第3話 一途でも浄化されますか?
昨日の夜、通学時間を聞いた。
平均30分くれーらしいので、おれは安堵した。
チャリの速度と徒歩はまったく違うからな。意外と短くてよかったぜ。
そして待ち合わせの場所に行くと、蒼葉に会う。
「よっ! 元根暗!」
「うん」
「それで、葉月は?」
「イチョウちゃんならもうすぐ来ると思うよ」
「そうか。そういや、蒼葉の趣味は?」
「……引かないでね?」
「お、おう。おれとおまえはマブダチだし、引かねーよ?」
「えっとね、ドロドロした恋愛漫画が好きなの」
「そ、そうか」
おれと正反対じゃねーか!
いや、待て。落ち着けおれ。
とりあえず、「どんなやつでも受け入れる」っつー精神でいかねーと。
言葉で傷つけ、しまいにゃハブる。
それは他人にやっちゃいけねーことの一つだ。
それに、元はといえばおれが訊いたんだ。
責任は取らねーとな。
「それで、どの辺が好きなんだ?」
「めちゃくちゃになったときのなんとも言えない感覚が好き。そのバラバラになった関係がどう着地するのかがわからなくて、ビターエンドになるとかだと最高かな」
「そうかぁ? おれはハッピーエンドがいいけどな。特に、全員が痛い目を見ないのがいーんだ」
「わかってないなぁ、一くんは」
「何?」
「現実と同じなんだよ。みんながみんな助かる道なんてないんだからさ」
「そうだな。お前は温室育ちだからわかんねーだろうな。そういう『狡猾さ』っつーか、『飢え』も大事だ。だがな、みんながみんな不幸になって、それで誰が得をする? いや、わかってるけどな? 得をしないからいいんだろ? だからおれは、ラブコメという幻想に逃げるのさ」
「何が言いたいのかな?」
「おまえが可哀想だから言うけど、そういう思考じゃ幸せにゃあなれんぞ」
「私は……! 受け入れるために読むの! この現実を! 地獄を!」
「だから、その負け犬根性が気に入らねーんだよ! 心のどこかで負けを認めてるんだ。そんなんじゃ、おれは心変わりしねーぞ」
「だって、同じだったから。一くんと同じだよ。私も幻想に逃げてるだけ」
「茨の道に向かっていくなよ。おれらはマブダチなんだから、全部は背負わねぇ。けど、軽くはされられる。もっと他人を頼れよ!」
「……そうだね」
「お待たせー……何かあった?」
「なんもねーよ。腹黒が炸裂したとこだ。おれはフォローはしたつもりだがな」
「うん、そう。私が暴走しただけだよ」
「…………そう」
葉月は何も聞いてこなかった。
正直言うとありがたかった。
「ところで、二人が好きな恋愛作品のジャンルは?」
「ドロドロ!」
「ラブコメ! 特にみんなが幸せになる系の!」
「「ん?」」
「おめー、まだ懲りてねーのかよ?」
「いや、違くて……ドロドロだと、『私はいま安全地帯にいるなぁ』って感じが好きなの!」
「うんうん、ドロドロはいいわよね。あの修羅場がハラハラして刺激的で……」
「ケッ、ハッピーエンドの方がいいに決まってんだろ。メインもサブも、みんな交際相手が生まれる! つまり、それぞれのドラマがあるからおもしれーんだろうが!」
「うんうん、そういうのもわかるわぁ。途中でドロドロしても、観たあとにスカッと爽やかな気持ちになれるものね!」
「おめー、どっちの味方だよ!?」
「恋愛好きの味方」
「そうかよ」
「イチョウちゃんは、ビターエンドが好きなの?」
「なんでもいけるけど、ビターも嫌いじゃないかな! だって、現実でも少なからず起こってるわけじゃん? すべての人が幸せになれるわけじゃないから、そこがいいのよね。リアリティがある作品は、嫌いじゃないわ!」
「葉月ちゃん! ……は、わかってくれるの?」
「何をかは知らないけど、あたしは蒼葉を信頼してるから。親友だしね」
「そっか……!」
それを聞いた蒼葉は、涙を流す。
「あれっ? おかしいな……? 視界が……」
「待って。ハンカチで拭ってあげる」
「ごめんね、葉月ちゃん……! あんな役頼んで……」
「ふふっ、今更? あんたには世話になったこといっぱいあるし、あんなので嫌いになんかならないよ」
「うん……!」
心配になったのか、葉月は蒼葉を抱きしめた。
――やっと浄化されたか。
根暗を直すにゃあ、目一杯明るい太陽が必要だからな。
蒼葉にとっては、それが葉月だったんだろう。
ラブコメには、「負けヒロインを救済するのがメインヒロイン」ってパターンもあるしな。
「さぁ、立ち止まってないで、はやくいこーぜ!」
「はいはい」
「うん。いま行くね!」
こうして通学路を進んでいると、落ち葉も合流して、本格的に恋愛談議になる。
「ドロドロいいよねぇ……」
「ぷっ、浄化されてもまだ好きなのかよ」
「うん! 悲恋で終わるわけじゃない。むしろ、そこから歩き出す過程が描かれないだけで、そのヒロインも誰かのヒロインになれるだろうから!」
「そうかよ。おまえ、変わったな」
「うん! イチョウちゃんのおかげで吹っ切れた!」
「そりゃどうも……?」
「そりゃよかった。根暗かもしれねーけど、それも克服したのかもしんねーし、おれはいまのおめーは、嫌いじゃねーよ」
「ありがとう」
「何があったのかは存じませんが、ドロドロ系は、あのリアリティが……」
「おい落ち葉、それさっき葉月が言ってたぞ」
「そうですか……」
「でも、ラブコメでもドロドロする作品ってあるわよね?」
「ああ。つっても、修羅場っつーのは交際してねーと生まれねーから? かなり限られるだろうけどな」
「そうだよね……」
「あ、そうだ。落ち葉はゴールデンウィークなんか予定ある?」
おいおい、流石に女3人だと、男1人は参加しにくいぞ……?
「あ、ごめんなさい。少女漫画や恋愛小説、恋愛ドラマ等、恋愛づくしの連休にしたいので、いかなる誘いもお断りします」
「そっか。じゃあ夏休みくらいかな? また誘うね」
「はい」
ふぅ……助かったぜ。
これなら全員幼馴染。遊びに行く理由と言い訳ができる!
「それより、負けヒロインにスポットが当たるのってあり? あ、漫画の話ね」
「ありだろ!」
「ありかな……」
「無しですね」
「えっ? 意外だね。落ち葉ちゃんが負けヒロインに厳しいだなんて」
「いやいや、主人公を狙うという負けイン視点ならいいですよ? でも、フラれたらモブ同然なんですよ! 少女漫画は!」
「いやそんなことはないと思うけど……」
「主語がでかいわね」
「おい、そろそろ学校だぞ?」
「そもそも少女漫画は付き合ってからを描くものが多い。故に負けヒロインは男キャラになることも少なくは――」
止まらねぇなこいつ……
こうして、落ち葉のマシンガントークは教室に着くまで続いた。
◇◇◇
「蒼葉! 帰るぞ!」
「うん! ……って、どうして私なの?」
「言ったろーが。友だち以上……! つまり、女のマブダチはおめーだけなんだよ」
「あ、そういうこと……」
「ぶっちゃけおれは、腹黒だろーが、浄化されよーが関係ねぇ! 葉月も言ってたが、そんなんでダチはやめねーし、嫌いにもならねー」
「えっ? 嫌ってないの?」
「罪を憎んで人を憎まずだ! そんで、中坊の頃はもっと陰湿なことされたかんな! 全員しばいたけど!」
「そ、そうなの?」
「ああ! 鉄の棒で何回か殴られたり、集団でボコられたり、やんちゃしたもんだ」
「……よく生きてたね」
「ああ。マジ死ぬかと思ったことも何度かある」
「いや、そこは死んでおきなさいよ。人として」
「は、葉月!? 何の用だ?」
「蒼葉と帰るの!」
「おれが先に誘ったんだよ!」
「あんたは親友歴短いでしょうが!」
「ならてめーは三月生まれだろうが! おれは元旦生まれだ! おれの勝ちな!」
「あんたは蒼葉に初めて話しかけてないでしょうが! 幼稚園の頃に話しかけたのはあたしなんだけど? はい、あたしの勝ち!」
「あの――、みんなで帰ろう?」
「まあ、蒼葉がそう言うなしゃーねぇか」
「一時休戦ね」
「ほっ……」
……ったく、なんでこんな騒がしい女を好きになったんだか。
だが、惚れたもんはしょうがねぇ。
つか、告白してねーのにいいのか? こんな関係で。
ま、なるようになるか。
そして数日後、ゴールデンウィークを迎える。




