六、続々登場攻略対象
これまで名前だけだった彼らもようやく登場!
少しでもお楽しみいただければ幸いです。
何故かカノエさん立会いのもと面接編(屋外)に突入していた私。無事騎士になることもできたし、機会を逃していたであろうカノエさんも僕はこれでと会釈して帰られたけれど……これでカノエさんの閻魔帳には『新人団員加入』と記載され、私の存在は黒幕にも報告されることでしょう。
いいんですけど! そうなることも覚悟して選んだ道ですから!
見事合格を果たし、ヴィスティア騎士団の一員となった私は――
団長に案内されながら本部の説明を受けていた。ヴィスティア騎士団は衣食住完備の就職先なのだ! 王都に居を構えていれば通いの人もいるけれど、敷地内には地方出身者のために寮も設置されている。広い食堂に談話室、訓練場も設備されている快適さ。実際のところ王都在住組も本部が遠いので寮を利用するらしい。
え? でも廃墟って? 大丈夫ですご安心を。見た目は廃墟、でも室内はそこまで酷い有様には到達していません。手入れが行き届いている証拠です。
私が案内された一室にはベッドと収納スペースがいくつか備わり机も用意されている。どこもかしこもピカピカで、指を滑らせてみても「あら、埃が」なんて嫌味を言う余地はない。
仕事は明日からというお達しを受け、私は部屋で荷物を整理していた。とはいえ行動しやすいよう最小限しか身に着けていない。片づけなんて大げさな表現は必要ないか。年頃の女子としてどうかとは思うけれど……いいの!
「さて、問題はこっちよ!」
団長から借りた裁ちばさみに針と糸。私は躊躇いなく支給されたばかりの制服にはさみを入れた。
作業に没頭していると時が立つのは早い。
そろそろ彼らも本部へ戻っているころだろう。
団長からは夕食時に残りのメンバーを紹介すると言われていた。これでやっと、やっと攻略対象たちと面識ができる! 恋愛しないにしても『銀の姫騎士』の世界にいる実感は持ちたい。
食事は備え付けのキッチンで自炊しても構わないが、良ければ一緒にと団長が提案してくれた。仲間に認められた嬉しさから私は喜んで了承した。
身支度を整え食堂へ向かう。一応女子であることを考慮され、私の部屋は彼らが生活する場所から離れているので少し遠い。
かつては大所帯だった騎士団本部の食堂は広い。そんな中にいる人間も現在となっては三人。ぽつん――、虚しいけれどそんな表現が似合う。
食堂に顔を覗かせればテーブルに並ぶ豪華な料理に目を奪われる。絵で見る食卓よりずっと煌びやかで、まるで何かの記念日のようだ。
「ああ、丁度良かった!」
私に気付いた団長が片手を上げた。想像通りの見知った人物たちも一同に介している。団長に釣られる形で私に視線が集まった。
絵に描いたような王子様の瞳とぶつかる。
「君が噂の、女性らしからぬ実力で入団した期待の新人かい?」
え、私の評価そんなことになってるの?
「俺はアイズ・メルディエラ、これからよろしく頼むぜ。女神に愛された君、なんでも聞いてくれ! 仕事以外でも大歓迎だ。相談料は君の笑顔で」
完璧な見た目なのに意外と口調は砕けている。しかも平然と甘い言葉を囁くとあれば、それが本気でないとわかっていても緊張してしまう。
「ほら、フェリスの番だぜ」
続いては彼が、ツンとすました表情を緩めることなく私に向き直る。たったそれだけの動作も研ぎ澄まされているようで、無駄のない動きだった。
「フェリス・ローゼスタです」
ですよね。これまた見事に名前だけ、完結で無駄のない自己紹介。
「フェリス、それだけか?」
「それだけ、とは? 僕が何者かは伝わったでしょう」
「よろしくーとか、仲良くしようねーとか、君可愛いねー今度食事に行かないとか。せっかくこんな可愛い子が入団してくれたんだ、いくらでもあるだろう?」
「……せいぜい足を引っ張るな、くらいでしょうか」
「はいはい。なあ君、フェリスも悪気はないんだ。気を悪くしないでやってくれ」
「僕に非はありません。あるとしたら全面的にアイズさんでしょう」
二人のやりとりを前にして私の感動値はピークに達していた。
「とんでもないです! 本来、新人であるわたくしから出向くべきところ、自己紹介が遅れて申し訳ありません。リユと申します。先輩方におかれましてはわたくしなど至らぬことも多いかと思いますが、これから精進いたしますので、よろしくご指導のほどお願いいたします!」
きっちり型にはまった向上がお気に召したのか、フェリスさんは当然だと頷いていた。一方でアイズさんはそう硬くならずにと笑う。
微笑ましそうに見守っていた団長が椅子を引き着席を促す。繰り返す。私は今、団長ロクロア・ウォルツによって椅子を引いてもらい着席を促されている。そして目の前にはアイズ・メルディエラとフェリス・ローゼスタのお二人がいて――
なんて豪華な食事会!
「はい、グラス持ってー」
私は勢いに呑まれるように団長からグラスを受け取った。
「ようこそヴィスティア騎士団へ! 我々は君を歓迎するよ。これからよろしくね、リユ君。かんぱーい!」
「か、乾杯!」
勢いに乗せられ音頭をとってしまったけれど、これって……
「団長主催『リユ君の歓迎会』だが、呆けた顔だな。どうした?」
ぽかんと口を開いて固まった私にアイズさんが手を振っている。
「だって、こんな――とても嬉しくて、……ありがとうございます!」
この歓迎会はゲームにもあるイベントだ。だからこうなることは予期していたし想像もしたけれど、そこにリユの姿は映っていなかった。主人公はテーブルを囲む彼らの姿を眺めているだけで。それがこうして同じテーブルの中にいるなんて……現在進行形で感激している最中です。
「ほらほら、料理が冷めちゃうよ。今日は張り切ったんだから!」
誇らしげに広がる料理に注目が移る。
「これは、団長が?」
「うん! どう、すごいでしょー? 雇われていた使用人たちが出て行ってからというもの、料理方面もかなり成長したからね」
「ここだけの話、最初は食べられたものじゃなかったぞ」
こっそりアイズさんから耳打ちされた事実に、切ないと感じた私の同情は誰に向けられたものだったのか。団長が料理上手になった結果か、または食べられたものじゃない食事を味わった団員たちへか。
「今では炊事、洗濯、掃除はお手のものさ!」
遠い目をして語る姿に私は尊敬の眼差しを送ることにした。
「私も頑張りますね、先輩方!」
「なあリユ。俺たちのこと、もっと気軽に呼んでいいんだぜ」
そう指摘するアイズさんは本当に気軽い。すでに私は呼び捨てだ。
「え、でも、他にどう呼べと!?」
「いや、どうとでもあるだろ」
呼び捨てなんて恐れ多い。同じ仕事場に努めるからには先輩だし。どうしろと?
呼び捨てで構わないとアイズさんは詰め寄ってくるけれど、さすがに無理だ。
すると傍観していたはずのフェリスさんが反応する。
「リユさん。先達の者を敬うのは良い心がけですが、先輩はやめておいたほうがいいですよ。新人のあなたが先輩と呼び慕うのなら僕もそうせざるを得なくなる。僕はアイズさんを先輩と慕いたくありませんので」
「あはは、フェリスも結構言うな」
「そもそも仕事の同僚、何をそう萎縮する必要がありますか? 貴族同士の社交場でもあるまいし。……奇特な名門貴族が混ざっていることは否定しませんが」
ちらりとフェリスさんが視線を向けた先ではアイズさんが笑みを失くす。メルディエラ家といえば王家とも懇意にしている名門貴族。リージェン姫、すなわち第一王女の婚約者に抜擢されるくらいだ。かつてのヴィスティア騎士団ならまだしも、時期当主が尚も落ちこぼれ騎士団に所属しているのは異様といえる事態だろう。
「そう言ってくれるなよ。俺にはここが似合いなんだ」
表情を取り戻したアイズさんはしれっと答える。記憶持ち転生者の宿命か、その自嘲気味な発言の真意も私には理解できてしまう。
彼はリージェン姫の婚約者。でも、彼女はもういない。守れなかったことで失い自らの無力を噛みしめているアイズさん。女性に対して軽々しいのも二度と恋はしないと決めているから。まるで時間が止まってしまったように彼はここにいるのだ。
あなたは悪くない。私はどうしたって誰にも助けられなかった。
言及するつもりはないとフェリスさんは視線を逸らすが明らかに空気は重くなっている。彼にも思うところがあるのだ。
フェリスさんは貴族の次男。後継ぎとして期待もされず厄介払いのように騎士団に入団することを決められてしまった。だからこそ当主という地位を持ちながら現在の地位に納まっているアイズさんが気に入らない。
どれもゲームの知識だけど、さすがみなさん何かしら心に抱えるものがあるというか……空気が重い! この空気に耐えた主人公、偉すぎ!
だったら私も気圧されているわけにはいかない。主人公は明るい笑顔と共に、彼らを前にしても引かなかった。私だって負けていられるか!
「私にとってはみなさん尊敬に値する先輩です。では、アイズさんと呼ばせていただきます。フェリスさんも。本当は様ってつけたいところなんですが! それに比べたらましだと思ってくださいね」
「様……アイズ様か。それはそれで甘美な響きだな。いずれにしろ、リユの好きにすればいい。無理強いして悪かったな」
「そうですね。リユさんの好きにしてください。僕も好きにしますから」
「うんうん! みんな仲良しでいいねえ! フェリス君もリユ君のこと大歓迎するって!」
団員が増えて嬉しいのか団長ははしゃいでいるように見える。
「団長、勝手に解釈して捏造しないでください」
あの発言からそうは解釈できないだろうフェリスさんが異を唱える。
強引に見えなくもないけれど、こうして和やかに歓迎会は進んでいった。
閲覧ありがとうございました。
登場人物も増えてきましたので人物紹介も作成中です。