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へびの夫婦  作者: たま
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プロローグ

 ある国のあるところに、ひとつの国がありました。

 そうしてその西のはずれ、誰も住んでいない湿地帯を抜けた先の小さな丘に、ひとつの塚が立っておりました。

 塚の中央にある丸い大きな石はぴかぴかに磨かれ、まるで鏡のようにつややかに光っております。そうしてよく見ると、五方にも同じような形の石が置かれており、真ん中の石とそれを繋ぐように地面には不思議な文様が刻まれておりました。

 それは地面に刻まれているのに薄ぼんやりと青白い光を放っており、どんなに踏んでも消そうとしても、消えることのない不思議なものでした。



 そうして今、その不思議な文様の中心、ぴかぴかに磨かれた塚にもたれかかるようにしてひとりの幼い少女がくうくうと眠っておりました。

そうして、その幼女の身体には赤と青、二匹の大蛇がぐるりぐるりと巻きついておりました。

 しかしそんなことちっとも気にした風もなく幼女は気持ちよさそうに眠っています。大蛇もぽかぽかとふりそそぐ陽光の元、うったりと眠っているようでした。


 そのうちに幼女がころんと寝返りを打ちました。その拍子に赤いほうの大蛇が幼女の身体に押しつぶされます。

その途端むぎゅう、と悲鳴にも似た声が上がりました。


「ちょっ! あ、姐さん、姐さん、苦しいです! 起きて下せえ……っ! 」


 じたばたともがく赤蛇からその声は出ています。少年のような声はかなり大きなものでしたが、幼女はかまわず実に気持ちよさそうに眠りこけているようでした。


「少しぐらい我慢しろ、赤坊」


 赤蛇を諌めたのは、涼やかな声をした青い大蛇でした。

 つぶされずにすんだ青蛇は、幼女の身体の上をにゅるりと動きながらその鎌首をもちあげます。


「紫さまはお疲れなんだ。連日、夜になるとこの塚の周囲で不穏な気配がするだろう。だからほとんど眠れてないんだよ」

「そうだけどよ……」


赤蛇はそっと紫と呼ばれた幼女の顔を覗き込みました。

あやかしの力が弱いためいつまでたっても幼い姿にみえる主君の顔には、たしかに疲労の陰りが見えます。


「うん、頑張ってるもんなあ、姐さん……」

「うん」

「自分じゃ戦えないのにさ、こんな危ないところでひとりでさ」

「うん……」


 赤蛇の言葉に、青蛇は小さく頷きました。

 何故だか最近、この塚の周りでは「気持ち悪いもの」が現れやすいのでした。ぐにゃぐにゃなものに虫のようなもの、ひどいにおいのするもの、あやかしに似ているけれどあやかしでないもの。形は千差万別でしたが、それは明らかに敵意をもって塚を守っている紫たちを襲ってくるのでした。


 実のところそのたびに戦っているのは、この二匹の大蛇たちでした。 この大蛇たちは「紫」を守ると心の底より決めております。だからそれはちっとも構わないのですが、問題はもともと身体もあやかしとしての力も弱い紫が、こんな危ないところに見切りをつけて、さっさと立ち去ろうととしないことでした。


 毎日塚の周りをきちんと掃除し、真ん中の厳つい石をぴかぴかに磨いては、そのあたりでつんできた花を手向けます。

 時間があるときは塚にもたれてひなたぼっこをしたり、二匹の大蛇がねだるがままに歌を歌ってくれたりもします。

 つまりのところ紫という娘は、用事がない限りは塚の傍からけっして離れることをしないのでした。




 

 幼女につぶされたままの赤蛇はふうと息をつきます。



「だいたいさ、こんな塚放っておいてもいいのになあ。いくら婚姻関係にあったといってもさ、完全に形だけだったじゃねえか。あの男、姐さんのこと全然大切にしてなかった」

「……うん」

「姐さんのこと好きじゃなかったんだろ。跡継ぎも側室に産ませる予定だったとか聞いたぞ。側室の女ばっかり可愛がりやがってよ。姐さんはいつもほったらかしでよう。指一本触れるのも汚らわしいとか言ってたって側室の女が言ってるの聞いたぞ」



 そこまで言って、赤蛇はぐうと言葉に詰まりました。紫の心情を思うととても悲しくなってまったのです。

 この赤蛇と青蛇は、紫というこの蛇骨族の娘のことがとても大好きでした。

 ずうっと昔、あやかしでもない単なる子蛇だったころ。野生の動物に食われそうになっていた二匹をぼろぼろになりながらも助けてくれたのが、この紫だったのです。

 そのころからずっと、二匹はこの無口だけれど優しい娘が大好きでした。


「うん。そうだよな……。あんな扱い受けてたのに、なんでそんな男の塚を必死になって守るんだろうな……」


 青蛇はかなしげに瞳を伏せて首を傾けました。

 それは赤蛇にとってもとても不思議なことでした。


――こんな塚放っておいて、どこか余所の場所に行きましょうよ。他の生き残りの蛇骨族もみんな余所に逃げちまいましたよ。


 青蛇と赤蛇がいくら言っても、紫は首を縦には振りませんでした。

 しまいには「そうだねえ……お前たちを巻き込むわけにはいかないねえ……。やっぱりお前たちだけでも余所に逃げたほうが良いかもしれないね……」と言い出す始末でした。

 その言葉に二匹の蛇はびっくりしました。紫から離れるなんてもってのほか。二匹にとっては天地がひっくりかえってもありえないことだったからです。

 だから今では、紫が起きているときにこの話題を出すのは避けておりました。



「まあどこにいようと僕たちが姐さんを守るってことには変わりないんだから、それでいいじゃないか」

「そりゃあそうだな」


 青蛇の言葉に赤蛇もにやりとします。

 紫を守る。

 二匹の行動原理はとってもとっても単純明快なのでした。



「うーん……」



 そのときようやく紫が瞳を開けました。いかにも眠そうに起き上がり、そうして自分が赤蛇を下敷きにしていることに気づいてそのぽやんとした赤い瞳を大きくしました。


「あれ、赤坊……おまえどうしてこんなところに」

「こんなところじゃねえですよ姐さん。姐さんがごろんと寝返りを打つからですぜい」

「そうか……すまないなあ。けがはない?」


 紫は素直に謝り、そうして赤蛇の頭をやさしく撫でました。その感触に赤蛇はうっとりと瞳を細めます。

 それをちょっとばかりうらやましそうに見ている青蛇の視線に気づいたのでしょう。

 紫はちいさく笑って、そうして青蛇の頭も反対の手でやさしく撫ではじめました。



「あれっ。青坊、なんかお前ずるくないか?」

「いいじゃないか」




 つんと顎をそらす青蛇と、不服の声を上げる赤蛇を優しく見やって、紫はふふ、と声を上げました。めったに笑うことのない、感情を表に出すことの苦手な娘でしたが、この二匹といるときだけは話は別でした。



 陽光の下、蛇を膝の上に乗せて撫でている幼女の白い髪には寝癖がついてしまっております。

 その頭と背中をそっと塚にあずけて、紫は空を見上げました。




 本日は晴天。とても気持ちの良い日です。

 あの日もそうだったな。

 ふと紫は思いました。


 そうして、「あのお方」と最後にかわした言葉をも思い出しました。



――いいか。夜には帰ってくるから必ずここで、この館で大人しく待っていろ。いいか、俺の許可なく勝手に出ていくんじゃねえぞ。




 はい、と今の紫も心の中で頷きました。

 

 待っております。待っておりますとも。

 あなた様がそう言われるならここでいつまでもお待ちいたします。

 たとえ目覚めたあなた様にあのときの話の続き――「離縁」を言い渡されるとしても。




 紫はそっと赤い瞳を閉じました。


 この塚に「あのお方」が封じられて数十年。

 どんなに長い年月がかかっても。




――ずっと、ずっと、紫はお待ちしております……。



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