十八、王妃の望み
こちらは王妃視点の話となります!
「取り逃がした?」
耳を疑った。正常なはずの耳までおかしくなってしまったのかしら。
いつものように手足として動く駒たちを招き入れた。
下したのは簡単な命令で、吉報を持ち帰ると確信していたのにあんまりだ。
「なんて役立たずなの。わたくしは始末してと命じたのに、見失った? 薬は効いているはずよ。こんなに簡単な仕事もこなせないなんて……」
弁明の余地はない。
彼らは薬を飲ませたからと油断していたのかしら。それとも薬を飲んでいなかった? いいえ、たとえそうだとしても香を吸わないなんて不可能よ。
最初に異変を訴えたのはメイド。彼女には『とびきり』の紅茶を用意させた。騎士様はお疲れだろうから人気のない別室へ通すよう指示していたのに、慌てたメイドは客人が姿を消したと報告してきた。
すぐに待機させていた駒たちを街へ向かわせたけれど……
よほど土地に詳しいのか、あるいは何者かが協力したのか。過程なんてどうでもいい。失敗したという結果が全て。
「もういい、さがりなさい。ああ、なんて役立たずなの……」
そんなに難しい命令だったかしら? たかが小娘を始末しろと命じただけよ。役に立たない、役立たずなんて――まるでヴィスティア騎士団ね。
衰えた騎士団に用はない。そもそも彼らは女神ヴィスティアの騎士、わたくしには相応しくないわ。もっともらしい理由をこじつけて王立騎士団を創設させ、自らの手駒として動かせる人材も紛れ込ませたというのに役立たずと大差ないなんて。
「やっぱり、『あの子』でないと駄目ね」
十年前まで、すぐ手元に置いていた。『あの子』は優秀だった。大切な仕事がある時はいつも任せていたのに。『あの子』なら逃がすなんて無様な失態は犯さなかったでしょうね。だって、『あの子』は立派に勤めを果たしてくれたもの。
優秀な子にはご褒美を――
奇跡の瞬間に立ち合わせてあげようと思っていたのに、どうしてあの子はここにいないのかしら?
ああ、わたくしったら! 『あの子』には別の役目を任せていたわね。女神ヴィスティアの騎士が、あの伝説の騎士が何か企んでいないか、見張らせているのだった。伝説の騎士エルゼ・クローディアが責務を放棄するはずがない。あれは何を企んでいるのかしら……。
こんな不安を抱くのもあと少し。悲願まであと少しの辛抱。
そう安堵しかけたところで例の噂を耳にした。興奮気味に話して聞かせてくれたメイドは、まるで女神様のようだったとしきりに褒め称えていた。
「あなたがいては、わたくしが特別でなくなってしまうの。加護を受けるのは、わたくしだけでいいのよ」
握りしめたシーツが深い皺を刻む。
「……いいえ。女神に相応しいのは、わたくしだわ」
曇りのない目で見つめてきた少女の姿がちらつく。生きていれば、あの子も同じ年頃の――
「思い出して、ですって?」
思い出せば、思い出すほど……
「後戻りはできない」
取り返しのつかないことをしたという自覚はあった。




