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お菓子作りしかできないと追放された聖女、隣国で温泉を掘り当てる。~聖女不在の王城は甘味不足で騎士もメイドもストライキ中ですが、私はもふもふ皇太子と温泉を楽しんでいます~

作者: 唯乃
掲載日:2026/02/25

「リリィ・テルミナ。本日をもって、貴殿を聖女の座から解任し、国外追放とする」


 王城の執務室。冷徹な声が響いた。


 声の主は、王国の若き宰相、バルディアだ。眼鏡の奥にある瞳には、一片の慈悲も宿っていない。


「……解任、ですか?」


リリィは、ぼんやりと聞き返した。


「左様だ。貴殿がこの三年間、聖女として成したことと言えば……厨房に引きこもり、菓子を焼くことだけ。我が国が求めているのは、戦場を駆ける女神であって、パティシエではないのだよ」


「ですが、騎士団の皆様やメイドの方々には、とても喜んでいただけて……」


「たかが菓子の味で戦は勝てん。そんな当たり前のことも理解できないのか?」


 バルディアは書類にサインし、リリィに一瞥もくれずに言い放った。


「即日、この国を去れ。温度調整しか能のない女に、王城のパンを食わせる余裕はない」


 リリィの手元には、わずかばかりの路銀。

 それと、いつも使っている年季の入った泡立て器だけが残された。





 追放から三日。


 リリィは隣国へ向かう荒野で、文字通り行き倒れていた。


(……お腹が、空きました。……最後に焼いたフィナンシェ、自分でも食べておけばよかった……)


 意識が遠のく中、誰かの足音が聞こえる。


 低い、野性味のある声。


「おい、人間が倒れているぞ。……死んでいるのか?」


「……ひ、火加減……」


 リリィは、最期の力を振り絞って呟いた。


「……弱火で……じっくり……。焦がすと……苦い、から……」


「……? 何を言っているんだ、この女は」


 視界の端に映ったのは、立派な獣の耳と、豪奢な毛並みの尻尾。


 獣人の国、ヴォルグラード帝国の皇太子、レオンハルトだった。





 保護されたリリィが最初にしたことは、看病してくれた獣人の隊員たちのために、お礼のスープを作ることだった。


「……なんだ、このスープは。ただの野菜クズを煮ただけのはずなのに……」


「温度です。素材が一番甘くなる温度で、ずっとキープしましたから」


 リリィが鍋に手をかざすと、火魔法とは違う、精密な熱が伝わっていく。


 一口飲んだレオンハルトの目が、見開かれた。


「……旨い。身体の芯から、解けるような旨さだ」


 さらにリリィは、集落の端で立ち止まった。


「……あの、この地下。すごく、あたたかいです」


「地下? ここはただの岩場だが……」


「いえ、もう少し右です。……ここを掘れば、きっと幸せな温度が出てきます」


 半信半疑で兵士たちが地面を砕くと、そこから勢いよく、透明な湯が噴き出した。


 レオンハルトがその湯に腕を浸す。


「…信じられん、素晴らしい温度。そして、毛並みもツヤツヤ。これこそが、我が国が追い求めていた完璧な温泉だ!」


 獣人たちは、その場で歓喜の声を上げた。


 彼らにとって、厚い毛皮を癒やす温泉は、何よりも代えがたい至宝。


 それをピンポイントで掘り当てたリリィを、レオンハルトは熱い眼差しで見つめた。


「リリィ。……お前を、我が国の国宝として迎えたい」





 一方、リリィを追放した王国では、未曾有の危機が訪れていた。


「……おい、今日のクッキーはなんだ。石か? 武器か?」


 若手騎士のカイルが、食堂で絶望の声を上げた。

 出てきたのは、焦げ臭くて硬い、無機質な焼き菓子。


「リリィ様がいた頃は、激しい訓練の後に、あのサクサクで甘い……天国のような焼き菓子があったのに…」


 騎士達の士気は駄々下がり。


 一方、王城内でも。


「おい、メイド長。掃除はどうした。廊下にゴミが溢れているぞ!」


 通りかかった宰相バルディアが不機嫌に指摘するが、メイド代表のミレーヌは、死んだ魚のような目で彼を見返した。


「……宰相閣下。糖分が足りず、低血糖で動けません。私たちは、リリィ様のフォンダンショコラを食べるために働いていたのです」


「馬鹿なことを言うな! 仕事をしろ!」


「嫌です。……甘味なき王に、忠義はありません」


「……なっ!?」


 それから数日後。


 騎士団は士気ゼロで訓練をボイコット。

 メイドは集団座り込み。


 王城の機能は、完全に麻痺した。


「たかが菓子だぞ!? たかが温度調整だぞ!?」


 バルディアの叫びは、虚しく響くだけだった。





 バルディアは、土下座せんばかりの勢いで、隣国の新設都市『適温の都』を訪れていた。


 そこには、見たこともないような活気があった。

 整備された美しい温泉街。


 湯上がりに笑顔でお菓子を頬張る、毛並みのツヤツヤした獣人たち。


 そして、街の中心にある高級サロンで、リリィはレオンハルトに甘やかされていた。


「リリィ、あーん。……この新作のクッキー、実に素晴らしい」


「殿下、近すぎます……」


 そこへ、形振り構わずバルディアが飛び込む。


「リリィ! 戻ってきてくれ! 王城が……王城が、君の菓子がないせいで滅びかけているんだ!」


 リリィは、ゆっくりとバルディアを振り返った。


 その手には、かつて捨てられた時に持っていた、あの泡立て器。


「お久しぶりです、宰相閣下。……戻ってほしい、とおっしゃいましたか?」


「そうだ! 今や、騎士団が糖分不足で模擬戦中に全員倒れるわ、メイドが砂糖袋を掲げてデモ行進するわで王都は収集がつかなくなってる。待遇は十倍……いや百倍にしよう!」


 リリィは、困ったように微笑んだ。


「お断りします。…それに、閣下、遅すぎます。メイドのミレーヌさんたちなら、先ほど裏口から『履歴書』を持ってこちらに来ていましたよ?」


「そ、そんな……」


「今は、ここの温泉と……殿下の温もりが、ちょうどいいんです」


 隣でレオンハルトが、勝ち誇ったようにリリィの腰を抱き寄せる。


「聞いたか、人間。彼女は我が国の宝だ。……お前の国がどうなろうと、知ったことではないな。さっさと立ち去れ」


 ガックリと項垂れ、立ち去るバルディア。


 その後、リリィが帰ってこない事を知った使用人や騎士団の大半は仕事を辞めてしまった。

 

 それから数週間後。


 湯煙の向こうでは、王が整理券を握っている。


 番号札、127番。


「本日の最終受付は120番までです」


「嘘だ……っ! 余は……余は、国王なのだぞ! 」


 膝から崩れ落ちる王。


「次回のご来店をお待ちしております」


 今日も「適温の都」は大繁盛だ。


 王城?今は無人ですよ?



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