているんです!」
「初耳だけど」
「いいえ、カノエさんもやってくれました。バッチリ不吉のセオリー踏んでくれましたから!」
もちろんゲーム内の話なので、目の前のカノエさんは首を傾げいてる。
「カノエさん」
「ん?」
「私のモットーは『今言う』です。終わってから、後悔したくありません。なので言いたいことがあれば諦めてここで。今、お願いします。というか初対面から言いたい放題でしたのに、急に生誕祭が終わったらなんて謙虚にどうされたんですか!」
伝えられなかった……と悲壮を浮かべるカノエさん。
聞けなかった……と泣き叫ぶ私。
そんな未来が目に浮かぶ。でもここで聞いておけば問題ない。
「君も、わりと言いたいこと言うよね」
「経験上、身に沁みました」
「……聞きたいの?」
「お願いします。ぜひ!」
「わかった。なら……。落ち着いた場所に移動したら、話そう」
「あ……」
どう足掻いても街中だ。いわずもがな、生誕祭は恋人同士のイベントでもある。主人公も平和な世界でお相手のキャラと幸せそうに過ごしていた。
そして現在の私は。客観的に見れば、見目麗しい男性から生誕祭へ誘われているにもかかわらず断っている女。
「も、申し訳ありませんでした。ぜひ、お願いします……」
事態を理解して青ざめる。声も徐々に小さくなる。
気まずさから足早に通りを抜けようと試みた。察してくれたのかカノエさんは自然と歩幅を合わせてくれました。ありがとうございます。
それからはどの屋台が美味しいのかという質問を繰り返して気まずさを誤魔化していたけれど。ふと私は足を止めていた。
「あれ?」
その店が、いつもと違うのだ。
「どうかした」
条件反射のように止まってしまったのでカノエさんが不思議がっている。
「あ、いえ。エマさんのお店、やけに静かだと……」
「そうだね。定休日はまだ先のはずだ」
カノエさん、定休日を把握するほど御用達なんですね。エマさんのお店のパン美味しいですからねーと、密かな親近感を抱かせてもらう。
「実は友達の店なんです。朝食のパンも購入しておきたいので、少しだけ寄っても構いませんか?」
「もちろん。僕は勝手についていくだけだよ」
そっと続くのは公認でも非公認でも、でしょうか。




