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生きてもいいですか?

眠り続けていた原因が発覚

一通り泣いて、涙のタンクが空っぽになったとき、僕は今だ暖かい腕の中にいた。

人前で泣いたのは久しぶりだった。

赤ん坊みたいにワーワー泣いて、周りの人たちに迷惑をかける存在。

それなのに、この人たちはどうしてこんなにも優しいんだろうか…




「ミランダ、怖いことはなにもないわ。今はゆっくりお休み」


女性の柔らかな手が僕の髪を優しく梳く。

男性が安心して眠れるようにと額に口付けを落とす。

青年が眠れるまで子守唄を歌おうか?と冗談めかして言うと、両親だろう二人に引きずられるようにして部屋から連れ出されてしまった。





気付いていないふりをしたかった。

僕は本当は死んでいて、これは死後の世界で見ている夢のような幻なんだと思いたかった。


ベッドに寝転がりながら、自分の髪を触る。

それは太陽の光を受けて輝く月の色をしていた。

純日本人の黒い髪はどこへ行ってしまったのか。

体は一回り小さくなったような気がする。

がりがりで筋張っていた貧相な体は柔らかくフワフワしている。

手は小さくて、まるで女の子…


そうだ、女の子だ



僕、桜木悠太は男子校に通う正真正銘の男だ。

学園は同性愛が盛んだったけれど、僕は女の子が好きだった。

確かに、相手が同姓というのに違和感は特になかったけれど。

それでも、自分が女になっているのには違和感がある。

声が出るなら今すぐに叫びだしたいぐらいに。


あの3人組は僕のことを『ミランダ』と呼んでいた。

どうやら、この体の持ち主の名前がミランダなのだろうけれど、どうして僕は僕という意識を持ったまま、この体の中にいるのだろうか。

死んで転生だって?そんなことあるわけがない!

そんな非現実的なことが起こっても嬉しくない。

神様はなんだって僕にこんな試練を与えるのだろうか。

生きていくのはもう嫌なんだ!


なんで、どうして、



声が出るなら世界を呪えるほどの暴言を吐きたい。

体が動くなら全てのモノを壊してしまいたい。

そして、本当に、頼むから、死なせてくれ。






「ミランダ、おはよう」


昨日の女性が部屋に入ってきた。

僕の顔を見て、一瞬だけ悲しそうな顔をしてまた笑みを口元に湛える。


「今日は貴女と一緒に一日を過ごしてみようと思うの。

忙しい旦那様にはズルイと言われてしまうかもしれないけけれど、女の子同士お話したいじゃない?」



お話、といっても僕は話すことも出来ないし聞きたくもない。

ふと視線を女性から離すと、手を握られる感触に思わず肩が揺れた。



「ねぇ、ミランダ。貴女が生まれたときの話をしようと思うのだけれど…聞いてくれるかしら」


聞く気はないけれど、耳からは勝手に言葉が入ってくるんだ。

話したいなら勝手に話せばいいんじゃないか?

僕はもう何も気にしないし、なにもしない。



「15年前、貴女が生まれたとき、お披露目会をしたの。

この国では伝統行事なのだけれど、魔女がやってくるのは王族だからでしょうね。

私、旦那様に見初められて結婚したのだけれど、それまで平民だったから魔女という存在に驚いたわ。

御伽噺に出てくる魔女のように恐ろしいのかと思ったけれど、とても若い姿をしていて綺麗で、貴女の誕生を心から喜んでくれたわ。

…でもね、貴女は生まれた頃から体が弱くて、生きて5年とお告げされてしまったの。

私たちは悲しくて悲しくて、生まれたばかりの貴女を手放したくなかった…。

だから魔女にお願いしたのよ。

どうか元気な子に育ちますようにと。

もっともっと生きて、成人の義も結婚式も、孫の顔も見たいとね」


衝撃的な話だった。

日本ではないと思っていたけれど、魔女という存在がいるということはここはもう地球じゃない。

もっと遠くの世界なのだろう。

それに昨日の男性はまさか国王?王族って今言ったよね?


ポカンとした間抜けな顔で女性を見ていたのだろう。

彼女はクスリと笑って、話を続けた。


「魔女は貴女に呪いを掛けてくれたわ。

悪いほうの呪いじゃなくて、良いほうのよ?

それが眠りの呪い。

貴女が元気な体になるまで眠り続ける呪いよ。

15年前、眠りについた貴女を私たちはいつもいつも見守っていたわ。

何年、何十年たってもいいから、どうか元気な貴女に会いたい。

だから待っているのは苦じゃなかったの。

日に日に、少しずつ成長していく貴女が見れて幸せだったわ」



女性の優しい瞳。これは母親の瞳だ。

忘れていた、母の、暖かな陽だまりのような瞳。


「生まれてきてくれてありがとう。

これから大変だと思うけれど、私たちと一緒に頑張って生きましょう?

魔女に助けられた命、そうそう手放してはいけないわ」


言われて、ハッとする。

この人は、僕が死にたがっていたことに気付いていたのだろうか。

慈愛に満ちた瞳は少し悲しそうに見える。

でも、でも、僕はこの人たちのことを知らない。

彼女たちの子だとしても、僕にとったら赤の他人なのに。

それなのに、どうしてだろう。



「あらあら、泣き虫さんねぇ」


腕の中に抱き込まれた。

暖かなこの人の体温に縋り付きたくて、でも抱きしめられなくて。

それが伝わったのか、痛いくらいにギュッと力強く抱きしめられる。


僕は、僕は…この温もりから離れたくない。

手放したくない。

1人に、なりたくない。



生きてもいいのだろうか。


だれも、僕を嫌ったりしないのだろうか。


もう、怖い思いをしないでいいのだろうか。


桜木悠太、今の名前はミランダ。

彼女はこの世界で生きてもいいですか?

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