一、転生先は主人公
注! この作品は主人公が一度殺されます。
申し訳ありませんが、苦手な方はお戻りくださいませ。
以前投降した短編『例えばこんなゲームの始まり』から……すみません、やっぱり始まりました。連載、始まります。
「オーケー、女神様。まどろっこしいのは抜きにしましょう。交渉成立、私は世界を救う気でいるし、愛しの彼も救ってみせる。ということでいかが?」
「いや、いかがもなにも。交渉どころか顔合わせも何も始まっていなかっただろう。多少の説明はさせてくれ、というか私が説明を求めたい」
慌てたように光の粒子が集う。
明確な姿形ははっきりしないけれど、そこに何かがいると認識できる程度には存在している。本来ここは彼女の独壇場となるべき空間、それが会話の主導権をがっつり握られては焦りもするか。
「せっかく面倒事を省こうと気を利かせたんですが……」
七歳の少女らしからぬ発言だろうと気にしない。けれどどうにも過程を省きすぎてしまったらしい。
ここは本来、状況を理解できていない主人公が謎の声に導かれ、神々しさに当てられ尊敬の眼差しを送る――という場面のはずだった。
かくゆう私も意識を取り戻したばかり。
それが突然こんな……何もない場所という表現がぴったり当てはまる。色も感じられず、立っているのか浮いているかもわからない。得体のしれない場所にいては戸惑いもしたけれど、ほんの数秒くらいだったと思う。
掌を握って開くけば、小さな手だった。なるほど、体はある。
今度は自分を見下してみる。服装は最後に鏡を覗いた時と変わらなかった。
なんてことない動作を数回繰り返し、口を開けば耳に響く音。なるほど視力もあるし聴覚もある。けれど痛覚はないのか、あれほど熱くなっていた胸が何も感じていない。
解ってしまった。
それとも正しくは思い出してしまった?
自分に何が起きて、どうなったのか。
この現象が何で、あなたが誰なのかも……私は知っていた。自分という存在の認識は明確に、むしろ生きていた頃よりも深く、己が何者であるか理解している。
だとしたら慌てふためく必要はない。困惑も感動もしている場合じゃない。そんなことをしている暇があるなら早急に身の振り方を考えるべきね。
「神は万能ではない、とはよく言いますしね」
私が残念そうに零せば、光の正体である女神様は即座に動揺する。
「それは私の台詞! お前、何者だ!?」
確かに台詞は奪ってしまったけれど、憎い敵を前にしたような空気はやめてほしい。私は味方なので。
「……お前のように無礼で話を聞かない人間は初めてだ」
注意深く、というより完全に警戒している気配。これはいただけない。協力者となる相手なのだから、機嫌を損ねたままではいられない。
「台詞を奪ってしまったこと、申し訳ありませんでした。私も少し……この状況に浮かれていたようです。最初からお話ししますので、お時間頂いても構いませんか? 女神ヴィスティア様」
「私の正体を見破るとはお前、いったい……」
次々と語る事実を前に女神様は言葉を失くしていった。
女神、それはゲーム内においての語り手。
オープニングは時の狭間に迷いこんだ主人公が現状を聞かされる場面から始まる。ちなみにゲーム内では『様』をつけろ、敬えなんだの面倒なやり取りも行われるので先手を打って女神様と呼ぶことにした。
「思い出したの。ここは、かつて私が愛した乙女ゲームの世界。ということは、私はいわゆる転生者? まあ、そんなことは些末な問題ね。重要なのはここが私の愛したゲームの世界で、私の名前が主人公と完全一致していて、プロローグイベントが進行中ということよ」
「乙女、ゲーム?」
女神様は聞き慣れない単語を繰り返す。発音もどこか曖昧だ。
「文明社会に存在する娯楽、とでも説明すればいいのでしょうか」
「プロローグ、イベント?」
同じく、片仮名に慣れていない人の発音だ。
「この状況のことです。ああ、本来一週目の冒頭には流れないんですけどね。これ、主人公が全てを知ってから起こる回想イベントなので。でも二週目からは見られるんですよ」
「同じ言語のはずが、理解できないのは私だけなのか?」
「現在年齢七歳の私は殺されてここに来た。ついでに前世の記憶――余計な知識云々まで思い出してしまったようですが。ここで明かされるはずだった事実を簡潔にまとめるなら『願いを叶えよう。時間を戻すから世界を救え』ですよね?」
このゲームを『銀の姫騎士』といい、主人公は女神の生まれ変わりである。現在会話している相手も女神なのだが代替わりしたというわけだ。ゲーム内での主人公の前世とでもいえばいいのか。
エデリウス王国では死した魂は女神に還ると伝承されている。魂の廻りの中で主人公は女神に抜擢され勤めを果たし再び地上に転生することができた。女神を務めた者には一度だけ奇跡が約束され、生きることを強く願った主人公の望みが反映された結果がこの邂逅である。女神側にしても世界の危機を救う存在は有り難いと送りだされるわけだ。
そして現在、その女神様は台詞を取られ慄いている。
「お前は――、まさかお前が神?」
「女神はあなたです。確かに遙か昔は女神だったかもしれませんけど」
「どこで、どこでその知識を!」
「皆だいたい知ってますよ? このゲーム結構売れたほうなので」
「そう、なのか?」
「そうなんです」
発売日に購入し夢中になっていた頃が懐かしい。
「……お前の話す通りだろうと、脳内妄想だろうと、私にとって不都合はない、のか? 先の発言、世界を救う気に溢れているのというならば頼もしいこと……なのか?」
「いえ、大ありです。痛い子みたいな扱いは拒否します。事実なので!」
きっぱりと明言しておいたが、女神様には色々と言いたいことがありそうだ。
「本当に世界を救うと、お前に救えるというのか? であれば私が口を出すことはない、のだが……」
「救ってみせます。でも、私が救いたいのは世界だけではありません」
途端、女神様は不安を表す。だからこそ任せてほしいと言う気持ちを込め力強く言い放っていた。
「あ、ああ? そういえば愛しの彼とかなんとか……あの婚約者のことか」
どうやら最初の発言を憶えていてくれたらしい。女神は地上に干渉することはできないが観賞はできるという。だから婚約者を知られていようと不思議はないけれど、私が想い描く人物とは異なっている。
「いいえ。私を殺した人」
「お前、正気か!?」
正気を疑うのも、考察が甘かった女神様にも罪はない。この発言を誰が想像できるだろう。私だって字面だけを見れば正気の沙汰とは思えない。でも――
「聞いてくださいよ、女神様!」
圧倒されたのか女神様がたじろぐ。
「な、なんだ!」
「私はこのゲームが大好きだった。騎士、姫、女神……魅力的なキーワードが入り乱れた世界観、麗しい攻略対象様たち。フルコンプしたのはもちろんです!」
「誰も聞いていないと言わせてくれ」
「でも……」
押し寄せる悲しみを前に口を閉ざす。喜々として語っていた表情は陰っただろう。ここで「どうした?」と親身になってくれた女神様は良い神に違いない、そんなことを思った。
「彼にはエンディングがない!」
「エン、ディング?」
「ええと……私こと主人公の目的は世界を救うことにあるけれど、素敵な相手と恋愛を繰り広げ結末を迎えることも目的なんです。その結末がエンディングと呼ばれるもので、このゲームの趣旨! みたいな」
「仮にこの世界がお前の知るゲームの世界だとして。話をまとめるなら、お前が話す彼の者とは結ばれない、彼の者は救われない。という解釈で相違ないのか?」
「その通りです。彼はサブキャラクター、ゲームでの役割は敵。消えない罪を背負い続ける人。あんなに美しい人なのに、悲しげな姿ばかりなんて勿体ない――じゃなくて! 心から笑った顔が見てみたかった! でもエンディングが用意されていない以上、叶うことのない願い。彼は救われない。どのルートでも待ち受けているのは破滅という運命、もしくは悲しいフェードアウトのみ!」
「はあ」
「それがこうして生まれ変わることができた。しかも主人公ですって?」
前世の記憶を取り戻した瞬間の驚愕は言葉にできない。それくらい驚きに溢れていた。
やがて転生したという現実を受け入れた私はこの現実を挑戦状のように感じ始めていた。
お前に彼が救えるか?
いいわ。受けて立つ!
だって私はこのゲームからたくさんの幸せをもらったから。
これから私はどう足掻いても苦労することになるだろう。どうせ苦労するなら、若いうちにめいっぱいしてやろうじゃないの。前世の格言でも、若いうちは買ってでも苦労しろだとか。
世界も彼も救ってみせる!
だから老後には平穏をください。それが生まれ変わった私の望みだ。
閲覧ありがとうございました!
導入部分が長く申し訳ありません。一刻も早く『彼』が出てくるところまではたどり着きたいと思いますので、またお付き合いくださると嬉しいです。