何でも屋の僕
一応、ファンタジー。突発的に始まり、唐突に終わる。ちょっと特殊設定なのでご注意ください。
始まりは雨の日だった。
僕は、道でとある物を拾った。
後悔する事もあるが、多分、また落ちていたら拾うと思う。
●
――アーシアリ。
人も獣も魔物も、精霊すらもごっちゃになった、何でもありなこの世界が、僕の住む世界。
僕は、この世界で、何でも屋をして生きている。
容姿は悪くないと思うけど、年齢より下に見られてしまう事が多い。こう言うと、一緒に旅してる奴、つまり同行者は、「は? いつも、の間違いだろ?」と容赦無く突っ込んでくる。
だけど、容姿に関しては否定しないから、僕の容姿はまあまあらしい。
僕が今いるのは、混沌としたこの世界でも、指折りにわちゃわちゃした国、ワーチャだ。別に駄洒落ではなく、本当にそういう名前の国だ。
最初に知った時、僕も笑ってしまった。同行者は腹を抱えて笑っていたようだ。
最近、キナ臭い噂の多いこの国は、何でも屋の出番もあるだろうと、やって来たまでは良かった。
同行者が、良い女がいるぞ、とか、建物の屋根が原色だぜ、とか、服はヒラヒラしてるのが流行りか? とか評してるのを聞きながら、街中を進む。
僕が聞こえてくる色々な音に気を取られていると、大通りに入ってしまったようで、運悪く同行者とはぐれてしまった。
いつもは、はぐれないよう気をつけていたのだが、今日は新しい土地に来て、僕も油断していた。気付いたら、同行者の声も音も聞こえなかった。
人波に潰されないよう、必死に手足を動かしていたら、気付いた時には、湿った臭いのする、狭い通路に逃げ込んでいた。背中を壁に預けて腕を伸ばすと、手がギリギリ反対の壁に触れたので、かなりの狭さだ。
自慢じゃないが、僕はかなり小柄な方だ。周囲がデカイという可能性もちょっとあるが。
そんな事を思いつつ、僕が必死で息を整えていると、通りの方から声をかけられる。
「大丈夫かい? この国は初めてかな?」
幼い子に話しかけるような、殊更優しそうに意識しているらしい男性の声に、僕は小首を傾げて、そちらの方へ顔を向ける。
きっと、人波に流されていた所から見られていたのだろう。
あれを見たら、この国に慣れてないなんて丸わかりだ。一応、サバを読んでおこう。
「……二度目ですが?」
「ほぼ初めて、って事だね。一人なのかな?」
効果が無かった上、ああ、この流れはヤバい。
キナ臭い噂の一つにあった、誘拐という単語が、僕の頭を過る。
「いえ? 落としてしまった相棒がいます」
内心の動揺を悟らせないよう、余裕な笑顔を意識して、口の端を上げる。僕の笑顔は、同行者からのお墨付きだ。
「でも、今は一人なんだよね?」
また駄目だったようだ。男の声が近くなる。
「君の瞳は美しいね?」
「ハハハ、ソウデスカ」 思わず片言になるぐらい、男の声が気持ち悪かった。
早く、同行者の声が聞きたい。
そう思いながら、甘ったるい匂いのする布に口と鼻を覆われ、僕は意識を手放した。
まあ、全く不安は感じていなかったが……。
●
次に目覚めた時、僕はぼんやりとする頭を持て余しながら、ゆっくりと体を起こす。
拘束はされていない。手足は、自由に動かせる。でも多分、背中に触れる固い感触と空気の匂いから推測すると、ここは何処かの地下牢。
そんなに時間が経っていないようだから、街中か、そんなに離れた場所ではない筈。
さらに辺りを探る。僕の他にも捕らえられているのか、人の気配。獣の臭いもした。
「あの、大丈夫?」
くらくらする頭を抱えていると、幼い少年の声が聞こえ、僕はそちらに顔を向ける。
小さく息を飲む音が聞こえ、僕は安心させるように微笑む。
「大丈夫だよ。驚かせてごめんね?」
「あの、その目……」
「生まれつきなんだ。気にしないで」
僕の目の色は珍しいらしく、怯えられる事も多い。少年を落ち着かせようと、優しい声を意識する。
人じゃないんじゃないか!? みたいに言われるのも多いので、自然と定住する事は止めて、何でも屋をしながら旅をしている。
僕が自らの過去に思いを馳せていると、少年の方から衣擦れの音がする。向こうも拘束されていないらしい。
「そっち、行っても、良い?」
「いいよ、おいで。僕の傍にいれば、安全だから」
声と共に衣擦れの音が近付き、体の左側に温もりが触れて来る。
「ごめんなさい、目のこと……」
「気にしないでって。それより、君も無理矢理連れて来られたの?」
頷く気配と共に、啜り泣く声。
「知ら、ない、男の人が、変な布で、ぼくの口を……」
「僕も一緒だ。でもね、大丈夫」
泣きながら、途切れ途切れでも、一所懸命説明する少年。僕は泣き止ませようと、ふわり、と柔らかい笑みを意識して、口の端を上げる。
今回は成功したらしく、少年の泣き声が止まり、代わりにもう聞きたくない声が近づいてくる。
「みんなー? 良い子にしてたかなあ?」
気持ちの悪い、猫なで声に、僕は鳥肌の浮いた腕を擦る。
地下牢は一つではなかったらしく、少女の声や、獣の鳴き声も聞こえる。
「目が覚めたんだね。気分はどう?」
新入りの僕の様子を見に来たらしく、猫なで声の主は、僕と少年がいる鉄格子の前で止まる。
僕は返事もしたくないので、怯えた少年を抱え……そんなに体格が変わらないみたいなので、抱きつきながら、そっぽを向く。
すると、それが気に障ったのか、男の気配が変わる。舌打ちをすると、ガチャガチャと音をさせて、僕のいる檻を開けようとしているらしい。
「さあ、悪い子にはおしおきだ」
腕を掴まれ、僕は咄嗟に抱きついていた少年を離す。巻き込まれたら、可哀想だ。
僕は、ちょっとだけ抵抗するフリをして、男にわざと連れて行かれる。
でも、男に引きずられて歩く僕の姿を見たせいか、他の檻から聞こえていた声や音がしなくなる。
怯えさせちゃったかな、と僕が後悔してると、足の裏から伝わる感触が変わり、さらに、現れた階段で転びそうになる。
おかげで男に抱き留められた。気持ち悪い。臭い。同行者の匂いが懐かしい。
同行者は何だかんだで身嗜みに気を使っているみたいだ。特に、匂い。気付かれていないと思っているだろうが、それが僕の為だという事を、僕は知ってる。同行者は、結構照れ屋なので、言わないが。
僕が思考を飛ばしていると、階段が終わり、重い扉の開く音。
流れてくる新鮮な空気。でも、外の匂いはしない。
「さあ、私の部屋で、おしおきだよ?」
いかにもな台詞に、僕は状況も忘れて、クスクスと笑ってしまう。
人身売買とか、生け贄説とか、僕が噂を聞いた時に、同行者とした真剣な会話を思い出したから。
結局、そんな深い理由ではなくて、あの時、同行者の言ってた通りの……。
「こぉの、ド変態がーーっ!」
ただの変態さんだったようだ。
怒号と共に、僕の腕を掴んでいた男が消える。風と、壁か何かにぶつかる音が聞こえたので、多分吹き飛ばされたのだろう。
僕は巻き込まれないように、じっとしている。怒号の主は、良く知っている相手だから。
絶対に僕を傷つけないとわかっているから、僕は微笑んで、相手に顔を向ける。
「何笑ってるんだよ!」
これは、怒っている訳ではない。恥ずかしがり屋め。
「何勝手にさらわれてんだよ!」
うん? 許可を得たら、さらわれても良いのかな?
「んな訳あるか!?」
つい口に出していたらしく、烈火の如く怒られた。
そのまま、黙り込むと、無言で寄り添ってくる。
「はぐれるなって、言っただろ……」
相当心配してくれたらしい。これが、僕の同行者だ。一緒に何でも屋をしている、相棒。
「そうだね。……で、兵士は呼んで来てくれた?」
宥めるように同行者の背中を撫でる。本当は頭を撫でたいところだけど、僕の背丈では届かない。
「ああ、外で待機してるぜ?」
「呼んであげて? 他にも捕まってる子がいるんだ」
僕は同行者に寄り添いながら小首を傾げて、背後にある筈の扉を示す。
盛大な舌打ちは聞こえたが、それでも巻き付いていた気配が離れる。
「おい! 犯人確保したぞ!」
兵士に向けた怒鳴り声を聞きながら、僕は安堵の息を吐く。
助けを信じていたとしても、やっぱり、緊張はする。特に僕は……。
つい不用心に、同行者の声がする方へ歩き出した。何か、兵士と言い争ってるなぁ、と思っていると、何かに躓き、体が宙に投げ出される。
地面にぶつかる前に、温かい物が僕を受け止め、衝撃を和らげてくれる。
「ば、な……っ!?」
馬鹿、何してんだ、って言いたかったんだな、と現実逃避をしつつ、僕は受け止めてくれた同行者の顔に触れる。
「ごめん、ありがとう」
指先から伝わってきた、情けない表情をした同行者に、同行者お墨付きの笑顔を向ける。
「あー、何でも屋? その小さいのが、相棒か?」
「はい、小さいけど、僕がその相棒です!」
同行者がキレる前に、僕は声の聞こえた方を向いて、笑顔をもう一回。
「あ、ああ、了解した。今回は後払いって形になるが、代金は払わせてもらう。協力、感謝する」
カサリと音をさせたのは、兵士が持っているであろう広告だと思う。
同行者だけでも仕事を探せるように、僕が頑張って作った力作だ。
僕と同行者の特徴と、何でも屋です、というシンプルなもの。同行者の首から下げた鞄に入れてある。
「ご利用ありがとうございます」
「てめぇら、どんくせえんだよ! こいつに何かあったら、どうすんだ!」
代金を受け取り、頭を下げる僕の隣で、同行者が脅すような低音で吠えている。
僕以外には、この姿の時の同行者の言葉はわからないので、僕はニッコリと微笑んで、真っ黒だと教えてもらった、同行者の毛並みを撫でていた。
何も映していない、銀色の瞳を細めて。
●
雨の日に、僕らは出会った。
濡れ鼠になっていた小さな生き物を、僕は手探りで拾い上げた。
生きたい、と泣き叫ぶ声を聞き。
「人狼だとは思わなかったけど……」
喋る犬だと思っていたのは、墓まで持って行く予定だ。
きっと、その時まで、一緒に生きているだろう。
この何でもありな世界を共に。何でも屋として。
短編だったのを、一ヶ所に纏めるために、連載にしました。