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七人の天使  作者: 伊勢之 剛
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(2) 朝のひととき


 ここ一週間、俺は目覚まし時計の助けを借りずに、規則正しい時刻に起床している。

 ベタなシチュエーションだが、美女の甘いささやきで起こされたのなら目覚めもいいのだろうが、現実は厳しい。

 今日も、断続的に胸から腹を圧迫される苦しみで目が覚める。

 違う、強制的に目覚めさせられた。


「起きろ、雨宮慎二。メシの時間だぞ」


 ソファに寝ている俺の上で飛び跳ねながら、ヒナタの甘いささやきとはほど遠い声がリビングに響く。


「わかったから、起きるから、とりあえず止まってくれ」


 咳き込みながら懇願すると、ヒナタはようやく飛び跳ねるのをやめたが、俺に馬乗りになったまま、両手で胸の辺りをぐいぐいと押しながら急かすように言った。


「みんな待ってるぞ、雨宮慎二。早くメシ作ってくれ」


 彼女たちにとっては、朝昼晩の食事がすべての基準なのか。

 まあ、それはいいとして、何回言っても俺の呼び方が変わらないのはどういうことだろう。

 確かに俺の名前は雨宮慎二で間違いないのだが……


「あのさ、いいかげんフルネームで呼ぶの、やめてくれないか。なんだか落ち着かないんだよな」

「なんでだ?お前の名前は雨宮慎二。人を呼ぶときは名前で呼ぶんだろ?間違ってるか?」

「いや、間違ってはいないけど……普通は名字か、下の名前で呼ぶもんだ」

「ふーん、そうなのか。まあ、考えておく。気が向いたらそうするかもしれん」


 今のところ、七人の中で俺と話をするのは、ほぼリーダー格のヒナタだけと言っていい。

 他の6人は様子見というか、警戒してるのか、俺と必要以上の会話はしない。

 みんなヒナタと同じ調子なのかと思うとゾッとするが、いずれは他の6人ともコミュニケーションを取らなければいけないだろう。

 ヒナタと接していて感じるのは、常識というか、基本的なところが欠落している、ということ。

 何かがずれている。


   やっぱり、本物の天使なのか……

 ふと、そんなことを考えてしまう自分を、慌てて首を振って否定する。


「早く、早く」


 急かすヒナタに腕を引っ張られて、ソファから起きあがる。

 朝起きたら全部夢でした、なんていうオチを期待したのは最初の2~3日だけだった。

 今では、そんな幻想を抱くのはやめた。

 それでも、ドアを開けるといつもの日常が広がっている、などと二段夢オチを期待してしまうのは、俺の甘さか。

 ダイニングへと通じるドアの向こうでは、テーブルに並んで座る自称『天使』達の視線が、俺に容赦なく現実というものを突きつける。

 軽いめまいを感じながら、俺は朝食の支度に取りかかった。



・・・・・・・・・・



「なあ、ヒナタ」

「ん?なんだ?」


 一週間も住んでいると、さすがに勝手がわかるようになるらしく、自分でキッチンの引き出しから醤油を持ってきて、目玉焼きにかけている。


「今日は行かなくてもいいのか?その……神社に?」


 皿に残った黄身を崩さないように、器用に箸でつまんでご飯の上に乗せようとしているヒナタを邪魔しないように、タイミングを見計らって質問する。


「ああ、昨日でとりあえず予定は終わったからな」

「とりあえず、ってどういうことだ?」

「そのままの意味だが?ヒジリが最後、今のところ次の予定は無い。だからお前も今日から行かなくていいぞ……うん、この目玉焼きってやつには、やっぱり醤油だな」


 醤油を垂らした半熟の黄身を乗せたご飯をかき込みながら、満足げに頷いている。

 相変わらず、こっちの質問の意味を理解しているのかいないのか、それすらわからないような返事に、不安は募る一方だ。

 俺としては、これ以上居候が増えないことを願うのみ。


 ちなみに俺は目玉焼きにはソース派だ。これは譲れない。



・・・・・・・・・・



 俺には家族がいない。

 この家にも、一人で住んでいた。

 だから、七人の居候を抱えることも、不可能なことではない。

 豪邸とはいえないが、俺を含めた8人がなんとか生活していけるだけの広さはある。

 詰めて座れば、ダイニングテーブルも8人で囲むだけの大きさがある。

 両親が使っていた寝室と、俺のベッドを使って何とか七人の寝床を確保した。

 その代わり、さっきのように俺はリビングのソファに追いやられたのだが……まあ、それは仕方がない。

 家族がいたら、こうはいかなかっただろう。

 そもそも、普通なら最初の時点で警察へでも連れて行くところだ。

 ヒナタだけだったら、或いはそうしていたかもしれない。

 しかし、これが七人ともなると話は別だ。

『空から降ってきた』なんていう説明を誰が信じてくれるだろうか。

 逆に俺の方が保護されかねない。


 全員が朝食を食べ終えると、俺は後片づけ(といっても食器を食洗機に突っ込んでスイッチを入れるだけだが)をして、学校へ行く準備に取りかかる。

 そう、俺は七人の扶養家族?を抱えるには若過ぎる16歳、高校一年生だ。

 昼間はどうしても学校へ行かなければならない。

 必然的に、七人の天使達だけが残ることになる。

 今となっては、家を出るときが一番不安になる瞬間となってしまった。

 幸い、これまでに七人が俺の留守中、家を出たような形跡はなく、おとなしくテレビを見たり、本を読んだりしているようだ。

 一番の心配事は昼食だが、朝に作っておいたものを食べるように言ってある。

 制服に着替え、鞄を持ってリビングを覗く。

 相変わらず七人は行儀良くテレビの前に並んで、朝の情報番組を見つめている。


「今日はピラフを作っておいたから。冷蔵庫に入ってるし、みんなの分も温めてやってな」

「ああ、レンジでチン!だな」


 そういうことはすぐに覚えるようだ。


「じゃあ、行ってきます」

「こういうときは、ええと、そうそう。いってらっしゃーい!」

『いってらっしゃーい』


 ヒナタの声と、それに続く5人のハーモニー(プラス一人の視線)に見送られてリビングを後にする。


   ん?何か言い忘れているような?


 靴を履いて玄関から出ても思い出せない。

 まあ、その程度のことだろう。

 後で思い出してから言えばいいか、俺は鍵をかけながらそう思うことにして、学校へと向かっていった。


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