八、片手で足りる入団式
これにて正式に、リユも騎士団の一員となります!
入団式に出席するのは主役を含めて四人、悲しいことに片手で足りる人数だ。
かつて数百の団員を抱えていただけあり敷地は無駄に広く、なんと礼拝堂まで完備されている。さすが女神信仰の国、その名を冠した騎士団だけのことはある。
重厚な扉を開けば最奥で女神像が迎えてくれた。それは若く細身の女性で、長い髪をはためかせ祈りを捧げるように手を組んでいる。最も一般的な女神のイメージだ。実際は光っているだけで明確な形なんて拝めなかった。
「さあどうぞ、お姫様」
アイズさんが恭しく手を差し出す。あまりにも自然な動作は貴族のすごいところだと思う。絵になりすぎて手を取るのが恐れ多い!
「お姫様……」
ここにいるのは騎士、間違っても高貴な身分の姫君ではない。だが彼は恥ずかしげもなく主人公をそう呼び始める。まるでリージェンの代わりのように。
「さしずめ姫騎士か? 君は男ばかりの騎士団に咲く花、それは姫たる存在にも等しい!」
「あ、それいいねー!」
団長まで賛同してしまう。フェリスさんは表情を崩さないまま「騎士の姫なんて、少し活発過ぎると思いますが……」などと言いだす。すみません、実はこれが本当に元姫なんです。
「あの、恥ずかしいんですが……」
幼少期とはいえ姫と呼ばれ傅かれ敬われる日々を過ごしていたけれど。前世の記憶を取り戻した私の感覚では、ただただ恥ずかしい。
「そうか、早く馴れるといいな」
アイズさんは明るくムードメーカーなのだが時折有無を言わせぬ迫力がある。さすが団長を除けば騎士の中では最年長。そういうところが頼れる兄でカッコいいのだが、今は困る! 私が求めていたのは呼ぶのを止めるという選択肢だったのに。
「はあ……。それにしても、ここはとても美しいですね」
ため息交じりに話を逸らせば団長が誇らしげに言った。
「毎日、私が掃除しているからね」
ここもまた蜘蛛の巣どころか埃一つ見受けられない。団長がすっかり主婦と化している事実に目頭が熱くなる。
女神像の元まで進んだ団長は手招きで私を呼ぶ。
歩み寄った私は跪き頭を下げた。立会人である二人は静かに見守っている。
「ヴィスティア騎士団団長ロクロア・ウォルツの名において、汝の入団を認めよう」
残念ながら観客はいないけれど。仲間たちと女神像だけが立会人。本来ここに至るまでには団長の挨拶、来賓の挨拶など一挙一動にも気を配り長く堅苦しい式となるのだが、余計なものは全てすっ飛ばしての略式だ。
私の前に差し出された剣。それは女神から授けられる騎士の証。細く片手でも扱えるよう軽量化されてはいるが、慎重に両手で受け取れば確かな重さを感じた。これは人の命を奪うことのできる道具、それを手に何を成すかという責任の重さ。
剣を抜き掲げる。一点の曇りもない銀は眩しかった。
「この剣を女神に捧げ、エデリウスの平和に尽くします」
この剣は命を奪わずに、守るためにふるいたい。
どうか女神様にも届いていますように。
くるりと女神像に背を向けて剣を収めた。腰のベルトに下げ、自由になった手でコートの裾を摘まみ軽くお辞儀する。ダンスの後のように優雅な仕草を意識して。
「ここで女神様のためにと誓うのでしょうが、神聖な儀式で嘘は尽きたくありません。私は彼女のためでなく国のためにあるつもりです。多少の我儘くらい女神様ほど寛容な方ならお許しくださると思いますので、これにてご容赦くださいませ」
挑戦的な発言は不敬にあたるかもしれないけれど、嘘を吐いたところで本心は筒抜けだ。
「それだけ愛されてたら、きっと大目に見てくださるんじゃないかな」
団長は目を細めて眩しそうに言った。
「ははっ、いいねえ!」
アイズさんは……褒めてる、のだろうか判断が難しい。けれど真っ先に拍手を送ってくれた。フェリスさんは……形の良い眉を吊り上げもしたけれど小言は無いと。
それぞれ違った形ではあるけれど、私の存在を認めてくれてはいる――はず。意義がないのはそういうことだと判断させてもらいます。
「それでは先輩方。張り切って仕事に行きましょう!」
先輩団員に指示を仰いだところ、物言いたげな眼差しをされました。
「どうしたんですか、アイズさん?」
「本当、役立たず騎士団には勿体ないくらいの花だと思ってな」
「アイズさん。自虐的な発言は止めてください。それは一人で夜中にでもやってください」
フェリスさんがうっとうしそうな眼差しを向けている。
あ、私がしたようにですか?
「確かにリユさんの元気さは目の当たりにすると己の気力を奪われそうで疲弊する、というのには賛成ですが……」
「いや、そんなことは言ってないぞ!? だからリユ、俺を睨むんじゃない!」
睨んでいたつもりはないのだが、多少顔が険しくなったのは否めない。
「君たちが仲良くやっているようで私は嬉しいよ」
団長は完全に保護者ポジションで私たちのやりとりを見守っている。記念すべき私の初仕事だと、団長は強引にも見送りすると譲らなかった。
「団長にお見送りしていていただくなんて恐れ多いんですが……」
「やだなー、私なんて大したことないのに」
「いいえ、団長は立派な団長です」
「まあ、そりゃ……。他に比較対象がいないから何ともだけど、勤続も長いし? でも団長なんて肩書だけだよ。皆いなくなって他に人材もいないし、古株だとしてもリユ君みたいに大義とかないんだよね。私には若いみんなが眩しいよ」
若いって……。そう目を細める団長も三十なのでまだまだ若いですが。
「それでも、団長で居続ける団長は凄いです」
嘘偽りない本心だった。悪夢の夜以降、片手で足りる団員たちをまとめ立派に騎士団を守っている人だ。
「いやいや、居続けるだけなら簡単だって。所詮お飾り団長だからねー」
「そんなことありません」
意外なことに発言したのはフェリスさんだった。彼は曲がったことが嫌いでその言葉に嘘はないというのが周囲からの評価。同じくらい必要のない時にはしゃべらないというのが周囲からの評価なので一同驚いている。
「……忘れてください」
その発言はしかと全員の耳に届いており、全員ニヤニヤしている。もちろん私を含めて。
「団長殿、あのフェリスが言うからにはそういうことだ!」
やけに『あの』を強調している。当然フェリスさんからの鋭い視線アイズさんに刺さっている。
「逃げ出すこと、投げだすことは簡単だが、それでも団長であり続けるあなたは偉大だ」
アイズさんがまるで自分に言い聞かせるように語る。
「でも、いつも街に出て頑張ってくれているのは君たちだからね。私なんて……」
「己の役目を全うしているだけです。団長の仕事は、ここを守ることかと」
つまり団長は立派に職務を全うしているとフェリスさんは言う。遠回しではあるが団長を想っていることはしかと伝わっていた。
私ってば、朝から話題選びに失敗するなんて……。だって団長が涙ぐんでる! まずい、いよいよ泣かせてしまった。
「あーもー! 私、みんな大好き。何これ、朝から泣きそうなんだけど!」
違った。部下たちからの心温まる激励? に感極まって叫んでいた。その瞳は潤み、目尻に光る物を拭うと笑顔を浮かべる。
「うん。私の仕事はここを守ることだね。行ってらっしゃい、気を付けてー!」
それはまるで子を見送る母のようで、どうやら嬉し泣きのようです。