十一、強硬手段的イベントの顛末
お待たせいたしました。カノエさんが再登場されます!
大丈夫でしょうか、みなさまに忘れられていないですかね……。
亡霊が潜むとしたら、こんな路地裏だろうな――
そこは前回亡霊モードのカノエさんに遭遇した場所と似たような造り。しかも路地裏なんて猫の好きそうな場所、ココちゃんがいてくれれば一石二鳥なのにと淡い期待を抱く。
ジャリ――
私ではない誰かの足音。何か――、誰かが動いているのは間違いない。
余計な音を立てぬよう耳に全神経を集中させる。伊達に田舎生活を送ってはいない。足音で獣と人の判別もつくほどには逞しく成長した。
足音が一つ。人間、一人……。なんて、正体はわかりきっているけれど。
誘っているのかもしれない。だってカノエさん、仕事柄足音立てない派の人ですからね!
会ってどうなるかもわからない。数分前の私なら引き返せ急いで逃げろだの躊躇った挙句、見失っていたかもしれない。でも行動方針を決めたからには追いかけるのみ。
光を遮られた路地は薄暗く、昼というのが嘘のよう。影は慣れた足取りで進み、私が追ってきたことに気付くと立ち止まる。まるで待っていたといわんばかりに。
私はようやく会えたことに安堵していた。深く被ったフードが影を作り正体ははっきりしないけれど、ゲーム知識でカノエさんだと知っている。
「――誰かいるの? あなた、何者?」
私は何も知らないふりで尋問する。
「出て行け」
明らかに私に向けて放たれた言葉。カノエさんは質問に答えるでもなくそれだけを告げる。冷たい物言いだった。
「どういう意味?」
しばらく待てど返答はない。こちらの出方を窺っているのか……なら次の手は私から打たせてもらう。
「私が何者かはこの出で立ちで最低限のことは分かるはず。あなたは噂の亡霊? 私には問いただす権限があるわ」
得体のしれない相手を警戒しているように振る舞った。
団服を誇示し髪を揺らす。私はただの銀髪、だから少しばかり女神の加護があるだけ――と解釈してくれることを願う。
この接点を簡単に終えてしまいたくなかった。敵として対峙することでも、どこかで私のことを認識してもらえるのなら上出来だ。
「質問にっ!」
一歩踏み出せば答える代わりのように返されたのは攻撃だ。ヴィスティア騎士団所属の証も思えばこれが初使用。しかもまた相対するのがカノエさんて、切なくて笑える。こんなやり取りをしたいわけじゃないのに。もっと普通に、たとえば一緒に食事したりできたらどんなに素敵だろう。
続けざまに放たれるナイフを弾きながら距離をとる。そんな私の考えは読まれていたようで、単調なナイフ攻撃だけではなく身を低くしたカノエさんが懐目掛け飛び込んできた。
「なっ――」
傷つけたい相手じゃない……
小さな躊躇いだって剣先を鈍らせる。ましてや相手はゲーム内実力上位者で、ナイフの一本や二本刺さるかもしれないと覚悟したけれどカノエさんの行動は私の腕を掴むだった。
どうしてと考える暇もなく反対の手から放たれるナイフを避ける。こんな芸当ができるようになったのも師匠のおかげだが、カノエさんの狙いはそこにあったようで。重心をずらしていた私は壁を背に拘束された。もちろん首元にはナイフを添えて。
「――っ!」
手には剣を握っているけれど、振ったところで分が悪い。
「騎士を辞めて故郷に帰れ」
またしても警告だ。ナイフの冷たい感触が首筋に触れている。
「私は……私には成すべきことがあるから」
あなたを救いたいの。
「ここは君が居ていい場所じゃない」
そうかもしれない。でも。
「誰に許されなくたって私はここに居る」
生誕祭が終わるまで逃げてたまるか。そもそも私の故郷はこの王都。
「そう……」
私の返答は激しくカノエさんの期待に添わないものだったらしく声が不穏だ。
ぴたりとくっ付いていた刃物が首元から下がる。プツリとあっけなく切れたのは団服のリボンだ。ボタンが弾け、留め具を失ったシャツは次第にはだけていく。
「あ、あの!?」
え、今何が起こっているの?
「これでも聞けない?」
左胸の辺りを寛げられ、完全に弄ばれている。その下には人間の急所があるので暴れるのは危険なのだが大人しくしていられるような状況でもない。助長するようにカノエさんの手が妖しく動けば、どこまで本気かわからないけれど慌てるしかない。
そうまでして私に王都からいなくなってほしい?
「わ、私……!」
じっとしていることもできず抵抗を試みれば、動いた拍子にカノエさんの持つナイフが私の肌をかすめた。
カノエさんは悪くない。私がむやみに動いたのがいけない。突きつけている行為がそもそも悪いとしても、私を傷つけるという目的はなかったはず。その証拠にカノエさんが酷く狼狽えている。
「あ、ああ――」
肌に赤い線がついた、軽症のうちにも入らない痕。なのにカノエさんは呆然と動きを止めた。
逃げるなら今しかない! 長剣では傷つけてしまうかもしれないと私は短剣を選び、拘束の緩んだ隙に腿に括りつけている短剣を振った。ちなみに死角側から狙っている。
反撃なんて予想外だったのか、それとも私の想像以上に驚いている最中なのか。確かな手ごたえがあった。
外套が脱げ、眼帯の紐が切れる。
支えを失くした眼帯は呆気なく外れ、その下から現れたのは赤。
綺麗な赤い瞳が茫然と私を見つめていた。
「い、いやああああああ!」
正体を暴かれたカノエさんでもなく、赤い瞳を暴かれたカノエさんでもなく、拘束から自由を取り戻した私が絶叫しました。カノエさんはといえば「え?」と私の勢いに呑まれています。
「わ、私ってばカノエさんになんてこと! 麗しのお顔になんてことを! 怪我、お怪我はありませんか!?」
だいぶ錯乱している気がしないでもない。とにかく無我夢中だった。
「は? え、いや……」
気づいたら短剣なんてカノエさんの顔を傷つけたかもしれない物騒なものは投げ捨てていた。詰め寄り両手でカノエさんの顔に触れる。後でこれも相当恐れ多い行為だったと反省しました。
「大丈夫ですか!? 違うんですこれは――言い訳をさせてもらうなら、こんなつもりじゃなかったんです。ならどんなつもりかっていうと、お互いの間に距離ができれば十分で。決して顔を晒してやろうとか、眼帯の下を暴いてやろうとか不遜なことを考えての行動ではなくて、本当に不慮の事故なんです!」
必死に顔をのぞき込む。そこに赤でも滲んでいようものなら私は!
「あの、リユちゃん」
まずは落ち着けと名前を呼ばれた。カノエさんが私の両肩に手を添え離れるよう促す。お互いの間には私が望んだはずの距離ができた。
「本当に怪我はないですか? 慰謝料要りますか!?」
「いらないよ。そんなに心配?」
「当然です!」
「だから、平気。むしろ君に傷をつけたのは僕だろう」
「何言ってるんですか、こんなのかすり傷ですよ」
「……さっきは女の子らしく怯えてたくせに、なんでそこは男前なのさ。君を見てると調子が狂う」
「カノエさん?」
「違うよ。僕は亡霊だ」
「何言ってるんですか。カノエさんはカノエさんです」
「……こんなつもりじゃなかったのに。顔を見られるなんて、やるね」
「信じてもらうのは難しいかもしれませんが、私もこんなつもりじゃなかったんですよ!?」
「誰に習えば女の子がこうも勇ましくなるやら」
言い訳くらい聞いてください。でも褒められたことは素直に嬉しい。
「師に、恵まれましたから」
それはエルゼさんが褒められたということだから。
「へえ、すごい人がいたものだ。けど――」
空には鳥が羽ばたいている。
世界は再び動き始めていた。
一転して背を向けられ、躊躇いなく一目散にカノエさんが撤退する。
「へ、ええっ? ちょ、ちょっと待っ、待ってください!」
惚けている場合ではない。私は急いで後を追いかけた。
カノエさんは細い路地を慣れた足取りで進む。一方で私は積み上げられた材木や木箱に邪魔さ上手く進めない。それらをもろともせず最小限の動きでかわされ、徐々に距離が開きつつある。地の利は完全に相手にあった。
追跡していると何やら手から閃光が奔った。一直線に上へ投げられた軌道を目で追うと、窓辺に吊るされた植木鉢の紐が切れるのを目撃してしまう。
「うそ!」
鮮やかに危険極まりない攻撃だ。かつて自分もやったことを棚に上げて言うけれど! あれはカノエさんなら避けられるという信頼の元、攻撃したわけで――これは直撃すれば痛いだけでは済まない。計算されたように私が通る位置目掛けて真っ逆さま。
間一髪で身をよじり、勢いのまま転倒する。続いて第二撃、それは私が倒れた場所の真上めがけていた。吊るされている小さな袋に向けて放たれたナイフが直撃したように見える。
飛び散ったのは白い粉、風に白い色がついた。
「ごめんね。お詫びに一つ……パン屋へ行ってごらん。探し物が見つかるよ」
吸い込まないよう呼吸器を覆う。霧のように視界を悪くさせ、標的は姿を眩ませる。
「ケホッ、ケホ……。用意周到なことで、よくも小細工まで!」
小麦粉だ。逃亡ルートに抜け目がないとすれば、予期しての邂逅だった? だとしたら目的は、私に警告するため?
それにしてもやってくれる。意趣返しのつもりか私が投げたナイフを使われていた。無駄にはできないのでナイフの返却は有り難いけど!
耳を澄ませるが入ってくるのは喧騒ばかり、してやられた悔しさに脱力する。寝転んだ地面に銀髪が広がり、服や髪が汚れることなど気にならなかった。というかもはや手遅れだ。
強行手段で発生させたイベント、その顛末は……
カノエさんの正体を暴いてしまったという、またしても深夜反省会決定が余儀なくされる結末でした。
閲覧ありがとうございます。
ようやく会えたかと思えば早々に逃げられてしまったリユですが、ここから巻き返しますので見守っていただければ有り難いです!