七、反省会タイム
誰か私に巻き戻し機能を装備させてください……。
和やかな歓迎会を終えた私も部屋に戻れば一人反省会モードに突入。裁縫のため動かしている手を止めるわけにはいかないけれど、脳裏に渦巻くのは今日の――というか崖落ちから始まった失態の数々。
「カノエさんとゲーム開始前に会ったの、やっぱりいけなかったのかな……。いいえ、助けられたところまでは良かったはず。だって普通だったわ! ちょっと迷子キャラ扱いされただけで……そうですよね女神様?」
話しかけている女神様が起きているかわからないけれど一応。
女神の力は不完全。だからこそ地上に『女神に愛された証』と呼ばれる銀を宿す人間が現れる。女神様は起きたり眠ったり……地上に零れたすべての力を取り戻すまでその繰り返しなのだ。
――と、女神様の事情はさておき。
「だとしたらイベントに間に合わなかったのがいけなかった? 私がそんなだから路地裏でカノエさんに会うわ、不審がられるわ。挙句、喧嘩売るようなことを口走っるなんて……ああっ、もうっ!」
やるせなさは手元の布にぶつけた。
「……そうか、私」
現実は厳しいと思い知らされている。思い知らされた。
ここはゲームの世界。私はすべて知っているからと甘く考えていたのかもしれない。
それがどうだろう。まだまだ私には知らない人がたくさんいた。誰もが意志をもって生きている。だから私の思い通りになんてなるはずがないんだ。
「私、どこかで甘く見ていたのね。ええ、もう油断したりしないわ。ゲームと違ったっていい。そうよ、私が目指すのはゲームの結末とは違うんだから。ゲームと同じことをする必要なんてないわ。無理して主人公と同じように生きる必要もない」
そう言い聞かせた。
まだまだ夜は長い。現代っ子だった私にしてみれば本当の夜はこれからだ。
ついに騎士になれたという高揚感から私の目覚めは早い。
文句なしの快晴、絶好の騎士デビュー日和である。てきぱきと身支度を済ませ、これまた誰よりも早く朝食を済ませてしまった。
本日朝一番に顔を合わせたのはフェリスさん。真面目な性格そのままに鍛錬を欠かさないので彼の朝は早い。そんなフェリスさんは朝の挨拶もそこそこに私の姿を見つけた途端、珍しく声を荒げた。怒っているというよりは狼狽えている、そんな感じだ。
「リユさん!? その服装は……」
頬は赤く明らかに動揺していた。
これ、そうこの反応! なんだかんだと言いつつも、ゲームと同じ展開を見つけては嬉しくなってしまう。
「何を嬉しそうな顔をしているんです」
威圧感のこもったフェリスさんによって現実に引き戻される。どうやら頬が緩んでいたようで、急いで表情を引き締めた。
「何かおかしいですか?」
ブーツを鳴らし、私はその場でくるりと回転する。スカートの裾がふわりと揺れた。
「何もかもおかしいです」
本来騎士の正装とは。白シャツに黒いネクタイそしてズボン、黒を基調に仕立てられたロングコートを羽織る。制服はまるで夜空、そこに散りばめられる銀の釦が女神の存在を表しているようなデザインだ。
そんな騎士の制服に女性サイズなんてあるわけがない。主人公は必死でアレンジを加え翌日の仕事に間に合わせてくるのだ。となれば私だって必死にもなる。完成図を――ゲームの主人公の姿を思い浮かべながら夜なべした力作。
まずコート、元々の長さを生かしながら袖と裾を詰めた。白いシャツの胸元には赤いリボンを結ぶ。そして主人公最大のアレンジポイントが揺れるスカートである。そう、ズボンがスカートになればフェリスさんだって驚く。
主人公よりも長く伸ばしている銀の髪は頬のラインを隠すように残し、それ以外はまとめて結い上げた。足元には動きやすさを重視したブーツを。
「初仕事に間に合わなかったら大変なので必死に改造したんですよ。頂いた服は男物ばかりで、丈が合わなかったので」
それはいいとフェリスさんは同意してくれた。仕方のないことであり当然の処置、みっともない格好で見回りに出向くなど、それこそ騎士団員としてあるまじき行為だと。
「だからといって足を出し過ぎです。騎士として不健全、そもそも動きにくいでしょう!?」
「いえ、これはこれで動きやすく役に立つ設計なんです。あ、お見せしましょうか?」
ゆるく裾を持ち上げたところフェリスさんには「遠慮します」と即答された。
その場を和らげたのはやはり団長の存在だ。
「あれ、リユ君? うわー、見違えたよ。団服似合ってるね」
娘を見やるような眼差しに、私は大喜びで駆け寄っていた。必死に頑張った力作を褒めてもらえるのは嬉しい。このために前世では苦手だった裁縫も特訓したので!
「もう勝手にしてください……」
朝からげんなりとしたフェリスさんは先が思いやられると目を覆う。せめて朝食は心穏やかにとろうと無心を決め込むようだが、面白そうにやり取りを眺めていたアイズさんも話に加わったことで失敗に終わる。
「いや、見違えたな。君に良く似合う」
条件反射のように素早く嫌そうな顔を浮かべるフェリスさん。
「どこがです。騎士団の風紀を乱すと思いますが」
「そう騒ぐこともないだろう。団服についての改造規定は明記されていない。規則違反を犯しているわけじゃないぜ?」
「僕が言いたいのは――」
フェリスさんが口ごもれば、意図を察したアイズさんの口元が妖しく弧を描く。
「フェーリースー、ロクに見もしないで異を唱えるのはよくないぜ。さあ、しかと彼女の姿をその目に焼き付けてから判断するといい!」
「――っ! アイズさん、うるさいです」
ええ、少し黙ったほうがいいかと思います。痛いところを突かれた感たっぷりのフェリスさんから向けられる視線が痛いです。私がとばっちり!
「……真面目に朝から顔を出したと思えば、これですか」
「なんのことー?」
アイズさんは素知らぬ顔ではぐらかす。これは全部わかっている人の反応だ。
「まあまあ。フェリス君も似合ってるってことで!」
そうは言っていないと主張するフェリスさんを放置して、団長は朝食を運び始めた。これが食べたければ認めるいかないという無言の圧力とも取れる。さすが団長、大人組のポジションは伊達じゃない。