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xx・xxスーxxxx・xxxx

ニコリともしない彼女を校長はスーと紹介した。

本名をきちんと言ってくれたけれども、何と言ったのかさっぱり分からない。

ただ、途中、かろうじてスーと言っている部分だけは確かに聞こえた。


タンクトップに軍物のパンツを履いた姿はまるで軍人のよう。

身長は校長よりも高い。

私と同じくらいだろう。

という事は170センチくらいか。


どうやら彼女が私がここで釣りをする時のガイドになってくれるらしい。

黒瀬さんはどうやら別のガイドが専属で付いているようで、スーさんが私のガイドとして付く事を聞くと、不満そうな声で呟いた。


「良いなぁ、入木さん」

「黒瀬さーん、そんな事言って良いんですか?ニルが怒っちゃいますよ?」


言う校長はニヤニヤと笑っている。


「それは困ります。いやー、スーさんも可愛いけれども、ニルちゃんはもっと素敵だなぁ」


そのやりとりを聞いても、スーさんはまったくの素面だった。


「あ、入木さん、スーは日本語全く駄目なんで」

「え?それって大丈夫なんですか?」


髪の色だけでなく、目の色も日本人とは違うし、何よりその顔つきから日本人ではないというのは分かっていた。

無口なのはそのせいだろうか。

それとも元々の性格か。


「大丈夫ですよ。スーは他の方もガイドしてますけれども、問題が起きた事は一度もありませんので。こう見えても優秀なんですよ」

「そうですか」


何か英語で挨拶でもした方が良いだろうか?

そう思っても、特に気の利いた挨拶は出て来なかった。


「それじゃあ始めましょうか」


そう言われ、準備をしていたスーさんが取り出したのは、どう見ても金属製の謎の筒だった。






謎の筒の正体は小手だった。

高校の授業でやった剣道の時に付けたそれに似ている。

付け方を教わりながら装着した。

軽く叩いてみると、高く澄んだ音がする。

なんだろう?スチール製だろうか?

軽く振ってみたけれども、ロッドを振るのに邪魔になるような重さではない。

ただ、手の甲まで覆っているので、多少動かしにくくはあった。

指先は釣りに必要な作業がしやすいように指抜きがしてある。


「なんです?これ?」


釣りをするのにこれを付ける理由が全く分からない。

万が一、落水した時のためにライフジャケットを着るというのなら分かる。

しかし、小手を付ける理由は何だろう?


「驚かないで聞いて下さいね。釣りをしていると、たまに小型のワニみたいな危険な外道が掛かる事があります」

「は?」


言っている意味は分かる。

ただ、あまりにも荒唐無稽な話に思わず岩瀬さんを見た。


「あー、安心して良いと思いますよ。僕も最初に言われた時には不安になりました。ただもう5回くらいここで釣りしてますけれども、実際にそういうのを掛けた事は無いんで」

「そうですね。極まれにです。それでも安全のために念のために付けて頂いております」

「はぁ」


日本でワニに襲われる。

あまりにも想像の範疇を超えた事態だ。

理解が追いつかなかったので、曖昧に頷いた。

スーさんを見ると、大丈夫だ、問題ないとばかりに頷いている。

はぁ、そうですか。


さらに出されたのは、同じような金属素材のブーツだった。

いや、これをブーツと呼んで良いのだろうか?

信じがたい事に、完全防水を実現しているので、水の中に入っても大丈夫らしい。


そして最後に出されたのは、ライフジャケットだった。


「ライフジャケット?ですか?」

「ええ。ライフジャケットです」


出されたそれは銀色に輝いている。

表面に小手やブーツと同じような輝きを放つ金属が、細い糸状に編みこまれている。

金属繊維でセーターを作ればこんな感じかもしれない。


「これで浮くんですか?」

「大丈夫です。もしも落水した場合には圧縮マホー」


そこまで言って、急に校長が言葉を切った。


「うん。圧縮された空気が魔法みたいに膨れて、浮き輪みたいになりますので」


確かに背中側が多少ゆったりとしている。


「エアバッグみたいなもんですかね」

「そう!エアバッグ!あれって便利ですよね!」


あまりエアバッグを便利と評する人には会った事が無い。

まあ、確かに便利な装置だとは思うので、曖昧に頷いた。


そんな私の様子をスーさんはやっぱり素面で見ていた。

あんまり曖昧に頷くのは、日本人像として好ましくないかもしれない。

自重しなければ。






その後の訓練とは、謎なものだった。

実際にロッドを持ち、不意に何か危ない!と思う事があったら、とにかく小手かブーツを前に出す事。

最優先で頭を守るようにする事。

スーさんがバックと言ったら直ぐに後ろへと下がる事。

そういう訓練だった。


思わず笑ってしまったのは、スーさんが口にする「バック」という言葉があまりにもおかしな発音だった事だ。


日本人が言うバックとも、英語圏の人が言うバックとも違う。

良く聞けば、確かにバックと聞こえる、そんな風な言い方だった。


言われた通りに素直に動き、言われるままに繰り返す。

そんな事を1時間程繰り返し、訓練は終わった。


聞けば、これを実際の釣行に入る前にも20分から30分くらいは行うらしい。

それを聞いて、ほんの少しばかり不安に思った。

そんな危ない生物が釣れたりするんだろうか?


しかし、その後に見せられた光景を見て、そんな不安は吹き飛んだ。

大き過ぎる期待によって。


「それじゃあ最後に、ちょっとだけ実際のフィールドを見てみましょうか」


案内されたのは校舎の裏手。

そこには雑木林があり、その中を進んで行くとやがて何か大きな倉庫のような建物が現れた。

大きさ的には先程までいた体育館ほどだろうか?

窓がひとつないので、中を窺い知る事は出来ない。

入る前に携帯電話やデジタルカメラなどの撮影できる物をすべて校長に預けた。

中には機密扱いの生物もいるので、そのための処置らしい。


「それでは入木さんが実際に最初に釣りする事になる第1ビオトープです」


巨大な金属扉はまるで作ったばかりのように綺麗だった。

そんな金属扉を校長が開く。

その先に広がっていたのは、見た事も無い豊かな自然。


左右には草原が広がり、色とりどりの花が咲き乱れている。

そう、草原が広がっていた。

あるはずの壁が無く、実際に草原に立っているような気持ちになる。

振り返ると、そこにあったのは壁ではなく、1軒の掘っ建て小屋だ。


「あの、壁が見えないんですけど?」

「ああ、立体映像を投射してますので、そう見えるだけです」

「そうなんですか?」


壁だけでない。

見上げればそこに天井は無く、夕暮れに照らされて朱に染まった空が広がっている。

とても映像とは思えない綺麗な空だった。


「随分豪勢なんですね」

「いやー、これでも結構カツカツなんですよ」


しまった。今の言い方はちょっと失礼だったかもしれない。

あまりにも常識外の設備に、意識が追いついていなかった。


入り口からは綺麗に整えられた石畳が続いている。

石畳は5メートルほど先で終わり、そこからは全く自然のそれにしか見えない湖が広がっていた。

釣り堀と聞いていてイメージしたものとまるで違っている。


石畳の終わりには桟橋がかかっていて、そこに1艘のボートが係留してある。

桟橋まで歩き、そこから湖の中を覗き込んだ。


そこに泳いでいたのは七色に輝く不思議な魚たち。

大きさは手のひら程。

まるでホログラムのように、光の加減でいくつもの色の層を生み出していくその様は、いつまでも見ていたくなる。


「すごい!」

「分かります。僕も最初に見た時には興奮しました」


もしかしたらこれも映像なのではないのか?

一瞬そう疑った。

その疑いを晴らすかのように、校長が腕を水の中へと差し入れる。

魚は危険を察してすぐさま散り、泳ぎ去った。


「今のは一体、どこの魚なんですか?」

「すみません。それをお教えする事は出来ません。機密扱いとなっておりますので」

「そうですか。残念です。いや、それにしても綺麗でした」


ここで釣りが出来るという事がかなり、いや凄く楽しみになった。


「それでは、最後にここをご覧頂きましたので、こちらにサインを頂けますか?」


何やら一番上と一番下に5センチずつ、奇妙な紋様がこれでもかとばかりに散りばめられた、嫌に豪華に見える書類だった。


内容は、無闇にここを口外し、世に広めない事。

決してネット上に情報を公開しない事。

そして多少の危険な生物と接触する危険性がある事を了承した上で釣りに望む事だった。

それらに違反した際の違約金等の支払い条項がちょっと恐ろしい。


しかし、ここまで見せてもらって、サインを拒むアングラーはいないだろう。

躊躇する事無くサインをした。






その後、予約を行い、最初に釣ったのは黒曜だった。

今までに体験した事の無い魚とのやり取りに感動し、すぐに次の予約を取った。

通っていた野池をこんな所と言っていた黒瀬さんの科白が良く分かる。

他にも釣った翡翠や琥珀と呼ばれる魚もとても綺麗で、そして力強かった。


魚だけではない。

あの今までに見た事のないような綺麗な自然にも魅了された。

アマゾンのような原生林とも、あるいは整備された自然公園とも違う、生き物の輝きが至る所にあった。

勿論、すべてが自然な訳では無く、実際には立体映像などの力も借りているのだろう。

しかし、立体映像だったとしても、どんなテーマパークやイベントで見たそれよりも、数段上の美しさだった。


1回の釣行にかかる入漁料は馬鹿にならなかったけれども、私はあの釣り堀へと幾度と無く通った。

時に黒瀬さんと一緒に、時にひとりで。


5回を超えた辺りで、第1ビオトープから第2ビオトープでの釣りを許された。

第2ビオトープは第1ビオトープよりも広く、さらに力強い魚が棲んでいるらしい。


そんな第2ビオトープで最初に狙う事になったのは、水晶と呼ばれる雷魚に似た魚だった。


「水晶ですか?」

「そう。皆さんはそう呼ばれてますね。本当の名前は……なんですが」


黒曜の名前も聞いた時もそうだったように、今回も全く何て言っているか分からない。

影で校長の事を宇宙人とあだ名している人もいるらしいと黒瀬さんから聞いた時には何ですかそれは?と聞いてしまった。

今は何となく分かる。

校長がたまに話す謎の国の言葉は、とても地球上の言葉には聞こえない。

一度、スーさんと校長が話しているのを聞いた時にもその言葉で話していたので、もしかするとスーさんも宇宙人かもしれない。


「こちらの魚だと雷魚が近いかもしれません。ただし色素が抜け落ちていて体が半分透明なのですが」

「それは見てみたいですね」


釣り人にとって、食べる事、そして釣る行為そのものが釣りの目的だと考えている人は多い。

実際そういう人は多いだろう。


でも、それだけがすべてではない。

釣り道具を持っていなくとも、水場があれば覗く。

そこにどんな魚がいるのだろうか?

その中にはどんな世界が広がっているのだろうか?

多くのアングラーが無意識の内に取ってしまう行動と思考。


水の中の世界は、その外からは窺い知れない。

そんな未知の世界を覗いてみたい。


釣りとはそんな未知の世界に手を伸ばし、そして実際に魚を釣る事はその未知の世界の一部分を既知の世界へと変える行為だと私は考えていた。


都内から茨城の片田舎までは決して近くはない。

それでもここに通うだけの価値があると確信出来る。

ここにあるのは未知の世界。

今ではこのすぐ近くに移り住みたいと考えている程でもあった。


第2ビオトープ。

また開いた新たな世界へとスーさんのガイドで進み出した。

ちなみに校長の名前は「x・コーチョx・xxxxxxxx」

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