何でも屋と、探し物と私。
私視点。
一日クオリティですので、誤字、脱字ありましたら、そっと教えていただけると助かります。
私は、私としてこの世界、アーシアリで生きている。
私も含め、何でもありなこの世界。
これは、この世界で出会った、私と可愛らしい何でも屋の邂逅が紡いだ話。
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私は、少し堅苦しい職業に就いている人間だが、今日いる場所は、ワーチャの歓楽街。
休日を使って、友人を探している。
今の私は、友人と似た格好をし、友人の好んでいる香水を振りかけて来た。動く度に、甘い花の香りが鼻先を擽る。
「何処へ行ったのかしら?」
真面目を絵に描いたような友人は、ワーチャへ行く、という言葉を残し、姿を消してしまった。
「明らかに、何か事件へ巻き込まれていそうね」
酒場で聞き込んだ話を思い出しながら、私はため息混じりで呟く。
この街では、少し前から金髪に青い目の女性が数人姿を消しているらしい。
まさに行方をくらました友人も、そんな容姿なのだ。
私は込み上げる寒気を堪えるよう、自らの体を抱き締める。周囲の痛いものを見るような視線など気にしない。
そんな時だった。
私は人混みの中で、壁に手を突いて歩く、一際人目を惹く少年らしき人物を見つける。
まさにキラキラと輝いて見える美貌で、周囲からはギラギラとした視線が向けられている。
ちょっと目を離したら食べられてしまいそうで、私は親切心から近づいていく。
近づいた私に気づいたのか、ゆっくりと相手が顔を動かす。相手の目が私を映し込んだ瞬間、思わず私は息を呑んでしまう。
「あのー、すみません」
そんな私を気にせず、相手からは少年しては少し高めな声が聞こえてくる。
「何かしら、可愛らしい坊や」
性別の判断は微妙だが、少年だと判断した私は、坊や、と相手へ呼びかける。否定はないので、正解らしい。
「あの、こんな女性を探しているんですが、知りませんか?」
坊やの美しく稀有な瞳が私へと向き、差し出されたのは、とても既視感を覚える特徴が書き出された一枚の紙。まさしく、私の友人の特徴だ。
「……あら、ふふ、髪色以外は、私と良く似た方みたいね。でも、私はお会いした事はないわ」
動揺する心を押し隠し、私は笑いながら首を振り、軽口で応じる。こんな無害そうな坊やが、友人の失踪へ関わっている? そんな動揺から、少し声が乱れてしまったかもしれない。
「……そうですか。ちなみに、貴方の髪色は?」
しかし、坊やから返ってきたのは、予想外の答えと、不思議そうに私を見つめる無垢な視線。そこで、私は初めて坊やの視線が、微妙に私からズレている事に気づく。
「え……あ、そうだったのね。ごめんなさい。私の髪色は、金ではなく金茶よ。少しだけ暗い色なの」
反射的に謝ってから、自らの髪色を坊やへと告げ、無駄とは分かりながらも、微笑む。
「へえ、そうなんですね。ちなみに、これから聞き込み続けるんですが、どちらが人多いですか?」
坊やは気にした様子もなく天使のような笑顔で相槌を打ち、可愛らしく問いかけてくる。あまりの可愛らしさに、思わず頭を撫でる。
「私、暇してるから案内するわ。あなたみたいな可愛い坊や、すぐに引き込まれちゃうもの」
努めて楽しそうな声を作ると、私は親切な通りすがりのふりをして、坊やの手を握る。坊やの状態から私の事に気付かれる心配はないと思っていたが、坊やの反応を見ると、気づかれてしまったらしい。しかし、坊やはそれに関して何も言わない。
「じゃあ、遠慮なく、よろしくお願いします」
「ふふ、任されたわ」
温かい気持ちを抱きながら、私は躊躇なく預けられた坊やの手を握り、相手の歩調へ合わせて歩き出した。
願わくは、この可愛らしい坊やが友人の失踪へ関わっていない事を。
とか、思っていたが、坊やはとんでもない手掛かりを連れて来てくれた、らしい。
私は坊やを連れ回し、酒場や娼館を巡り、坊やの探し人の手掛かりを探していく。……私の友人に関する手掛かりもあれば良い、と思いながら。
結局聞けたのは、私が調べて聞けたのと、然程変わらない話だった。
肩を落として礼を言いながら帰ろうとした坊やを引き留め、相棒と待ち合わせているという場所までついていくわ、と提案する。そうしなければ、坊やはギラギラとした視線の持ち主達に、高確率で襲われそうだった。
そして、その道中、油断していた私は、坊やと共に背後から襲われてしまったらしい。
「あの、起きてください。しっかりして」
「……う、ここ、は、何処?」
心配そうな坊やの声が聞こえ、私はゆっくりと覚醒する。恥ずかしい事だが、完全に気絶してしまっていたらしい。
「何よ、真っ暗で、何も見えないわ」
「真っ暗なんですか。明かりとかは……」
目を開けたのに、閉じている時と変わらない周囲を知覚して毒づく私に、坊やがいる方からキョトンとした声が聞こえてくる。
「明かりはないわ。……ねぇ、隣にいるわよね?」
「はい、いますよ。少し触りますけど、ビックリしないでくださいね」
全く視界が効かない状況から、思わず不安を滲ませて問うと、坊やからは力強い答えがある。少し安心してしまった。
「今、触ってるかしら?」
「はい、腕に触らせてもらってますが……?」
「私は、触られてないわ」
「……え?」
お互い嘘を言っているような雰囲気はなく、物理的に冷えた空気が漂い、私は小さく身震いし、隣にある何かに触れてしまう。それは、触れた事が何度もある、魂を失った肉の塊の感触。
ああ、これに坊やは触ったのね、と納得した瞬間、私以外の香水の匂いが隣からする。それは、時間が経って変わってしまっていたが、私と友人がお揃いで作った、世界に二つとない特徴的な香水の匂い。
「ああ、思い出した。この臭いは……」
タイミング良く坊やの声がするが、坊やが嗅いだのは、多分死臭だろう。坊やには、両方とも私の香水の匂いだと思っている筈。
「ねえ、どうしたの? 何処にいるの?」
不安を隠せないふりをし、坊やへと呼びかける。実際、不安はあった。それ以上に、変わり果てた友人への衝撃が、私を打ちのめす。
「……今度こそ、触ってますよね?」
「ええ、ええ、分かるわ……」
「立てますか? 出口を探そうかと思うんですが」
柔らかな坊やの声と、触れてくる温もりが、私に落ち着きと、怒りを思い出させる。友人を奪われたという怒りを。
「今度は、私があなたに道案内される訳ね」
怒りを押し隠す為、悪戯っぽく言葉を紡ぐと、私は坊やの声の方へ手を差し出す。
「間違わず、私の手を握ってちょうだい?」
「もちろん、今度は間違いません」
真っ暗闇の中、小さく笑い合い、私は坊やの手を握って歩き出す。逆の手には、隠し持っていたナイフの柄を握りながら。
「地下室、なんでしょうか。空気が湿っぽいし、カビ臭いです」
「確かに、陰気よね。……血の臭いも、するわ」
暗闇の中、私達は手を繋いで移動しながら、ボソボソと会話を続けている。
「気付いてたんですね。僕も、気になってました」
「……ちなみに、何の為に、私達を捕らえたのかしら?」
あと、友人を殺した理由も教えて欲しかった。彼女は、穏やかで優しい子だったのに。
「多分、ですけど……僕のせいだと」
「あなたの? どうして?」
坊やからは返ってきたのは、予想外の答え。戸惑っている私に告げられたのは、さらに予想外で。
「依頼人が狂ってる事に、気付けませんでした」
「……狂ってる?」
問いかけながら、坊やの手をキツく握り締める。
「さっき、少しだけ、僕、一人で行動しましたよね」
「ええ、ほんの少し、私を置き去りにしたわね」
先程の恐怖を思い出し、悪戯っぽく責めると、坊やは宥めるように繋いだ手を揺らしてくる。
「それは、ごめんなさい。でも、あなたには見せたくなかったので。少し、闇に慣れて、見えてきてますよね?」
「……あら、気付いてたの」
「だてにこの生活が長い訳じゃないですよ? まあ、それは置いといて、あそこには隠し部屋があって、中には、今回、僕が依頼人に探すよう頼まれた『人』がいました」
「自分で奥さんを捕まえときながら、あなたに探させてたの? 確かに狂ってるわ」
一人で探ってきたらしい坊やの言葉を聞いて問い返しながら、私は推論の穴にすぐ気付く。私の推論では、友人が殺された理由が分からない。そう思っていると、坊やの悲壮な響きの声が聞こえてきて、私は少しだけ闇に慣れてきた目を坊やへと向ける。見えるのは、薄ぼんやりとした輪郭だけだが。
「……違うんです、そうではなくて、依頼人は――」
「私の妻を何処へ連れて行くんだい? 君がわざわざ見つけてきてくれたんじゃないか」
その坊やの声を遮ったのは、場違いな程柔らかく穏やかな声。全く内容は理解できない。したくもない。それより、声の主が持つ明かりが眩しく、思わず声に出してしまう。
そんな私に気づいたのか、坊やの背後へ押し込まれる。まあ、私の方がかなり上背がある為、庇われた感は少ない。
「違います! この人は貴方の奥様ではないんです! お願いです! 思い出して……」
必死に声の主へ訴える坊やの声を聞き、私は目の前の相手の正体と、しでかした事を嫌でも悟ってしまう。
「奥様は、もう亡くなってるんです! 探しても、もうこの世界の何処にもいないんです! お願いです、他の方を傷つけるのは止めてください……」
坊やの言葉が、私の想像が正しい事を告げる。きっと坊やは、隠し部屋で『見て』しまったのだと思う。変わり果てた奥さんを。
「そんな事、ある訳ない! 妻は、出て行ってしまったんだ! なあ、君が見つけてきてくれただろ? 妻はそこにいるじゃないか。今度こそ、『本物』なんだ! 今まで私が連れてきていたのは、みんな偽者だったんだ!」
そんな坊やの叫びに応えるのは、相手――坊やからすれば依頼人の狂気に満ちた絶叫だ。
「本当に、狂ってるわ」
思わずポツリと冷ややかな呟きを洩らす。同情するつもりはない。本人にとっては一途な愛かもしれないが、他人を巻き込んだ時点で、それを愛とは呼ばないで欲しい。――殺したくなる。
一応、依頼を受けている坊やを見る。やっと、光に目が慣れてきた。
「……可愛い坊や、勝算は?」
ナイフを隠して構えながら、坊やへと問いかけると、まず返ってきたのはズレた答え。
「やっぱり、一般人ではないんですね。……勝算は、もうすぐ――来ました」
「あら、まあ……」
坊やの自信満々な言葉を訝しむが、見えた光景に思わず素で呟き、目で追ってしまう。喚く犯人の背後へ迫る黒い影を。
「何を話してる……っ!?」
犯人の言葉は不自然に途絶え、襲いかかった黒い影が、犯人を一瞬で行動不能にしてしまう。
「あれが、坊やの勝算なのね」
「はい、とても頼りになる相棒なんです」
畏怖を滲ませて呟く私に、坊やはニッコリと笑顔で返してくる。それにしても――。
「人狼が来るのは予想外だったわ」
坊やの相棒は、まさかの人外だった。思わず呟くと、見抜かれた事に驚いたのか、坊やから物言いたげな瞳が向けられる。
何も映していない筈の、美しい銀の瞳が。
●
坊やの相棒によって犯人を気絶させられてしまい、私は消化不良気味だったが、
「妻を返せぇ!!」
復活してくれたので、ありがたくぶん殴らせてもらう。
「うるせぇ! 沈んどけ!」
思わずドスの効いた素の声が出てしまう。まだまだ修行が足りない。
「あら、私ったら、はしたないわ」
おほほ、とわざとらしく笑っていると、坊やから頭を下げられてしまう。
「ご迷惑おかけしました」「良いのよ、可愛い坊や。私も、こいつを追っていたのだから」
地面で呻いている犯人へ蹴りを入れ、私は晴れやかな気持ちで答える。
「なあ、こいつってさ……」
私には分からないが、何かを言いかけた相棒を、坊やはやんわりと制し、手作りらしいチラシを差し出して来る。
「僕らは何でも屋です。犯罪以外は何でもいたします。どうぞ、お見知り置きを」
反射的に受け取った私は、ニッコリと微笑んでから、相棒と共に歩き去る坊やを見送る。呻いている犯人を踏みつけながら。
「……ありがとう、何でも屋さん」
感謝の言葉を呟く私に、相棒の尻尾が揺らされて応えをくれる。
あの路地裏での邂逅がなければ、きっと私はまだ友人を見つけられず、ましてや仇をとる事も叶わなかった。
「……君を想って泣くのは、これで最後だ」
外向き用の口調で呟いた私は、踏みつけた犯人へと涙の雨を降らせながら、ゆっくりとナイフを振り下ろ――さない。
殺しはしない。
死んだ方がマシだ。そう思うぐらい後悔させる。 心中で誓いながら、私は何でも屋の相棒が呼んでくれたらしい兵士へと犯人を引き渡す。
私を見た兵士が、驚愕の表情で固まった後、慌てまくり、かしこまって敬礼してくるが気にはしない。
私は、私として、何でもありなこの世界を生きているのだから。
あとは、相棒視点……いらないような気も。