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銀の姫騎士リテイク!  作者: 奏白いずも
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十七、黒幕と対峙

 私の扱いは騎士ではなく王妃様の客人。騎士の象徴たる銀剣の持ち込みは許可されず、不本意ながらもあずけることに。

 ものすごーくあっという間に着いてしまった。王宮ってこんなに近かったかな!? 黒幕を前に私も緊張しているみたい。

「王妃様、お連れ致しました」

 メイドが扉の前で入室の確認をとっているのは謁見の間ではなく王妃様の私室。シルヴィス・エデリウスは娘を喪った心労で病に臥せり、悲劇の王妃として国中から同情されている。

 エデリウスの王妃、そして私のお母さま……。


「初めまして。よくいらしてくれたわ」

 窓辺に備え付けられた天蓋つきのベッドから優しい声がする。

「急に呼び立ててしまって、ごめんなさい。よければもう少し近くにきてくださらないかしら。本当ならわたくしが向かうべきなのだけど、見ての通り自由に動けない身なの」

 少し掠れた声が申し訳なさそうに告げる。

「こちらこそ気が利かず、申し訳ありません」

 慎重に歩み寄る。甘い香り、懐かしい香りがした。

 薄いカーテンが私と王妃様の間にはある。背にクッションを入れ体を起こしているのだろう。顔はベールに覆われその手には手袋をはめていた。

「ああ、そんなに固くならないでちょうだい。わたくし外にも出られないから、お会いしてみたかっただけなの。あなたが噂の、銀の乙女なのね」

「王妃様にご記憶いただけるとは光栄です」

「メイドたちの間でも、あなたの話で持ちきりよ。少し話し相手になってくださらない?」

「饒舌ではありませんので王妃様を楽しませられる自信はございませんが、私でよろしければぜひ」

「ふふっ、話し相手になってくれるだけで十分。わたくしさみしくてたまらない。苦しい……。そうね、リージェンが生きていればあなたくらいのお嬢さんだったのかしら……」

 それもそのはず本人なので。

 先に言っておくけれど、私は復讐しようとしてこの場に立っているわけじゃない。

「リージェン姫の件は、真に残念です。お悔み申し上げます」

 このセリフ、物凄く複雑かも。

「ええ、今でもどうしてあの子がと、悔まずにいられません。なぜ賊の侵入を許してしまったのか――、失礼。ヴィスティア騎士団である、あなたの前でする話ではなかったかしら」

 ええと、それはつまりヴィスティア騎士団に責任があると言っているんですよね。エルゼさん悪くないですから!

「さあ、暗い話はもうやめてしまいましょう。ねえ、あなたのお話を聞かせて下さらない? とても美しい銀の髪なのですってね。羨ましいわ、本当に羨ましい……」

「そうでしょうか」

「え?」

 ここで主人公なら否定しない。ありがとうございますと素直に受け取るだけだ。でも私は否定する。否定してやるの!

「私には王妃様の方が羨ましく思います」

 本来、立ち話は無粋だとすぐに着席を促されてしまう。誰のルートに入っても起こるイベントなので鮮明に覚えている。だからこそ私は強引に割り込む。

 私はお母さまと話すために来たのよ!

「あなたが、わたくしを羨むですって? 騎士さんは、おかしなことを言われるのね。いったいわたくしのどこが、何を羨めるというの?」

 自虐的な物言いは絶望を始めている証拠。

 その目には私の銀なんて映っていないんでしょう?


 カノエさんが従う人、リージェン姫を殺すように命令した人。それが私のお母さま、『銀の姫騎士』の黒幕。


 十九日目、主人公は黒幕である母と対峙する。

 彼女は持て余した力に振り回されるように体の時間が進み、絶望していた。ベールの下、手袋の下には深い皺が刻まれている。銀の女神に憧れていたはずの彼女が纏い従えるのは闇。時間停止は暴走し、取り返しがつかなくなってようやく自分の過ちに気付く。


 ずっと考えていた。もっと早く過ちに気付いてくれたなら結末は変わったかもしれない。危険を承知で招待に応じたのはこうして話すため。

 お父さまがいて、お母さまがいて――お母さまは幸せそうに笑っていたのに。この胸には確かに幸せだった頃の記憶があって、きっとお母さまも同じだったはず。それを少しでも思い出してほしい。

「陛下に愛され、民に愛されています。王妃様も幸せだった、そうですよね? どうか思い出してください! あなたの本当の望みは、欲しいものは何でしたか? ……こんなことの果てに得られるものは幸せですか?」


 儀式は成功しない。

 女神に成り代わったところで得られるものは何もない。

 だから、もう諦めてくれたなら――


「あなた、何を言っているの?」

 空気が凍り付いたような錯覚が起こる。

 あまり本格的に喧嘩を売って彼女の計画が前倒しになっても困る。望みは絶たれた。ここが引き際かもしれない。

「……私の言葉、どうか少しでもご記憶くだされば幸いです」

「ああ、立ち話なんて無粋ね。どうぞお座りになって」

 一切の会話を無に帰すような催促。私にとっては聞き飽きたものだ。

 僅かに持ち上げられた手が後方のソファーを促す。その仕草に、まるで時間切れだと宣告されたようだった。

「失礼します」

 テーブルにはメイドが支度した紅茶が置いてある。ちなみに痺れて眠くなる薬が混入されています。

「どうぞ、お飲みになって。とびきりのものを用意させたの。冷めないうちに、さあ」

 もちろん飲んだふり。何事もなく、とても美味しいですと答えた。


 言えるだけのことは言った。さてと、のんびりしてはいられない。たとえ紅茶に口をつけなくても、部屋に炊かれた香が眠気を誘う二段構え!

「王妃様、誠に申し訳ございません。実は、仕事が残っておりまして」

「まあ、そうなの? ではわたくし無理を言って呼び立ててしまったのね。ええ、残念ですけれど、それでは仕方ありません」

「本日は、お招きありがとうございます」

「ねえ、騎士さん。わたくし今とても楽しい気分なの。少し元気を取り戻せたのかしら、きっとあなたのおかげね。……ぜひ、またお会いできるといいわね」

 含みがあるよ! その口ぶり、もう会うつもりはないんですよね。わかります。

 この招待の目的は私を排除することにある。女神の加護を受けた人間は自分の他に必要ないのだ。


 表面では平然を装い、私は静かに部屋を出た。

 大人しく馬車に揺られて帰るつもりはなかった。そんなものどこへ連れていかれるか、恐ろしくて乗れない。

 薬への耐性特訓をしておいてよかった!

 いずれこの展開を迎えることはわかっていたので幼いころから体を慣らしてきた。――が、さすがは王宮。使っているものは『とびきり』のようで、完全に効果を振り払うまではいかない。


 まず案内役のメイドを巻き、睡魔と闘いながら王宮を脱出した。これでも元自分の家、隠し通路には精通している。

 途中で剣をあずけていたことを思い出したけれど、それはまた後日回収で!


 王宮の隠し通路は迷路のようで、王都中のいろんな所に繋がっている。王宮の様子や隠し通路の現状を把握するという目的も無事達成したので残すは逃げ切るのみ。

 私が選んだのは街の隅にある出入り口。騎士団本部付近の出入り口もあるけれど、さすがにすぐ帰るのも危険な気がする。

「はあ……」

 積み上がった荷物にもたれるように倒れた。とにかく眠い!

 このままここで力尽きたとして、通りかかったのが王妃側の人間だったら……適当な理由で身柄を確保されかねない。今頃王宮では姿を消した私を探していることだろうし、街まで追手が放たれている可能性もある。

 ここは一つ眠気覚ましにやりますか!

 強引でもいい。肌に傷を付けて目を覚まそうと覚悟を決めたところで人の気配に気付いた。感覚まで鈍くなっている。

「どう、して?」

 あり得ない人の姿を見つけて戸惑う。振り下ろす予定の武器は奪われていた。

 そこにいる彼は、私にとって死神か救いか――

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