……とりあえず爆発すれば?
むしゃくしゃしてやった。後悔も反省もしてない。
だから、僕は言ってやったんだ。我ながら、これ以上は無いってくらい最高にイイ笑みと一緒に、目の前にいる少年に向かって一言、
「うんわかった。とりあえず爆発しとけ」ってね。
今思えば、話は今朝から始まってたんだろう。どんより曇った朝の空を寝起きのはっきりしない頭で見上げながら、そっと呟いた僕がいると思って欲しい。別にいいでしょうその程度、こっちだって格好つけたいお年頃なんだから。
「うんわかった、とりあえず落札しとけばよかったんだ」
そう、今朝は朝っぱらからなかなかに悪い日だった。三段階に折りたためる可変式高枝切りバサミ全長31メートルというなかなかに面白いシロモノを見つけたのが昨夜のこと、まさかこんな物買う人もいないだろうとタカをくくり、もう少し考えてから買おうと思ってた。それで今朝見たら、なんと130個近い在庫が全部売り切れてましたとさ。誰だよ買ってったの。いくらネット社会にワケわかんない人間が多いからって、31メートルだよ?13メートルとかそんな長さじゃなくて、31メートル。マンションだったら10階、下手したら11階分だよ?なんでそんなもんが売り切れちゃうかなぁ、せっかくだからと一個買う決心がついたとこだったのに。
「もういいや、あしゃごはん食べよ………」
そこまで言って、誰かに聞かれてないか辺りを見回す。ああ、そうだとも。確かに噛んだよ、何が「あしゃごはん」だよ!!まったく、幼稚園生じゃああるまいし恥ずかしい。
「もういい!今日のご飯はゆうべ残ったヒチューにする…………ってなんなんだよヒチューって!」
思わず一人ツッコミしてしまう。というかシチューだよ、そんなヒチューなんてなんか黄色い電気ネズミの進化前がやって来そうな名前の食べ物僕は知らん。
「………うんわかった、とりあえず滑舌だな」
そこから落ち着いて直していこう、そう思ったワケだ。でも大事だよね、滑舌。
それから、昼。これもよくなかった。まず、どうも寝ているうちに季節外れの蚊に刺されたらしく右手の甲がカユかったのに、例の(で大体の日本人は通じると思うウで始まるアレ)塗り薬が切れていた。しょうがないから買いに行こうと思ったら、自転車の後輪がパンクしてたし。あの時も空はどんより曇ってたけど、もしかしたらあれもその後に起きることの暗示だったのかもしれない。
そして、何はともあれ薬局。まあ普通に薬は見つかり、レジに持って行った。それは別にいいんだ、万引きなんてするつもり無いし。ただその途中、シルクハットに燕尾服、ステッキを手にしたいかにも!といった感じのコテコテなジェントルマンの見本みたいな人が二つの小瓶を真剣に眺めて迷っていたんだ。怪しいと思う?少なくとも僕は怪しいと思った。だからスルーして通りたかったんだけど、その人僕が横を通ろうとした瞬間こっちを向いて、
「おおそこの君!ちょっと済まないが、意見を聞かせてもらってもいいかね?」
「は、はぁ……」
嫌です。そう言えないのが日本人の伝統。いらないよこんな伝統。
「この間白髪をどうにかしようと思って緑の髪染めを使ってみたら家族から大不評だったのだが、このオレンジと紫ならどちらが無難だろうか?」
「うんわかった、とりあえず白髪に戻しなさい」
即答だった。個人的には『しらが』って言うより『はくはつ』って言う方が品があると思うんだけど、どうだろうか。どうでもいいか。
そして不満げな紳士、いやもう紳士なんて呼んでやるもんか、おっさんAでいいや。おっさんAを薬局に放置して帰る途中、今度はフルフェイスマスク(ダイバーが海の中でつけてるあれね)にウエットスーツ、酸素ボンベを背負って足ひれをペタペタいわせながら銛を持って歩くとんでもない不審者とすれ違った。いやいやいやおかしいよね、と思う間もなくそれ、というのも男か女かわからない、というかむしろ異常すぎて本当に人間かどうかも怪しかったからなのだが………は通りに面した魚屋の前で立ち止まり、おもむろに手にした銛で店先の真鯛を一突き!そしてその「獲物」を軽く太陽に透かして確認し、重々しく首を縦に振るとまた堂々とした足つきで元来た道を帰っていった。あまりのこと過ぎて僕を含めたその場にいた人全員が呆然としていると魚屋のオヤジが一言、
「泥棒だ…………」
「うんわかった、とりあえず告発しようか」
巻き込まれる前にさっさと家に帰ったから、そのあとどうなったかは知らない。ただ、あんまり急いで帰ったせいで夕飯用のキャベツを買い忘れたことに気付いた。それが夕方のころ。キャベツがないとロールキャベツができないので諦めてもう一度買い物に行くことにした。この時もまだ空はどんより曇ってたから、やっぱり今日の天気は一種の暗示だったのかもしれない。
そして、八百屋についたらなんて言っていくらオマケしてもらおうか、なんてことを考えながら歩いているといきなり、後ろから背中を思いっきり叩かれた。そのショックで前につんのめると聞こえてきた、思いっきり元気でハイテンションな有頂天そのもの、といった感じのとある知り合いの声。
「よう!あいっかわらずしけたツラしてんなーお前は!俺か?俺はアレだぜ、もう絶好調だぜ!え、なんでかって?聞きたいか?なあそんなに聞きたいか?」
正直に言おう。僕はこの時すでに、物凄くイラッときていた。普通そうだろう、いきなり前フリなしでなんかもんのすごくうざいセリフを叩きつけられたんだから。つーかお前以外誰も一言も喋ってねえよ。それにこれ、何があったかは知らないけど明らかに自慢がしたいだけだろがどう聞いてもよ。でも、だからだったのかもしれない。その清々しいまでのうっとうしさと図々しさがあったからこそ、逆に聞いてみようと思ったのかもしれない。そこまで人がうざくなれるほどの理由を。普段だったら絶対にしないんだけどねえ、だって相手もそこ聞いて欲しがってるの丸わかりだし、一々自慢を聞いてやるほどこっちも暇人じゃないし。でも、その時は思わず聞いてしまった。聞いて、しまったんだ。
「………それで、一体何があったんだい?」
「お、おお?聞きたいか、聞きたいと申すかお主はよぉ!!ならば仕方ない、この俺様が無知なるお前に対して教えてしんぜよー、はーはっはっは!!!」
「帰る」
「わーわー待て待て!ここまできといてそりゃねえだろっての!!頼むから聞いてくれよ、俺のビッグな自慢をよ!!」
コンマ1秒で返事したことを後悔した。今自慢ってはっきり言ったよねこの人。でもこの男の性格から考えて、ここで下手なことを言って逃げたりしたらこの先10日ほどそれはそれはしつこく、ネチネチネチネチと絡まれるのは目に見えてる。しょうがないさ、今日はとことんついてない日なんだ、と自分に5~6回言い聞かせ、もう一度ゆっくりと聞いてやる。言葉の端々に『さっさと言わないと殴る』という意思表示を込めて。
「それで、一体何があったんだい?」
「んー、どっから話そうかなー。まず一つ聞いときたいんだけど、お前、今日が何の日か知ってるか?」
今日が何の日か?今日は普通に平日だと思っていたんだが、何かある日なんだろうか。ただとりあえず、個人的な意見としては。
「人生でも下から数えたほうが早い程度には悪い日、かな」
「がはははは、そうだろうそうだろう!確かにこれまで通りの年なら、俺だってそうだったとも!だからその気持ちはよーくわかるぞ、心配するな!」
なんだろうか、この変な会話は。こっちは今日一日にあったあれこれ、そして今目の前にいる存在から判断して意見を出したのに、どうやらこいつにとっては違う何かがあるらしい。やだねこういう勘違い、めんどくさい事になる予感しかしないよ。
「だがいいか、せっかくだから一から教えてやる!今日はなんと、2月の14日なんだよ!とくれば答えは一つ、そうだろう?」
「2月の14日………?はて、そういえばカレンダーに何か書いてあったような気がするが」
「おいおい、いくら辛いからって現実から目をそむけんなよ!じゃあヒントだぜ、今日は『バ』のつく日だろ?」
「話が長い、僕は帰る」
「あーもうわかったわかった!もっと焦らしてやろうと思ったのに、しょうがねえな。ならあっさり種明かしするぜ、コイツを見てくれや!」
そう言ってこっちの顔面スレスレに叩きつけるようにして突きつけたのは、可愛らしいピンク色のリボンで包まれた小箱。
「だから、一体なんだって言って………」
「貰っちまったんだよこの俺がよ!!バ・レ・ン・タ・イ・ン・チョ・コをよおおおおお!!!どおおうだ羨ましいだろすげえだろ、見せてはやるけど絶対一口たりともお前にゃあやらねえかんなっ!!」
ああ。そうか今日は、その日だったか。そしてこいつは、それでこんな気持ち悪いくらい浮かれてるのか。しかし、相手の女の子は一体何を考えて、よりにもよってこんなのにチョコを贈ったんだろう?いやまあ、人の趣味に口を出す気はさらさらないからいいんだけどさあ。ただまあ、ここは素直に言ってやるべきだろう、あの言葉を。
だから、僕は言ってやったんだ。我ながら、これ以上は無いってくらい最高にイイ笑みと一緒に、目の前にいる少年に向かって一言、
「うんわかった。とりあえず爆発しとけ」ってね。
作者の今年の実績:0個
一言:男子校では流石にムリゲー過ぎる………。