何でも屋と、探し物。〜僕視点〜
息抜きに何でも屋更新です。
最初の部分だけ、だいぶ前に書いてあった物を加筆したので、矛盾がありそうで怖いです。
特殊設定ですので、ご注意を。
――アーシアリ。
何でもありなこの世界、僕らは、何でも屋として、今日も生きている。
これは、僕らの物語。
●
初めまして、何でも屋です。
相手の反応が薄いので、僕は相棒お墨付きの笑顔を浮かべる。
それでやっと動き出した相手は、握手のつもりなのか、僕の手を握った。手が冷たい。
近くなった距離。ふわり、と何処かで嗅いだ事のある匂い。
思い出せず、僕は緩く首を振って思考を切り替える。
「あ、ああ、すまない。予想外に……」
依頼人である相手が濁した言葉は、小さい、または幼い、だろう。
僕の見た目は、実年齢と合っていないらしい。
初対面で、相手が戸惑う事はよくある。そういう時は、相棒がフォローしてくれるのだが、その相棒は別の仕事に出ていて、いない。
「良いですよ。で、何でも屋に何のご用ですか?」
町から町、国から国を渡る僕らは、事務所を持たずに何でも屋をしている。
今は、先日事件に巻き込まれたワーチャに、宿をとって、お仕事を探している。
得意なのは、失せ物探し。庭の雑草退治(僕は気付かなかったが、噛みつく草がいたらしい)。買い物代行。とかも、よく頼まれる。
相棒は、お前は拐われるのも得意だろ、って言うけど、別に得意な訳じゃないと声を大にして言わせて欲しい。
閑話休題。
僕は黙って、依頼人が話し出すのを待つ。
「妻を、妻を探してくれないか?」
「奥様を、ですか?」
「ああ。恥ずかしい話、先日喧嘩をしてしまってね。家を出て行ってしまったんだ」
ちなみに、僕達が今いるのは、大通りに面しているらしいカフェ。相棒がチェック済みのお店なので、安心して僕も利用している。
依頼人の男性が飲んでいるのは、コーヒーらしい。その香りに混じって、また嗅いだ事のある臭いがする。
「心当たりは探したんだが、見つからないんだ。お願いだ、妻を見つけてくれ」
「分かりました。奥様の特徴を教えてください」
「しかし、君は……」
依頼人の男性から伝わってくる戸惑った空気。僕は、ニッコリと笑って胸を叩いて見せる。
「大丈夫です。僕には優秀な相棒がいますから」
「ああ、あのチラシに描いてあった黒い……」
「そう、その黒い相棒です。強くて頼りになる相棒ですから、心配しないでください。で、料金の事なんですが――」
こうして、僕は依頼人から、奥様を探すという依頼を受ける事となった。
●
とりあえず、相棒が別任務から戻らない為、僕は依頼人から聞いた情報を書き出しておく。
「金髪、小柄、青い目で、依頼人と同じブレスレットをしてる、と……」
触らせてもらったブレスレットは、特徴的な形をしていたので、僕でもしっかりと覚えられた。
僕は壁に手をついて歩きながら、手当たり次第、聞き込みを続けていく。
「あのー、すみません」
僕が話しかけると、ほとんどの人が一瞬固まってしまう。理由は分かっているのだが、ほんの少しだけ、傷ついてしまう。
今回の相手もそうだったようで、動揺した気配の後、綺麗なアルトの声が聞こえてきた。
「何かしら、可愛らしい坊や」
とりあえず、完全なる子供扱いをされてしまい、僕は苦笑しながら、特徴を書き上げた紙を相手へ向ける。
「あの、こんな女性を探しているんですが、知りませんか?」
「……あら、ふふ、髪色以外は、私と良く似た方みたいね。でも、私はお会いした事はないわ」
笑い声と共に返ってきた答えと同時に空気が動き、相手からは甘い花の匂いがし、僕の鼻腔を擽る。多分、相手が首を振ったのだろう。あと、微妙な違和感を感じたが、理由は分からず、僕は内心首を捻りながら、会話を続けようと口を開き、
「……そうですか。ちなみに、貴方の髪色は?」
とりあえず、当たり障りのない質問をする。
「え……あ、そうだったのね。ごめんなさい。私の髪色は、金ではなく金茶よ。少しだけ暗い色なの」
僕の問いかけに、相手はハッとした様子で謝ってくれてから、答えをくれる。
「へえ、そうなんですね。ちなみに、これから聞き込み続けるんですが、どちらが人多いですか?」
ニコニコと笑って問いかけると、相手からは笑顔の気配と同時に、優しく頭を撫でられた。また、ふわり、と甘い花の匂い。
「私、暇してるから案内するわ。あなたみたいな可愛い坊や、すぐに引き込まれちゃうもの」
楽しそうな弾んだ声と共に、相手から柔らかく手を取られ、僕は違和感の正体を悟るが、問題がない答えだったので、そのまま相手の手を握り直す。
「じゃあ、遠慮なく、よろしくお願いします」
「ふふ、任されたわ」
気付いた僕に気付いただろう相手は、一層笑みの気配を強めると、僕を気遣いながらも、迷いなく歩き出す。
僕は、ただただついていくだけだった。
――結果、何故か僕は、捕らえられていた。甘い花の匂いと人の気配があるので、多分道案内してくれた相手も一緒のようだ。
本当に、何故だか分からないが、僕達を捕らえているのは――依頼人だった。
どうしてこうなったか、痛む頭を押さえつつ、記憶を辿っていく。
道案内してくれていた相手は、まだ気絶しているらしく、動く気配はない。だが、呼吸音はしっかりしているので、体調に問題はないようだ。
まず相手に連れられ、酒場っぽい所や、化粧と香水の匂いが混じった場所を巡り、聞き込みを続けた。
結局、ほとんど空振りで、聞けたのは『金髪で青い目の女性が、何人か姿を消している』という噂話ぐらいで。
それも、噂話が出始めたのは、依頼人の奥様が消えた日より、だいぶ後で、関係性は無さそうだった。
僕は肩を落とし、相手へ礼を告げて帰ろうとしたが、心配した相手は、相棒との待ち合わせ場所までついていくわ、と言ってくれて……。
「その後、どうしたんだっけ?」
記憶はそこで途切れていて、後頭部には謎の痛みが残っている。
「……あ、そうだ。依頼人の声がして、ガンッと殴られたんだった」
だから、僕達を捕らえたのが、依頼人だと思い至った事を思い出しながら、僕は隣の相手を起こそうと、花の匂いがする方へ声をかける。
「あの、起きてください。しっかりして」
「……う、ここ、は、何処?」
やはり気絶していただけらしく、相手は掠れた呻き声を洩らし、起き上がったようだ。声にも聞き覚えがあり、隣にいるのは、あの道案内してくれた相手で決まりだ。
「何よ、真っ暗で、何も見えないわ」
「真っ暗なんですか。明かりとかは……」
ブツブツ文句を言う相手に、僕は改めて周囲を窺い、様子を探りながら、触れ合える位置にいるであろう相手へ問う。
「明かりはないわ。……ねぇ、隣にいるわよね?」
「はい、いますよ。少し触りますけど、ビックリしないでくださいね」
不安を滲ませた相手の声を聞き、僕は話しかけながら相手の方へと手を伸ばし、腕の辺りらしき箇所に触れる。
「今、触ってるかしら?」
「はい、腕に触らせてもらってますが……?」
「私は、触られてないわ」
「……え?」
嘘を言っているような雰囲気ではなく、僕はおずおずと触れている人肌を辿っていく。それは、やけに冷たく、まるで脱け殻のようで……。
その時、空気が動き、花の匂いに混じって、依頼人から感じていた、あの臭いが隣から強く臭ってくる。
「ああ、思い出した。この臭いは……」
死の臭い。口に出さず、僕はやっと思い出せた既視感を感じる臭いの正体を、内心で呟く。
つまり、僕の隣にいるのは、花の匂いがする相手ではなく、死の臭いをさせた、物言わぬ誰かだ。
「ねえ、どうしたの? 何処にいるの?」
不安を隠せない相手の声に、僕は手を中空へ差し伸べ、声の聞こえる辺りを探る。すぐに、温かく張りがある人肌が、指先に触れる。
「……今度こそ、触ってますよね?」
「ええ、ええ、分かるわ……」
「立てますか? 出口を探そうかと思うんですが」
安堵の声を洩らす相手へ手を差し伸べ、僕は小首を傾げて見せる。が、全て無駄である事に気付き、一人で苦笑する。
つい忘れてしまう。この空間が真っ暗闇で、相手の目には何も見えないという事を。僕にとっては、慣れ親しんだ日常だから。
「今度は、私があなたに道案内される訳ね」
肝の据わった相手は、悪戯っぽい声音で応じると、僕の声が聞こえる方へと手を差し出したらしく、しっかりとした触り心地の手に触られる。
「間違わず、私の手を握ってちょうだい?」
「もちろん、今度は間違いません」
真っ暗闇の中、小さく笑い合うと、僕達は手を繋いで、ゆっくりと歩き出した。
「地下室、なんでしょうか。空気が湿っぽいし、カビ臭いです」
「確かに、陰気よね。……血の臭いも、するわ」
暗闇の中、僕達は手を繋いで移動しながら、ボソボソと会話を続けている。
「気付いてたんですね。僕も、気になってました」
「……ちなみに、何の為に、私達を捕らえたのかしら?」
「多分、ですけど……僕のせいだと」
「あなたの? どうして?」
「依頼人が狂ってる事に、気付けませんでした」
「……狂ってる?」
僕の言葉が予想外だったのか、疑問系の返しと共に、僕の手を掴む力が強くなる。
「さっき、少しだけ、僕、一人で行動しましたよね」
「ええ、ほんの少し、私を置き去りにしたわね」
今度は少し悪戯っぽく、相手からの反応が返ってくる。だいぶ、この空間にも慣れたらしい。
「それは、ごめんなさい。でも、あなたには見せたくなかったので。少し、闇に慣れて、見えてきてますよね?」
「……あら、気付いてたの」
「だてにこの生活が長い訳じゃないですよ? まあ、それは置いといて、あそこには隠し部屋があって、中には、今回、僕が依頼人に探すよう頼まれた『人』がいました」
「自分で奥さんを捕まえときながら、あなたに探させてたの? 確かに狂ってるわ」
「……違うんです、そうではなくて、依頼人は――」
「私の妻を何処へ連れて行くんだい? 君がわざわざ見つけてきてくれたんじゃないか」
僕の言葉を遮った聞き覚えのある声と共に、隣から、眩しい、と小さな悲鳴が聞こえる。依頼人が明かりを持っていたのか、それとも出口なのか、僕には判断がつかないが、目眩ましを食らった状態の相手を自らの背後に隠す。
「違います! この人は貴方の奥様ではないんです! お願いです! 思い出して……」
ここまで来る途中の惨状から、僕の頭の中には二種類のストーリーが描かれていた。
まず一つは、依頼人が稀代の殺人者で、逃げ出した奥様と同じ特徴の相手を殺しまくっている。
もう一つは――。
「奥様は、もう亡くなってるんです! 探しても、もうこの世界の何処にもいないんです! お願いです、他の方を傷つけるのは止めてください……」
とても、悲しい結論だった。あの隠し部屋で、僕が見つけたのは、枯れ木のような触り心地の、変わり果てた探し人。細い手首には、辛うじて、あの特徴的なブレスレットが残されていた。
「そんな事、ある訳ない! 妻は、出て行ってしまったんだ! なあ、君が見つけてきてくれただろ? 妻はそこにいるじゃないか。今度こそ、『本物』なんだ! 今まで私が連れてきていたのは、みんな偽者だったんだ!」
ずっと依頼人から感じていた馴染みのある臭い。それは、死臭だった。このところ、生命力に溢れる人とばかりあって忘れかけていた、僕にとって、身近で嗅ぎ慣れた臭い。
「本当に、狂ってるわ」
喚き散らす依頼人。隣からは、ポツリと冷ややかな声が聞こえる。そこに、同情の色は一欠片もない。それどころか、感じるのは冴えた殺意。
「……可愛い坊や、勝算は?」
「やっぱり、一般人ではないんですね。……勝算は、もうすぐ――来ました」
「あら、まあ……」
「何を話してる……っ!?」
言い切った瞬間、大きく空気が動いたのを感じると同時に、隣からはのんびりとした驚きの声、目前の依頼人からはくぐもった呻き声。
「あれが、坊やの勝算なのね」
「はい、とても頼りになる相棒なんです」
畏怖を滲ませる相手の声をあえて無視し、僕はニッコリと笑って見せる。
外からの光を背に立っているであろう、最高の相棒を思いながら。
「人狼が来るのは予想外だったわ」
一発で相棒の正体を見抜いた相手にも、ちょっとびっくりだ。
僕の驚愕が伝わったのか、相手の視線を感じ、僕はゆっくりと目を細める。
もう何も見る事が叶わない、銀の瞳を。
●
蛇足だが、相棒によって気絶させられた筈の依頼人は、狂人の馬鹿力なのか、すぐに復活したが、
「妻を返せぇ!!」
「うるせぇ! 沈んどけ!」
と、ドスの効いた相手の声が聞こえた、と思った時には、ドサリと地面に倒れた……ようだ。
「あら、私ったら、はしたないわ」
おほほ、とわざとらしく笑う相手に、僕は深々と頭を下げる。
「ご迷惑おかけしました」
「良いのよ、可愛い坊や。私も、こいつを追っていたのだから」
肉を蹴るような音と一緒に、軽やかなアルトの声が、僕の謝罪に優しく答える。
「なあ、こいつってさ……」
相手に対し、何かを言いかける相棒を、僕はやんわりと制し、相棒の持つ鞄から、手作りのチラシを差し出す。
「僕らは何でも屋です。犯罪以外は何でもいたします。どうぞ、お見知り置きを」
受け取ってくれた相手に、止めにニッコリと微笑み、僕は傍らの相棒の毛並みを掴んで歩き出す。
「……やっぱり、お前の得意技だろ、拐われるの」
「違うから」
軽口を叩いてくる相棒の尻尾を軽く引っ張って、僕らは歩いていく。
相棒が隣にいれば、僕は何でも出来るし、迷う事もない。
何でもありなこの世界で、僕らは今日も生きていく。
気が向いたら、私視点と、俺が何をしていたかを書きたいです。