ささくれ
彼女の指には、ささくれが多かった。
手が乾いているわけではなく、手の甲はつややかできめの細かい肌が、形のよい彼女の手の美しさを増している。
ささくれは、右手の親指に一つ、人差し指に一つ、左手の人差し指に三つもあった。
白い彼女の手のその部分だけ、赤く、痛々しく皮が剥げている。
彼女は僕の視線を知ってかしらでか、両手のささくれを眺め、いじり始めた。
「肌が荒れているわけではないのにね。栄養不足かしら。」
独り言のように彼女は呟く。
「ハンドクリームをもっているけど、使う?」
と僕が言うと、彼女は遠慮がちに首を横に振って
「ありがとう。大丈夫よ。」と言う。
「きっとこれは、」
一つ間が空いて、彼女は続けた。
「きっとこれは罰のようなものなのだわ。」
「罰。」
僕は彼女の言葉を反芻する様に繰り返した。
「親不孝でいるとささくれができると言うでしょう。人差し指と親指にだけ出来るのもその為だと私は思うの。」
ささくれを撫でながら彼女はまた続ける。
「両親を、殺したのは私なの。」
と言って、彼女はささくれから視線を外して、僕をじっと見つめた。
「殺した?君の両親は、事故で亡くなったのだろう、その犯人は、もう捕まっている。君は両親を殺していないよ。」
僕は彼女のまっすぐな目に狼狽しながら、諭す。
「いいえ、私が殺したのよ。」
彼女は嘘や冗談を言っている風ではなかった。僕の目をずっと見つめて、悲しい気持ちが瞳の奥に深く深く沈み込んでいる様な瞳だ。
「両親は私を迎えに来る途中だった。あの日、私が友達と帰っていたら、迎えに来て、なんて言わなければよかった。
両親は私を迎えに行ったついでに、久しぶりに外食をしようと言ってた。」
「ささくれが、治らないの。きっと、両親は私を恨んでいる。親不孝だから、私にずっと忘れさせない様に、ずっとこの手にいるんだわ」
「みんなそれは違うと、私が悪いわけでないと、時間が過ぎればわかることだと、慰めの言葉を言ってくれるけれど、そんなのは、足に激痛が走っている人に、もう少し歩けば綺麗な景色が見えるよと言っているのと同じなの。
少し歩きたくたって、足が痛すぎて、動くことなんてできないの、知りたいのは、未来じゃないの、傷の治し方なのよ。時間は治し方の一つかもしれない、でも、今の辛い時間はどうやって乗り越えていけばいいの。」
「そんなのは誰だって教えてくれないのよね。耐えるしか、ないのよね。耐えられなかった人が、きっと自分で死んでいくのね。
私はささくれで、死んでいくのかもしれないわ。」
彼女は言い終わると、静かに涙を落とした。
ささくれだって人を殺すかもしれない。
何かが間違っているのか、誰が悪いのか。
僕は何も答えられなかった。