四、料理できます
朝になりましたね……
「なぜ、あなたは外で寝ているんです?」
さめざめとした言葉には聞き覚えが。眠い目をこすりながら声の方へと顔を向ける。
「ん……?」
眩しい。でも周囲が明るいなんておかしい。私がカノエさんと会っていたのは夜のはずなのに……。徐々に記憶を取り戻していけば、鮮明になるほど汗が伝った。
「も、もう朝!? 私、あのまま寝て!?」
隣にいたはずのカノエさんの姿はなく、私は木にもたれて眠っていた。
カノエさん、起こしてくれてもいいのでは!? なんて寝坊した人間の常套句ですよね……。
「リユさん、聞いていますか?」
シャツ一枚という身軽な装いのフェリスさんが物凄く不審な目で私を見下ろしている。おそらく朝の鍛錬の最中だと思われる。
「星が綺麗で、天体観測したくなったんです! フェリスさんこそどうしたんですか!?」
追及されて余計なことを喋る前に話を逸らすほうが賢明だと思う。すでに十分怪しまれてはいると思いますけどね。
「朝の鍛錬に訪れてみれば。人が倒れていると驚かされましたが、まさか寝ていたリユさんとは……」
すごく突き刺さる視線。フェリスさんがやると凄みが増す。
「す、すみません! ご心配をおかけしました」
急いで頭を下げる。次いで私は周囲を見渡した。
「私、一人でしたか?」
「他に誰か?」
「あ、えっと、森の動物が数匹ほど……」
「周囲に他の気配はありませんでしたが」
「そう、ですか……」
少し寂しいと感じている自分に戸惑った。きっとカノエさんが温かすぎるせいだ。
躊躇いを払拭するように私はある提案をする。本当はずっと前から考えていたことで、そろそろ実行してもいいころ合いではと思っていたのだ。
「あの! 私の不注意でフェリスさんにも心配をかけてしまいましたし、皆さんには感謝してばかりなので、日ごろの感謝を込めて本日の夕食は私の手料理をふるまわせてください!」
なんてことはない。ただ料理をご馳走したいと思っただけのことだ。団長にも休みをあげたいと思っていたし。
けれど私の提案は歓迎されていないようで、音を立ててフェリスさんが固った。この時の表情を私は決して忘れはしない。
いくら伝言を頼んだとはいえ夜遅くに帰還して団長には心配をかけてしまった。しかも支給された剣は折れたという苦しい言い訳にもかかわらず、信じてくれた団長には感謝している。少しでも恩返しができればとも思っていた。
料理は良い、これは料理の師匠が常々口ずさんでいたもの。そこにあるだけで空気が和むし、話も進む、親睦も深められる。
……はず、なんですけどね。さっきのフェリスさん、見たこともない絶望的な顔をしていたんですが。
「皆さんに日頃の感謝を込めて、本日は私の手料理です!」
高らかに宣言して鍋の蓋を開ける。煮立った鍋からは湯気と共に食欲を刺激する匂いが立ちこめているのに男性陣の反応はよろしくなかった。
「君、料理できたのかい?」
巡回から戻ってきたアイズさんが真顔で問いかける。こんなところで美形の凄みを生かさなくてもいいのでは!?
「できますよ! 何ならフルコースでも披露しましょうか!?」
私も仕事に出ていたので準備できたのはメインの一品だけである。
「剣術は見込んでいるが、そういった子は一方の才能しか持ち合わせていないことが多いと相場が決まっているだろう」
今すぐ逃げたいという副音声を感じ取りました。つまり剣術がそれなりなので家事方面はからっきしと思われていたらしく不名誉極まりない。料理どころか裁縫も人並み以上の腕前はあると自負しているに! この団服を見よと言いたい。
「まあまあ、せっかくリユ君が作ってくれたんだよ。有り難く食べさせてもらおうよ! ……逃げ場なんてないんだ」
団長、にこやかに言ってますけどしっかり聞こえてますからね。
フェリスさんについては語るまでもない。
「ごほん! ええと、メニューは鍋です! 仲間内で親睦を深め語り合うならばこれ、お勧めの一品です。メインにはキノコをふんだんに使用しました。ちなみにこのキノコ、私が裏山で採取してきましたので、採れたてほやほやキノコ鍋リユスペシャルです」
騎士団菜園から野菜も使わせていただきましたので、ほぼ自給自足鍋である。
「良い香り、だよね?」
三人が顔を突き合わせる中で団長が囁く。
「そうですね。見た目や匂いは悪くないと思います。これなら致命傷を受けることはないはずです、恐らく」
残念ながら私の解説はあまり耳に入れてもらえない様子。
「どうして全員もれなく慎重なんですか! 私、これでも家庭的なんですよ。近所のおばさま方にはリユちゃんがお嫁に来てくれたら嬉しいわーって評判だったんですからね」
小皿にキノコと野菜とお肉をバランスよく盛り付け、自慢のスープもしっかり注いだ。同じ動作を四人分繰り返し全員の分が渡る。
「それじゃあ……。いただこうか、みんな。いただきます」
団長は『みんな』と名言し、逃げることは許さないという意志が込められている。さあ食べようと、両脇のアイズさんとフェリスさんの肩を叩いた。
「僕には嫌いな物が多すぎます。これは……どちらでしょうね」
フェリスさんは悲しげに、こんなところで聞く必要のないセリフを口にする。
「いただきます」
ファリスさんに続いてアイズさんが頷く。
いや、料理食べるだけですからね!?
食べたのは同時だった。死なばもろとも恨みっこなしという名目の元、彼らは協定を結んでいたらしい。
緊迫感漂う空気は一口食べたて劇的に変化した。当然だ、彼らの心配は杞憂に終わる。
「お、美味しい? ちょ、なにこれ美味しいよこれ!」
「確かに、否定のしようがないですね」
団長は感動し、ファリスさんも素直に同意している。
「スープからして他とは一線を隔している。そう、コクがあると言うべきか。あの短時間で、どうやってこれほど深みのある味を……。スープだけじゃない、野菜やキノコの切り方も洗練されているし、煮詰まり具合も絶妙だ!」
さすが料理をたしなむ団長、詳細な解説・分析に余念がない。
「お褒めにあずかり光栄です」
「僕は正直驚きを隠せません」
「フェリスさんはできれば隠してほしかったです」
不満を口にすればアイズさんがまあまあと私の機嫌を取り始めた。あなたのせいでもありますからね!?
「惚れなおしたぜ、リユ! これならいつ嫁にもらわれても困らないだろう。俺なんてどうだい?」
「はいはい、その辺にしてくださいアイズさん。せっかく美味しい食事なんですから」
どんな称賛が送られようと、引き結ばれた私の口は簡単には戻らない。
「みなさんが私にどういう評価を抱いていたのか、よーくわかりました!」
美味しい食事にありつけた効果か食卓には和やかな空気が漂う。もちろん私の機嫌を除けば。
「それで? リユ君は何か悩み事でもあるのかい?」
無言で食べ進める私に声をかけるのは団長だ。
「悩み、ですか?」
「いつもと笑い方が違うから、気になっちゃって。私で良ければ力になるよ? それとも力不足かな」
「まさか――、私が悩んでいると思ったからこそ、場を和ませようとあんな態度を!?」
「え、あ……うん。じゃあ、そういうことにしておこうかなー」
悩みの指摘は的を得ているけれど、その目は泳いでいる。願望もとい私の考察は外れた。
「私は、大丈夫です」
「そう?」
腹を立てているから強がったわけじゃない。ただ私が迷っているだけのこと。この優しい人たちをどこまで巻き込んでいいのか決めかねている。
「はい、本当です。でも、何かあれば遠慮なく相談させていただきますので!」
「そっか、なら私がとやかく言うことじゃないね。ところでリユ君。あれは君の家の、家庭の味?」
家庭の味……といえば、そうなるのかも?
「そうですが、まさか味付け苦手でしたか!?」
「いやいや、とっても美味しかったよ! ただ、どこか懐かしい味がしたなーと思ってさ」
「そう感じていただけたなら、何よりです」
笑顔を見せた私に安堵したのか、アイズさんが詰め寄る。
「なあ、リユ。そろそろ機嫌を直してくれないか? 俺が悪かった。君の料理、最高に美味いぜ!」
必死で謝るアイズさん。――て、私はアイズさんに何をさせているんだろう。しだいに落ち着けば、私が子どもっぽくへそを曲げているだけのこと。
自分に呆れてため息を吐き、私は謝罪を受け入れた。
「みなさんが、次は素直に食べてくれるなら許します」
「もちろんです。美味しかったですよ、リユさん」
フェリスさんまで!
褒められた嬉しさと子どもっぽい態度をとってしまった恥ずかしさ。全部ひっくるめて私は悔しまぎれにキノコをかじる。我ながら良い仕上がりだ。
私が作った料理でみんなが笑顔になってくれたから。いつかカノエさんにも振る舞えたらいいと、そんな贅沢なことを考えた。
閲覧ありがとうございます。
今回は騎士団でのとある日常話でしたが、少しでもお楽しみいただければと思います。
そしてまたお付き合いくださると嬉しいです!




