幻想~月明かりの夜~
高校時代に書いたものなので、文章が拙いのはお許しください。
幻想~月明かりの夜~
月の明るく輝く晩のことだった。
こんな日は、月の精が誘うのか、ついつい外を散歩してみたくなるものだ。
やはりこの男も、そんななかの一人であった。
カツン カツン カツン
男の靴音だけが高く響き渡り、辺りは妙にシンとしていた。
男にとって、いつも歩きなれた道のはずなのに、どこかいつもと違って見えるのは月明かりのせいであろうか?
電灯が木々に不思議な陰影をつけて微妙な光と影のコントラストを作り出し、どことなく神聖な、別天地へでも来たかのような心地よい雰囲気を醸し出している。
男はふと、何を思ったのか背広のポケットに手を入れた。
中からとっくの昔になくしたはずのビー玉やベーゴマ、無敵の面子などがばらばらとこぼれ落ちたのを見て驚き、そこが昔良く遊んだ場所であるのをふと思い出して苦笑した。
同時に、まるで子供の頃に帰りでもしたかのような自分の心にも・・・。
男は微笑み、ベーゴマに紐を巻いてみた。
昔はよく巻いたものだったが、今ではもうすっかり忘れてしまったらしく、上手に巻けない手がもどかしかった。
「おじさん、それじゃあ駄目だよ!」
不意に、鈴を振るような可愛い声がしたので、男が驚いて振り返ると、少女のような少年がそこに立っていた。
手足は透けるように白く、頬は薔薇色に輝いていた。
男は手にもったベーゴマを慌てて隠し、少し照れた笑いを浮かべた。
「おじさん、僕にも貸して!」
少年は男の手からベーゴマを取り、魔法のようにすいすいと紐を巻き始めた。
「おじさん、花火しようか?」
少年が男の目の前に差し出したそれは、線香花火だった。
懐かしい母との夏が男の心をくすぐった。
『母さん花火、お星様みたいだね』
『そうよ、お星様のかけらなのよ』
『うそだ~~い!』
言いながらも不安になって、こっそり夜空を見上げ、空に星があることを確認したものだった。
鼻を突く火薬の匂いがして、線香花火がはじけだした。
昔と変わらない金色の花の輪舞。
「星を・・・見ようか?」
少年の言葉に、男は空を振り仰いだ。
いつの間になくなったものか、上空には、子供の頃に見た満天の星空は見られなくなっていた。
「違うよ、こんなところで見たってダメだよ、目をつぶって・・・!」
目をつぶってどのくらい時間がたったのだろうか、少年のいいよの言葉とともに目を開けると、そこには手が届くほどの距離に、昔見たあの星空が広がっていた。
赤、白、青、金に銀と、眩しいほどの色と光の洪水が男の心を優しく包み込んだ。
「母さん・・・」
男の瞳から銀色の雫が流れ落ちた。
なんだかわからないが、なんともいえない熱いものが心の奥底からこみ上げてきて止まらなかった。
「俺は・・・いつの間にこの熱いものを忘れてしまったのだろう・・・」
温かいものに包まれて、男は深い深い眠りに落ちていた。
目が覚めたとき、そこは男の部屋だった。
これが男の幻想なのか、月明かりが見せた幻なのか、それとも、忘れてしまった少年の頃の記憶が月明かりの魔法で呼び起こされたのか、それを知るものは今はもう誰もいない・・・。
END
読んでくださってありがとうございました。