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- 1月9日、その後。生命のマラソン。

 1月9日(日誌の続き) 



 午前10時40分。

 ふと、小屋で横たわっていたムサシが立ち上がった。

 陽が入ってきたからだろうか。一瞬だが元気な姿を見せた後、また旋回運動をし始めた。

 朝よりも足取りが軽く、明らかに回復している……とまではいかないが、

 ともかくまだ歩くだけの元気はあるらしい。

 そういえば夜中ずっとグルグル回っていたのなら、体力的に朝で限界だったのだろう。

 さっき横に倒れてから回復したのか。



 午前11時40分

 また倒れた。

 本当に足がおぼつかないらしく、細かい段差ですら登れなくなっている。

 旋回運動で繋いだチェーンが絡まったのを直そうとしたら、後ろで倒れた。

 小屋に移動させ、毛布をかけて横にした。息はしているが、時間の問題のような気もする。

 もし人間だったら「死ぬな、頑張れ」って声をかけたかもしれない。

 けど、それでもアイツは歩いていた。

 痛々しく。それを見れば分かる。

 アイツは頑張ってる。頑張って歩いてる。

 だから、頑張れなんて声かけられないし、死ぬな、なんても言えない。

 私が言う資格なんてどこにもないんだって。

 泣いている母に「仕方ない、仕方ない」ってずっと私は言ってるけど、

 何が仕方ないのか自分でも分からなかったりする。

 歳が?病気が?運命が? 何が仕方ないのか。

 分からない。



 午後5時

 アイツはまだ頑張っている。

 一時間歩いては倒れ、また一時間寝ては歩くを繰り返しを今まで繰り返している。

 しかし、明らかに時間が経てば経つほどに足元がおぼつかなくなっている。

 正直、すさまじい生命力だと感心もしているが、本当に時間の問題であることも認識している。

 人間で例えるなら、朝から何も食べずにマラソンし続けているようなものだ。

 給水も食事もとらないまま、生命のガソリンが続く限りアイツは歩き続けるだろう。

 何がアイツをそうさせるのだろうか。フラフラの足を動かし続けるのは何なんだろう。



 午後7時

 夜になると、ムサシは小屋で寝たままになっていた。

 再び歩く気力を溜めてるのだろうか。息はまだ続いている。

 こんなこと言うのもなんだが、もうアイツは良くやったと思う。

 正直、朝に倒れた時点で私はもうダメだと思っていた。

 それから半日以上。アイツは生き続けた。

 だから、もういい。家族もそう思い始めていた。

 もういい。ここまで生きてる時間を延ばせただけでいい。

 だから、せめて安らかに眠ってくれ、と。



 午後11時15分。

 母が小屋を見たところ、ムサシは息をしていないらしい。

 いつから息をしていなかったのかは分からないが、ともかく息は止まっているらしい。

 死んだのだろうかそれも分からない。

 何となくそれを見るのが嫌なので、今こうやって書き物なんかをしている。

 今、ここで死んだ、死んだと騒いでも何も変わらない。

 そんなの朝の時点で私は覚悟できていたから。

 ここでも私の口から出るのは「仕方ない」ばかりだった。

 多分・・・明日の朝、確認した後、ペット用の葬儀関係者に連絡を入れることになるだろう。多分。



 午後12時。

 私は、結局ムサシの小屋を訪れていた。寝れなかったからだ。

 ムサシの口はだらしなく曲がり、目元には涙の痕が残っていた。

 間違いなかった。


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