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水晶

以降は不定期連載です。

と言うか、最初は後1話で終えるつもりだったのですが、ちょっと伸びました。

水晶狙いで漕ぎ出した第2ビオトープでの最初の1尾目は黒曜だった。

しかし、第1ビオトープではメインで狙って釣っていた魚だったので、素直に嬉しい。


そんな私の様子に、スーさんはますます口をへの字に曲げる。

網を脇へと片付け、早くもオールを掴んでいた。


「あ、移動しますか?」


お互いに言葉は全く通じない。

そんな私たちだったけれども、私はスーさんの身振り手振りで、スーさんは私の表情の変化で何を言いたいのかを何となく分かるようになっていた。

お互いに空気を読み合っていると言ってしまえばそれまでなのかもしれない。

私は勝手に呼吸が合ってきたと思っていた。


次に向かったのは、菱形の浮き草が水面いっぱいに広がるエリアだった。

浮き草と言っても普通の浮き草ではない。

その大きさは1枚1枚が70センチから1メートルはある。

あまりの馬鹿馬鹿しいまでの大きさに思わず笑ってしまう。


そんなゴキゲン状態の私にスーさんが声を掛けてくる。


「ィキ」

「あー、はいはい。早く竿を出せってことですね」


基本喋らないスーさんが唯一喋るのは私の名前だけだった。

とは言っても、それはかろうじてそう聞こえるというレベルの発音で、そしてそれは大体文句を言いたい時のようだった。


こう浮き草が敷き詰められている状態だとバズベイトでは役に立たない。

そこで先程不発だった赤いカエルを出した。

最初に勧めてきたからには、多分、実績があるのだろう。


浮き草を観察すると、所々水面が見えているエリアがある。

そうした浮き草の穴、スポットをどうしたら効率よく探れるか考え、ルアーを通すルートを決めてから、その最初の地点となる岸際へと向かってフルキャスト(全力でルアーを投げる事)した。


浮き草の上へと落ちたカエルを、その上でぴょんぴょんと跳ねさせる。

振動は水の中へと伝わり、そして魚がいればそんな浮き草を注視するはずだ。


この上に獲物がいるぞ。

見えざる別世界へとメッセージを送るように、アクションを加える。


やがてカエルはラインに引かれて、スポットへと至る。

カエルは葉の上をジャンプし、スポットへと躍り出る。

着水したのを確認してポーズ(魚が食べる間を作る事)を入れる。


スポットの大きさは30センチほど。

あまりアクションを付けられない。

波紋が消えた頃に一度だけ左右に首を振らせてもう一度ポーズを入れる。


しかし、何の反応も無い。

そのスポットを諦め、再び葉の上へと移動させる。

そしてスポットに入る度にアクションを加えた。


1投目に反応は無かった。

スーさんがゆるやかに漕いで、ゆっくりとボートを浮き草沿いに流す。

それに合わせ、次々にキャストを繰り返し、ひとつひとつスポットを探っていった。


何投目かについに魚の反応があった。

スポットへと落ちたカエルが、瞬間、まるで蹴られたかのように空中へと弾けとんだ。


「なんっ!?」


カエルは宙を舞い、離れた浮き草の上に落ちる。

スーさんを振り返る。

するとスーさんが頷いた。

どうやら今のが目的の魚、水晶らしい。


あまり捕食の上手い魚ではないのかもしれない。

カエルの手前で反転し、その尾びれが当たったのだろう。


トップウォーター(水面で使うルアー)での釣りをしていると、こちらのミスというよりも、魚の捕食ミスとしか言いようのない事態に出くわす事は少なくない。


それにしても大きかった。

見えた銀色に輝く尾びれは太く、あれが小さい魚な訳が無い。


手元までフロッグを巻き取り、もう一度同じポイントへと投げ入れた。

しかし、今度は反応は無かった。


その後もボートを流して攻めていったものの、反応は無かった。

スーさんは口をへの字に曲げている。

ここが最も有望なポイントだったのだろうか。

それならばどこを探るべきか、すべてのポイントから最も有効な解は何なのか。

そんな思案顔のスーさんに身振り手振りを交えて提案した。


「スーさん、もう一度流してみましょう」


時間的にはワンチャンスあるか無いかだろう。

朝モヤはもうほとんど消え掛かっている。

それでも私のアングラーとしての直感が囁いていた。

奴はもう一度現れる、と。


しばらく考えていたようだったけれども、スーさんはやがて頷き、ボートを後ろ向きに漕ぎ出した。

良いだろう。やってみろ。

そう言わんばかりの力強い頷きだった。






これがラストチャンス。

施設の中は作られた環境でも、朝が6時間も7時間もある訳では無いようだった。

実際の外の日の進みに合わせて日は昇り、そして沈む。

既に朝モヤは消え掛かっている。

その最後のチャンスにかけた。


ひとつひとつのスポットへとカエルを落とし、待ち、アクションを入れる。

駄目だと判断したら直ぐに回収し、次のスポットへ。


ボートを流し直してから10分と待たずに、その時は来た。


「出た!」


スポットへと飛ぶ込むように落ちた赤いカエル。

その着水による波紋が消える前に、カエルはバフッという音ともに姿を消した。


焦らずにまずはリールを巻く。

ポーズを入れるために緩めていたラインテンションを張る。

水面は波だったように波紋が残る。

ラインへと魚の重さが掛かる。

それを感じた瞬間に、私は思いっきりフッキングした。


ロッドにずしりとした重みが乗る。

掛かった。

僅かにロッドを倒しつつ、リールを巻き、さらにロッドを立てようとした所で手が止まった。


動かない。

まるで根がかり(水中の障害物に針を引っ掛けてしまう事)したかのように。

もしかして、バラして(逃がして)しまったのだろうか?

浮き草の根に掛かり、そのまま魚が逃げてしまっている事はありえる。


そういぶかしんだ瞬間、ドラグが鳴り、じりじりとラインが引き出されていく。

疾走するような引きではない。

じわりじわりとたぐり寄せられるように。


ロッドが重かった。

プロの格闘家に腕相撲で遊ばれながら、じりじりと倒されていくような、そんな感覚。

それに耐えきれずに、思わずバランスを崩した。


「あ」


落ちる。

そう思った刹那、肩をつかまれた。


スーさんがどうやら押さえてくれたようだ。

振り返る余裕は無い。


段々とドラグが鳴る感覚が長くなっていく。

今までが準備運動だったとでも言うように、より大きな力で引かれていく。


不意に、ふわりと良いにおいがした。


「ス、スーさん!?」


スーさんの手が腰に回されていた。

え?

頭に言葉に出来ない空白が生じた。


スーさんが何をしたいのか、理解するより早くその体が離れる。

ちらりと下を見ると、お腹にベルトが回されていた。

後ろからはカチャリと何かを留めた音。


どうやら私が落水しないようにベルトで止めてくれたらしい。


「ありがとう」


踏ん張る。

ロッドのグリップエンドをヘソに当て、しっかりと固定した。


あの浮き草はそれなりに硬さがありそうだ。

ラインと擦れないだろうか。

擦れが生じると、ラインの強度は途端に下がる。

どんなに強靭な太いラインであっても、ほんの些細な傷ひとつで、簡単に切れる。

プツリと。


それでも耐えるしか無い。

ロッドコントロールなんて物は無い。

ただひたすらに、耐える。


どれほど待ったのか。

どうやら魚は根負けしてくれたらしい。


鳴りっぱなしだったドラグがついに、鳴らなくなった。

それでもロッドを立てられない。

浮き草の根が絡んでいるのかもしれない。

それほどに重い。


渾身の力でロッドを支え、僅かばかりでもリールを巻く。

必至でたぐり寄せた。

腕はパンパンに張っている。


10メートル、7メートル、5メートル30センチ、3メートル。


浮き草に阻まれて、魚の姿は見えない。

それでももうすぐそこのはずだ。


ただルアーを巻いていた時には何の抵抗もなかったハンドルが、今はとてつもなく重い。

普通のリールだったらバラバラになっているんじゃないか?

そんな妄想が不意によぎる。


華やかな銀色の輝きを放つリールは、淡々と魚の引きに合わせてラインを送り出し、ハンドルを巻くのに合わせてラインをたぐり寄せた。


そして。


「デカ!?」


浮き草の間のスポットに現れたのは、昇った日の光を受けて白銀に輝く美しい魚だった。






スーさんがスポットの近くまでボートを寄せてくれた。

何本かの浮き草がボートの下敷きになっているのは大丈夫なのだろうか?


スーさんは浮き上がらせた魚を慣れた手つきで、網ですくった。

網には体を折り曲げるようにして収まった。

70センチほどの大きさだろうか。


水晶。

なぜそう呼ばれるのか、魚体を見て納得した。


全体的な印象は雷魚よりも、それはアロワナに似ていた。

アロワナよりは全体のシルエットがいくらか丸い。

顔はどことなくカワウソに似ていて、そこだけ見れば確かに雷魚っぽいかもしれない。


お腹の側が白銀に輝いている。

そして背中にかけてそれが透けていく。

うっすらとみえる背骨を美しいと思った。

まるで掘り出したばかりの水晶。


たまに狙っていないのに雷魚を釣ってしまう時が有る。

その時には正直、気持ち悪いと思った。

まるで蛇のようにのたうつその様は掴むのを躊躇させた。


今、目の前で顎を動かし、エラを動かしている水晶も確かにそれに似た動きをしている。

身をよじるように動く度に、その体が光を反射して煌めく。

その様はむしろ艶かしく、怪しい。

気持ち悪いなんて微塵も思えなかった。


その体を掴もうとして、スーさんに止められた。

良くは分からないけれども、何やら顎が危ないようだ。


確かに口にかかったフロッグを外すと、フロッグが真ん中で千切れていた。

なるほど。

顎の中の歯は、文字通り、水晶群になっていた。


スーさんが用意していた大きなクーラーボックスを開ける。

中には水がためられていた。

早く入れろとばかりに目線で中を示す。

いつまでも眺めていたかったけれども仕方無いので、その中へとそっと魚体を網から移した。


クーラーボックスに水晶を入れると、スーさんはあっさりと閉めてしまう。

写真が撮れたら良かったのにな。

そんな埒もない事を思い、そして座り込んだまま起き上がれなくなった。


腰が抜けていた。

スーさんを見ると、有るか無しかの微笑が口元に浮かんでいた。

水晶 = 死ぬと体が結晶化し、最終的には結晶群と化すので食べる事は出来ない。その結晶化した魚体は美術的価値が高く、高値で取引される。

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