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七人の天使  作者: 伊勢之 剛
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(7) 「さよなら」は別れの言葉じゃなくて


 健吾を見送った後、俺達も帰ることにしたのだが、何だか真っ直ぐ帰るのがもったいないような気がした。

 余韻に浸りたかったのかもしれない。

 だから、ちょっとだけ遠回りになるが、川沿いを通ることにした。

 夕焼けが反射して川がキラキラ輝いて見えるなか、二人並んで河川敷の遊歩道を歩いていく。


「…しかし、いつの間に……」


 俺の疑問にヒナタはニコッと笑って答えた。


「今日、駅から学校へ行くまでの道で、あの男を掴まえて話をしたんだ。雨宮慎二がお前に話がある、学校が終わってから時間あるか、って。そしたら、時間はあるから行く、って言うから。でも私が知ってるのは家と学校と神社くらいだろ?お前、私が学校へ行くのはイヤみたいだったし、家に連れて行って他の6人と会わせるのはもっとイヤみたいだし。で、消去法で神社で話をすることにしたんだ」

「でも、あいつが本当のことを隠しているって、よくわかったな」

「それくらいは、わかる。お前の話を聞いて、あいつはそんなに悪い奴じゃない、むしろいい奴だって。お前の言葉の端々からにじみ出てたぞ。自覚してなかっただけで、結局、心の奥ではあいつのことを信じていたんじゃないのか?」


 そのとおりかもしれない。

 親友と呼んでいた奴と、そんな簡単に縁を切れるもんじゃないってことだ。


「それに……」

「それに?」

「お前の女友達の、赤澤……瀬理奈だっけ?そいつとか、そのまた友達から色々情報収集したからな。いろんな事教えてくれたぞ」


 ちょっといい気分に浸っていた俺は耳を疑った。


「え、今、何て言った?」

「イツキにも手伝ってもらったけどな。あいつも制服着られてちょっと喜んでたみたいだったな。まあ、あの性格だから態度には出てなかったけどな」


 確かにイツキさんは冷めたところがあるから、本当は嬉しくても、ヒナタのようにはしゃいだりはしないだろうな。


 いや、そんなことはどうでもいい。

 俺は思わず天を仰いだ。

 瀬理奈になんて言い訳しよう。

 明日、問い詰められるのは確実だ。

 文句のひとつでも言おうとヒナタをにらんだ俺の目には、夕日を受けた澄んだ瞳が映った。

 笑顔のなかで、それは一際輝いて見える。

 俺は気持ちが急に収まっていくのを感じた。


 まあ、いいか。


「でもまあ、結果良ければ、だな」


 これで健吾とも昔のように付き合うことが出来るだろう。


「よかったね、慎二」

「ああ、ヒナタのおかげだな」

「ううん、そんなことないよ。慎二が自分で思い出したんだよ、人を信じる心を。自分の手で取り戻したんだよ。私はちょっとだけそのお手伝いをしただけ」


 うん?何かおかしい。

 この違和感は何だ?


 そうだ、名前だ。


「やっと、下の名前で呼んでくれたな」


 それに、いつもと違う口調。

 跳ねるように快活な話し方とは、全くの別人のようだ。

 柔らかく包み込むような、優しい口調。


「慎二はね、本当はやさしい人なんだよ、友達思いの。それを少しの間、忘れていただけなんだよ」


 そんなこと言われたら、何だか尻の辺りがむず痒くなってくる。

 照れ隠しにちょっと突っ込んでみた。


「どうしたんだ、そのお淑やかな話し方は?いつもの憎まれ口じゃないとなんだか調子狂……」


 そこで言葉が詰まった。

 俺は思わず目を疑った。

 ヒナタの向こうにあって見えないはずの川面に反射する夕日の光が透けて見える。


「え、おい、何だよ、どういうことだよ、これ」

「楽しかったよ、慎二。でもね、慎二が願いを叶えた今、私はもう、ここにはいられないの……」


 最初は目の錯覚かと思った。

 でも、違っていた。

 ヒナタの体が、どんどん透き通り、色褪せていく。

 輪郭がぼやけ、澄んだ目だけが辛うじて存在を主張する。


「そろそろ、行かなくちゃ……ごめんね」


 ちょっと待ってくれよ。

 そんなことなら……


「さよなら……慎二……」


 その言葉だけを残し、フッとかき消すようにヒナタの姿は見えなくなった。

 思わず伸ばした手の指先に、柔らかい頬の感触だけが残った。


「そん、な……」


 俺は一人、呆然と立ち尽くすしかなかった。


 そして今更ながらに悟った。



 本当の天使だったんだ。





 それから、何処をどうやって帰ったのか、記憶がない。

 何時間も彷徨っていたように感じたが、実際は30分も経っていなかった。

 気が付くと家の前に立っていた。

 いつものように玄関から中に入る。

 リビングからテレビの音が聞こえてくる。

 残された6人に、なんと言えばいいのか。

 いや、みんな知っているに違いない、こうなることを。


 俺が失っていたものを取り戻すたびに、一人ずつ、消えていく。

 彼女達は、そのために俺のもとへとやってきたのか。


 どんな顔をしてみんなに会えばいいのか、ドアノブを掴むのに一瞬躊躇したが、覚悟を決めた。

 運命は、受け入れるしかないんだ。

 思い切ってドアを開けた。


「おお、遅かったな、雨宮真二。もうすぐ晩飯だぞ」


 俺の思考回路は、その時、間違いなく完全に停止していた。


「え、え、え?ヒナタ?何で?ここにいるんだ?」

「何でって、家に帰ってきたらまずいのか?」


 当然のようにテレビの前に陣取り、いつものようにせんべいをかじる姿を見て、俺は混乱していた。


「い、いや、だって、さっき、さよならって……」

「人と別れるときの挨拶はサヨナラだろ?なに言ってんだ?」


 不思議そうな顔でヒナタが答える。


「ここにはいられない、とか、もう行かなきゃ、とか……」

「ああ、それか。あの時、もう6時2分前だったろ?『ぷりてぃ・びーすと』が始まるのが6時だからな、急いで帰らなきゃいけなかったんだ。今日、ヒロインの秘密がついに明らかになる回だったからな。見逃すわけにはいかないだろ?」


 テレビには、ちょうどその子供向けアニメ『ぷりてぃ・びーすと』のエンディングが流れていた。


「消えて、いなくなって……」

「何度も言うけど、私は天使だぞ。できないことは……まあ色々あるけど、たいていのことはできるぞ」


 なんだか力が抜けてソファにへたりこむ。


「上手だっただろ?あのセリフ、昼のドラマでやってたんだ。その主人公もシンジっていうんだけどな」


 ヒナタは俺の顔を覗き込んできた。


「そういえば、私が慎二って呼んだとき、何だかうれしそうだったな」


 見つめられてドキッとした


「いや、それは……」

「これからは慎二って呼んだほうがいいか、どうなんだ?」


 そのとき、エプロンをつけたカナがリビングに入ってきた。


「晩御飯できましたよー。今日はとんかつでーす」

「やったー!」


 俺を放ってヒナタは真っ先にキッチンへと飛んでいった。

 苦笑いを浮かべながら、しかしホッとする自分がいるのがわかった


「おーい、慎二、早く来い。先に食べちゃうぞ」


 キッチンからの声に、俺は返事をしようとしたが、別の声に遮られた。


「ヒナタはあなたのことを慎二と呼ぶことに決めたみたいですね」


 そう言ったのはツキコさんだ。


「私は何て呼んだらいいんでしょうか?慎二?慎二さん?慎二君?」

「何でもいいです、お好きなように呼んでもらえたら……」

「いや、やっぱりそれは決めてしまわないと……」

「まあ、まあ、それはゆっくり決めたらいいんじゃないですか?ねえ、慎二さん」


 いつもの、マイペースな口調でホノカさんが間に入る。


「そういいながら、慎二さんって呼んでるじゃないですか」

「あら、そうですわね。なんだか自然と呼んでましたわ。じゃあ私は慎二さんとお呼びすることにしますわ」


 そこへ、カナまで割り込んできた。


「私は……やっぱり見た目から行くと『お兄ちゃん』かな?」


 ああでもない、こうでもないと他愛もない議論をしているみんなを眺めながら、俺は何だかわからない居心地の良さを感じていた。


「みんな、何やってんだ。本当に先に食べちゃうぞ!」


 しびれを切らした食欲魔神の叫びに、一同の笑い声がリビングに響いた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 次の日、瀬理奈は珍しく風邪で休みだったので、何とか追求の手を逃れることができたが、それもここ2、3日だけのことだろう。

 風邪が治る前に言い訳を考えておく必要がある。

 健吾とは、昨日の今日でお互い何だか照れくさくて、挨拶を交わした程度だったが、まあ、こっちはリハビリ期間みたいなもんだ。

 それこそ、時間が解決してくれる。


 いつものように学校からの帰り道、神社の中を通りながら、そんなことを考えていた。

 社殿の前まで来たとき、何気なく地面を見る。

 あった。

 広場の中央付近、地面から半ば顔を出した白い石。

 そう、俺が目印として埋めた石だ。

 同じ場所に、寸分の狂い無く降ってきた、七人の天使達。

 あれから10日間が過ぎたのか。

 そこに立って感慨に浸っていると、大事なことを思い出した。 

 そうだ、あれやこれやで忘れていたが、七人との話し合いがまだだった。

 よし、帰ろう。

 そう決めて一歩を踏みだそうとした、正にその瞬間。


 ちょっと待て。

 この感覚。

 七回味わった、同じ感覚。

 反射的に上を向いていて身構えていた。


 とりあえず、七人で終わりじゃなかったのか?

 それとも、『とりあえず』の期間が終わったのか?


 今までとは一回り、いや二回り大きな黒い影が落ちてきた


 そいつと目があった瞬間、俺は思わず叫んだ。





「お、男?」


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