第13話 リーダーの背を継ぐ者
オークエンペラーの巨体が、音を立てて崩れ落ちた。地面が震え、土煙が立ち込める。
「……終わった、のか?」
全身の魔力が抜け、手足が鉛のように重い。視界の端では、ユナが必死に回復魔法を維持している。けれど、その顔は青白く、限界が近いのが見て取れる。
俺はよろめきながら立ち上がり、崩れた巨体の方へと歩み寄る。
腹部の裂け目から、黒煙と血の匂いが立ち上っていた。
そして――その中心に、グレンがいた。
「……グレン!」
俺は駆け寄った。
大剣を地面に突き立てて体を支えていた彼は、すでに膝をつき、顔を上げるのがやっとのようだった。
その胸には、オークエンペラーの体内から貫かれた際の深い傷跡が残っている。
「……おい、しっかりしろ! ユナ、回復を――!」
ユナが震える手で回復魔法を発動する。だが、光がグレンの体を包んでも、傷はまるで癒えない。
そのたびに、グレンはかすかに笑って、首を振った。
「やめとけ……もう、無駄だ」
「無駄なもんかよ! お前、勝手に死ぬな!」
グレンは薄く笑った。血に濡れた唇から、掠れた声が漏れる。
「……レン。お前、ほんと……昔から口悪いよな」
「当たり前だ……お前が、勝手に死のうとしてるからだろ!」
C級ダンジョン「鉄蛇の巣窟」。
俺が囮にされ、死にかけたあの日。
あのとき俺は、グレンを憎んだ。
俺を裏切った男として、殺してやりたいほどに。
だが、今――目の前のグレンは、あのときの“化け物”から俺たちを救い、命を削って立っている。
何が本当で、何が嘘だったのか、もう分からなかった。
「……なぁ、グレン。なんで助けたんだよ。俺、お前を……」
「恨んでる、だろ?」
「そりゃそうだ。お前はあの時の俺を恨んでいい。
だがな、レン——リーダーってのは、皆の恨みを貰う職業だからな...」
それが彼の、最後の言葉だった。
掌の温もりが消え、グレンの瞳がゆっくりと閉じられる。
目の前で、重たい静寂が戦場を覆った。
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《夕凪の翼》が正式に解散してから、五日が経った。今の俺は、無所属の冒険者。
気が向いた依頼を受けて、気が向いた街に行く――それだけの毎日だ。
ユナのほうは、自分のギルドで忙しいらしい。癒しの天使だとか、次期副団長候補だとか、いろいろ噂が立っている。……まぁ、あいつならそうなるよな。あれ以来、ほとんど顔を合わせていない。
「……リーダーってのは、皆の恨みを貰う職業、か」
酒場の隅で、俺は独り言のように呟いた。
グレンの残した金がまだ残っているおかげで、生活に困ることはない。この前の戦闘で吹き飛ばした屋根も、すっかり元通りになった。冒険者としてもぼちぼちやっていけてる。それでもまだ何か、心残りがある。
杯を口に運ぼうとしたそのとき――
「……レン?」
聞き覚えのある声に、思わず手が止まった。振り向くと、入口の灯りの中に、ユナが立っていた。
「……久しぶりだな」
「ほんとだよ。こんなとこで飲んでるなんて、相変わらずね」
ユナは軽くため息をつき、俺の向かいの席に腰を下ろす。すぐに店主が気を利かせて、水を一杯持ってきた。彼女はそれを両手で包みながら、しばらく黙っていた。
「……なあ、ユナ」
「ん?」
「俺、分かった気がするんだ」
ユナが少し首を傾げる。
「俺は、あのときからずっと逃げてた。仲間を持つのが怖くて、また誰かを失うのが怖くて……でも、グレンは最後までリーダーであり続けた」
ユナは静かに頷く。
「だからさ――俺、ギルドを作ろうと思う」
「ふふ、いいじゃない。レンらしいわ」
「……だから、っと言っちゃなんだが、お前に仲間に、なってほしいんだ」
思い切って言い切ると、ユナは一瞬だけ驚いた表情を見せてから――にっこりと笑った。
「いいわよ。レンの頼みなら、手伝ってあげる」
「は!? 本気で言ってるのかよ!」
思わず声が大きくなる。周囲の客がちらりとこちらを見たが、俺はそんなことお構いなしに続けた。
「でもお前、今のギルドは……」
「そんなの、すぐに抜けられるわよ」
「おいおい、ユナ……本当に来てくれるのか?」
「レンの頼みならね」
ユナは小首をかしげ、茶目っ気たっぷりに付け加えた。
「でも、条件はあるのよ?」
「条件?」
「一緒にやるなら、ちゃんと真面目にやること。逃げないこと。あと、私が副団長ってことはないからね?」
「うるせーよ。副団長だなんて、そんな器じゃねえよ、俺は」
「で、もうギルド名は決まってるの?」
ユナが腕を組み、ちょっと小首を傾げる。
「そうだな……夕凪の翼のようなギルド、がいいな。名前はまだ決まってないけどそんなギルドにしたい」
「ふふ……レンらしいわね」
店内のざわめきが遠く感じられ、俺たち二人だけの世界になった気がした。
新しいギルド――夕凪の翼を継ぐ、新しい物語が、今ここから始まろうとしていた。




