十四、騎士の休日~朝
終業時には一日の報告をする義務がある。
不審な人物を追跡するも逃がしてしまったことを報告し、私は本日の業務を終えた。
現時点で『五日目終了』となる。
部屋に戻った私はしみじみと実感していた。
最初の議題は騎士団再建問題について。
まだまだほど遠く、必要なのは信頼と実績か。失った信用を取り戻さない限り再建は難しいとなれば、今後も地道な活動を続けていくしかないだろう。
「前世では著名人に宣伝を頼むという方法もあったけれど……そもそも、この世界の著名人て誰? 女神ヴィスティア様?」
でも人間じゃないし。
「私にとっては攻略対象たちが立派に有名人なんだけど、宣伝効果なんて期待できないわよね。いっそ私が銀の姫騎士と握手できますご利益あります! とか宣伝して――ないわね」
即座に切り捨てた。
次の議題はカノエさん救済計画について。
「不確定要素が多すぎる!」
目に見えないものは不安ばかりがあおられる。
「もう五日目終了、ということは途中経過観測地点も近い。ゲーム期間は二十日、中間地点となる十日目からは好感度の高いキャラクターの個別ルートに突入する」
十日目に発生するイベントで主人公は危機に陥り、最も好感度が高いキャラクターが助けに表れる。つまりその相手のルートに分岐したとわかる仕組みなのだ。
「でも私は誰とも恋愛していない。ゲームで発生していた攻略対象との恋愛イベントも体験していないから、好感度が上がっているはずもない」
オニキスなんてまだ一度しか会っていないし。
「つまり危機は自分の力で乗り越えろというわけで。やるしかないわ!」
具体的に何をすればいいのかは、そろそろベッドに潜って考えようと思う。
もちろん騎士にだって休みはある!
今日は騎士になってから初めての休日だ。ゲームだと遠慮なく育成パートで『休息』を選択できるけれど現実はそうもいかない。
「あれ、リユ君? 休みなのに朝早いんだね」
いつもと変わらない時間に行動している私に団長は驚いている。例えばアイズさんなどは休日となればなかなか起きてこないのだ。
「はい。やることがたくさんありますから!」
「やること?」
不思議そうに聞き返すエプロン姿の団長。今日も掃除洗濯家事に全般に抜かりはない様子。
「日課のトレーニングがありますので」
私には休日を寝て過ごしている暇はない。休日だからと怠惰に過ごしては体が鈍る。まずはトレーニングから、騎士のコートは脱いで本部周辺のランニングから始めるつもりだ。
本当はね、ゲームでは休日にデートイベントがあったりするんです。でも私は悠長にデートしている暇はないし、誰のルートにも入る予定はないので問題ありません。寂しい奴と思わないでください……
心中でたっぷり弁解してから私は走り始めた。
「リユさん?」
本部周辺を走り終え、門のところで休憩しているとフェリスさんがやってきた。彼も堅苦しい騎士の服ではなく軽装だ。
「あなたも今日は休みでしょう」
それがどうして朝っぱらから走っているのかと聞かれている。
「はい。だからこうして朝のトレーニングをしています」
「……真面目な人ですね」
「騎士たる者、当然のことです」
この十年、そして王都に着いてからも欠かしたことはないので少しくらい胸を張っても許されるかな?
「その発言、ぜひアイズさんにも聞かせてあげましょう」
「アイズさんに、ですか?」
ここにアイズさんもいればとフェリスさんは残念がる。確かにまだ起床していないだろうけど……。
「あなたの真面目さを分けてほしいですね」
「ええと、仕事はきちんとされていますよね?」
「仕事はもちろんですが、態度の問題です。一言多すぎる」
それはさておきと、フェリスさんは話題を変えた。休日にまでアイズさんのことで悩みたくないらしい。
「少し手合わせしませんか?」
「私とフェリスさんが、ですか!?」
「他に誰がいるんです?」
「いいんですか!?」
断言できる。私は目を輝かせていただろう。剣の稽古もするつもりでいたけれど、相手がいるのといないのでは全然違う。フェリスさんの申し出は有り難かった。
私たちは開けた場所へと移動する。騎士団は屋内の修練場も兼ね備えているが、今日は天気が良い。どんな場所でも存分に剣を振る訓練でもあると外を選んだ。
「いい風ですね」
風が緑を揺らす。修練場では感じられなかったこと……これが私が守らなければならないものだ。
「そうですね」
フェリスさんが同意し、何気ない会話をする私たちの手には剣が握られている。もちろん訓練用なので刃先を潰したものだが、当たれば痛い鈍器。
フェリスさんとの打ち合いは彼の性格がそのまま表れているように清々しい。カノエさんから食らったひねくれ攻撃とは似ても似つかない。
少し離れた場所では団長が畑の手入れをしていて、平和だなーと実感していた。その平和も今後の私の働きにかかってるんですけどね!
「君たちは、休日なのに色気がない」
呆れたようなアイズさんが水とタオルを差し入れてくれる。行為は親切なのだが、相変わらずフェリスさんは一言多いと思っていることだろう。本人もわかってやっているけれど。
「そうですか? 私、体を動かすの好きですし、じっとしていたらいざというときに鈍ってしまいます」
「まるで何かが起こるとわかっているような口ぶりだな」
アイズさんが確信を突くけれど私は何食わぬ顔で「まさか。一般論ですよ」とはぐらかす。
「そうですよ、アイズさん。リユさんの言葉は尤もです。騎士としてそれくらいの心づもりでいてください。さあ、見習ってください」
「少し見ないうちに君ら、やけに連携が取れてやしないか? リユ、だから俺を選べと言ったのに……」
「あの、私誰も選んでいませんからね?」
本気で残念がるアイズさん。彼は誤解を招く発言が多いので念のため訂正しておく。
「君たち、すっかり仲良しだね」
休憩モードの私たちにつられて団長まで集まってきた。
「みんな仲良く話してるから気になっちゃってさー」
「団長、眼鏡を変えることをお勧めします」
そんなわけがないと唯一フェリスさんが反論していた。私はといえば、友情大歓迎です。
「団長は、畑仕事ですか?」
泥付きエプロンに額から流れる汗を見て判断する。敷地内には団長専用の畑まで完備。
「そうだよー。美味しい野菜も収穫できそうだし、お昼は楽しみにしててね」
「あの、団長。よければ私、畑仕事手伝いますよ!」
「え、リユ君が!?」
「これでも私、得意なんですよ。雑草取りから収穫まで、季節問わずいつでも手伝います!」
「リユ君、君ってば最高だ!」
感極まった団長が私の手を握った。
「私は嬉しい。アイズ君もフェリス君も、そんなこと言ってくれなかったのに! 君はなんていい子なんだろう! うんうん、ぜひ頼むよ。この野菜たちも大事な収入源だからね」
食べるためだけではなく貴重な収入源にもしている団長は逞しい。この十年、辛いこともたくさんあったはずなのに。それでも騎士団を守ってきた人。そんな彼がもう一人ではないと伝えたくて、私は力強く「任せてください」と答えた。
数分後、やけに手馴れているねと団長からお墨付きをもらえました。
だから得意なんですよ! この十年間、地方にこもって農業で生活していましたからね。