十、育成パート
『銀の姫騎士』には、目当てのキャラクターをパートナーに選び経験値を上げるという育成要素も備わっている。騎士としての職務、すなわち巡回中に起こる問題またの名をクエストというが、これをクリアすることで絆や高感度のパラメーターを上げていく。騎士として主人公を成長させ、その結果でエンディングが分岐する仕組みだ。
騎士エンド、姫エンド、そしてもう一つ……。そんなゲームも現在の私にとっては現実で。
「リユは俺とフェリス、どちらが好みだ? 遠慮することはないぜ、さあ言ってやれ。俺だろう!」
答えにくい聞き方をしないでほしい。ほら、もうフェリスさんの顔が険しくなっている。
「私のことで手を煩わせて恐縮なので、お引き受けいただけるのでしたらどなたでも大歓迎ですよ! さあ、よろしくお願いします!」
「俺の望む答えとは違うが、そうか? なら俺と行こうぜ」
「どうしてそうなるんです。不安です」
フェリスさんは積極的に団体行動を好むタイプではないけれど責任感は人一倍。新任騎士の教育に対しては厳しいのだ。
「彼女を渡したくないと、フェリスがそこまで言うのなら俺にも考えがある」
「いえ、そこまで言ってません」
「戦うしかないようだな。できることなら君とは戦いたくなかった」
「もう放置して構いませんか?」
「おいおい、ノリが悪いな! リユに愛想つかされるぜ?」
「先輩方! 私、本当にどなたでも大歓迎ですからね!」
くじ引きの結果、私のパートナーはフェリスさんに決まりました。
「フェリス、俺は西地区の方から回るぜ」
「了解です。では僕たちは東地区の方から、行きましょう」
落ち合う場所を決めると、私たちはすぐに巡回を始めた。
街中を歩いていると、偶然目が合ったのは初日に森の入口で会話をした農婦だ。一層肌が健康的に日焼けしている。フェリスさんに断りを入れ少し時間をもらうことにした。
「あんた、ホントにヴィスティア騎士団に入ったのかい!」
あ、良かった。忘れられてはいないらしく、さすが銀髪大活躍。
「はい。精一杯勤めますので、よろしくお願いします!」
「変わったお嬢さんだねえ」
貴重なものを見るように感嘆が入り混じる。遠巻きに見つめられるばかりなので、こうして話せる相手は私にとっても貴重な存在だ。
「今日から初仕事なので不慣れな点も多いかと思いますが、頑張ります! 久しぶりの王都で戸惑うことも多いですが、最近の王都はどうでしょう?」
せっかくなので王都についての情報を集めてみよう。
「どうって、そりゃ良いとこだよ。生誕祭も近いしね。でもねえ、大きな声では言いにくいけど、なんて言うか……。そう、国全体が落ち込んでるのかね。悪夢の夜以後、明るい話題はとんとないからね」
騎士団の評判は芳しくないし、治安についても不安の声が上がっている。問題は山積みだ。
話を切り上げ、少し離れた場所で待っていてくれたフェリスさんと合流する。
「すみません、フェリスさん。お待たせしてしまって!」
「構いませんが、知り合いですか?」
「王都にきて少し話させてもらったんです。それで、入団すると話したらとても驚かれまして……」
「でしょうね。僕も驚いていますから」
「え、やっぱりそうなんですか?」
「当然です。アイズさんも同意見でしょうね。さあ、行きますよ」
東地区から回り始めた私たち、その行く手には――何もなかった。事件なんて起こらない。
ゲームだと何かしら事件が起こるのだが、そう頻繁に発生しては困るのが現実だ。こうなってみるとマップ上に事件が起こるポイントが表示されているのはなんて親切設計だったのか。
最初のうちはそれでいいと思っていた。平和の素晴らしさを享受していた。
そう、数日が経過するまでは……。
カノエさんと会うことなく数日が経過するまでは!
現時点で、初日以降カノエさんとの接触がないまま四日目の夜が終わろうとしていた。
「交流がない!」
深夜、私は空を見上げ愚痴る。ここに女神様がいたなら呆れた顔を向けられるのが想像できた。
「初日なんて願わなくても会えたから簡単だろうと思っていたけれど……。どうしよう、というかどうしたら? ぜんっぜん会えないんですけど、接点なさすぎです! このままだと何事もなく最終日を迎えてしまう……。初日はあれだけ波乱万丈の荒波に晒しておいて今更それはないでしょう! 何ですかこの平穏、いえ平穏は素晴らしいんですがっ! 亡霊事件の一つも起きないんですけど!」
カノエさんはどこで何をしているのやら。ゲームでは亡霊として暗躍もしていたが、私が赴任して以来、事件の一つもおきていない。確かに盗難などの事件は起こっているが、明らかに亡霊の仕業ではないとわかる陳腐なものばかり。
またしても私は窮地に立たされていた。
「このままだとカノエさんが破滅まっしぐら。……会えないのなら会いに行けばいい、でも家なんて知らないし。そもそもお宅訪問できるほど親しくもない! あ、いっそ自分で自分に荷物を送る? それか配達業者の前で張り込み?」
それでいいのかな主人公、悲しすぎる。
「でも明日も会えなかったら――考えただけで恐ろしい。もともとイベントがない人に強引に会うって、こんなにも難しかったのね」
ごめんなさい、女神様。認識を改めます。あなたは凄い神でした。
こうしている間にもカノエさんはどこにいるのか。すっかり王都から亡霊の影が消えてしまったようにも感じた。
「そもそも私には騎士団を再建させるという目標もあるわけで、仕事を放って張り込みなんてしていられないわ。しっかり働かないとバッドエンド! だからこういう時こそ、進むべき道を教えてもらいたいんですけど……」
ちらりと夜空を見上げるも無反応。望んだ時に望んだ答えが返ってくるわけではなく、本当に神は万能ではないと知った。
時間は限られている。私はゲーム開始と同じく王都へ戻ったから、ゲームの期日はぴったり二十日間。そのうち二十日目となる最終日は生誕祭にあたり、前日に最終イベントが起こる。つまり二十日目の生誕祭はエンディングを迎えた相手と過ごすわけで、厳密には十九日間でミッションをクリアしなければならない。
ええ、ゲームプレイ時は育成パート長いなーなんて思っていましたよ。でも夜が明ければもう、新しい朝!? 早すぎない?
……私は入団五日目に突入した。
五日も経てば一人で巡回を担当することもある。
しかも今日はちょっとした任務も帯びていた。なんて誇張して言ってみたけれど、ただの猫探しです。
街中できょろきょろと路地裏ばかり回っている女性に路地裏は危険だと諭せば猫を探しているそうで。私も仕事の巡回ついでに手伝うと特徴を聞いておいたのだ。白地に黒ぶちの女の子で名前はココちゃん。
物語で猫を探すというイベントはよくあるけれど、私は彼らのことを尊敬したい。だって猫がちゃんと見つかるんだよ!? この広い世界から猫一匹を見つけ出してきた人たち凄過ぎる。
本日は私が西地区から回り、待ち合わせの時間まであとどれくらいか。時計を取り出した私の耳に規則正しい秒針の音が流れ込んだ。
カチ、カチ、カチ――
それは手の中の懐中時計から聞こえるものではない。頭に直接流れてくる感覚は、もう幾度となく経験した不可思議な現象が起こる合図。
まただ――
瞬いた一瞬、世界は止まっていた。手の中にある時計は規則正しく刻んでいるのに、行きかう人々や道路を走る馬車は不自然な態勢のまま動かない。空を飛ぶ鳥に至っては宙に浮いたままだ。
残して世界から音が消え、風さえそよがぬ空間をゲームでは便宜上『時間停止』と呼んでいた。
初めて異変を体験したのは七年前。世界に一人取り残された時は恐怖したけれど、何が起きたのか震えているだけの私じゃない。しばらくすれば何事もなく動きだすことも原因も解っている。とはいえ気持ちの良いものではないけれど。
七年前と比べて、次第に発生する間隔は短く止まる時間は長くなっていた。静かに大きな異変へと近づいているのに気付く人はいない。でもカノエさんは――
「そうか!」
いつも時間が止まればその場に蹲り世界が動き出すのを待っていたけれど、時間停止の中でこそカノエさんと会える確率が増すのかも? 望んでもいない邂逅はそうだったし、路地裏で亡霊に遭遇するイベントもあったはず。
いっそ固まっているより開き直っても良い頃だ。どうせカノエさんには疑われているわけだし、だったらいっそ開き直ればいいよね。何のための銀髪設定!
騎士と配達業者として接点がないのなら亡霊の方に会いに行けばいい。
次こそカノエさんが再登場されますので、またお付き合いくださると嬉しいです!