第11話 命を削る死闘
……信じられなかった。
扉の向こうに広がっていたのは、まるで地獄のような光景だった。
目の前には、オーク系最上位のオークエンペラーがいた。
俺たちは、まだフィールド内には足を踏み入れていない。魔法陣の境界線が、俺たちと彼らの間を隔てている。
「グレン……!」
ユナの声は届かない。 グレンは、血に濡れた顔を引きつらせながらも、大剣を拾い上げた。
「クソッ……! 俺が……俺が仕留めてやるッ!」
叫び声と同時に、彼はふらつきながら立ち上がり、オークエンペラーに向かって突進した。
だが、それはあまりにも無謀で、無防備だった。
「グレン、やめろ!!」
俺が声を上げるのと同時だった。
オークエンペラーの巨体がわずかに揺れた。
次の瞬間、その太い腕が振り下ろされる――そう思った瞬間、そいつは口を大きく裂けるように開いた。
巨大な顎が、まるで大地そのものが閉じるかのような勢いでグレンを飲み込んだ。
「――っ!」
俺の叫び声は、空しく喉で詰まった。
骨の砕ける音、肉が引き裂かれる音が広間に響き渡る。
グレンの叫びは短く、血飛沫が宙に散った。
……次の瞬間には、もう半身すら残っていなかった。
床に転がったのは、大剣の破片と、無惨に千切れた鎧の一部だけ。
「そ、そんな……」
ユナの膝が崩れ落ちる。
オークエンペラーは咀嚼を終えると、こちらを見た。
俺は深呼吸をひとつし、足を前に出す。どんなに最低な人間でも仲間に手を出す奴は許さない。
「ユナ、行くぞ」
小さく声をかけ、境界線の魔法陣を踏み越える。オークエンペラーは巨大な頭を左右に揺らし、俺たちを確認する。
オークエンペラーは、一般のオークとは明らかに異なる存在だった。体格だけでなく、動きの鋭さも段違いだ。大きな体を揺らしながらも、筋肉のひとつひとつが瞬時に連動しているのが見て取れる。
通常のオークならば、一撃を当てるたびに隙が生じるが、このエンペラーにはそれがない。連続攻撃を仕掛けるスピードと精度が常軌を逸していた。
俺も心を引き締める。単純な力比べでは絶対に勝てない相手だ。攻撃の隙を伺いつつ、《転移魔法》を駆使して瞬間的に位置を変え、少しでも有利な角度を取るしかない。
オークエンペラーの動きは、予想を超えて早く、こちらの一瞬の判断ミスを容赦なく突いてくる。俺は全力で逃げながら、頭の中で《転移魔法》の経路を探す。
「くっ……! こんな化け物、まともに戦ったら死ぬ……!」
体力と魔力を消費しつつ、何度も瞬間移動を繰り返す。フィールド内の岩や柱を盾代わりにしながら、少しでも距離を稼ぐ。
魔力の消費は激しい。しかし、体力と同時に魔力も、彼女の絶対回復の力で徐々に回復していく。
「助かった……!」
俺は頷き、再び全力で逃げる。だが、状況は一向に楽にならない。オークエンペラーの連続攻撃は容赦なく、距離を詰めながらも次の一撃を準備している。
「このままじゃ……魔力が尽きたら、俺たち、確実にやられる……!」
ユナも同様に魔力を回復しながら必死で追従しているが、限界は近い。
俺たちの手札では、長期戦に持ち込めない。
できるか分からない。けれど、やるしかない。
俺は歯を食いしばり、視線を前方に定める。全身の感覚を研ぎ澄ませ、《転移魔法》の経路を瞬時に計算しながら、一歩ずつオークエンペラーに近づく。
岩や柱の影に身を隠しつつ、瞬間移動を駆使して横へ、斜めへと回り込む。オークエンペラーの腕が振り下ろされるたびに、ぎりぎりで回避する。連続攻撃のリズムを読み、次の一撃が届かない範囲で移動を繰り返す。
ユナの絶対回復の魔力が、俺の体力と魔力を微かに押し上げる。だが、長期戦は許されない。もし魔力が尽きれば、俺たちは一瞬で潰される。
「……よし、ここだ」
オークエンペラーの右腕が振り上げられた瞬間、俺は敵の背後へ――まさに死と隣り合わせの瞬間移動。
背後に回り込んだ瞬間、俺は足を止め、呼吸を整える――そして意図的にオークエンペラーの攻撃の射程に身を晒した。
「どうした? 俺を攻撃したいんじゃないのか?」
振り下ろされる太い腕が、俺の目前をかすめる。
腕が俺の頭上を通り過ぎる瞬間、俺は体に魔力を集中させ、全てのスキルポイントを防御力に振り分けた。
《スキルポイントを1消費して、防御力Ⅰを習得しました――》
《スキルポイントを3消費して、防御力Ⅱを習得しました――》
身体を貫く衝撃に備え、魔力のバリアが微かに煌めく。岩や柱にぶつかる前に、俺の身体は魔力で支えられ、衝撃を最小限に抑えることができた。
「くっ……効くか……!」
激しい痛みが走るが、以前のように吹き飛ばされることはない。全振りした防御力が、オークエンペラーの圧倒的な一撃を吸収する。
正直、これは運任せだった。スキルツリーはあくまで確率で選択肢が表示される仕様で、どの能力が手に入るかは完全には予測できない。もし防御力に全振りできなかったら、間違いなくあの腕に吹き飛ばされていたはずだ。
だが、運が味方した今、俺はギリギリの状態で生き残った。痛みが全身を貫くが、体はまだ立っている。
オークエンペラーの目が、ゆっくりとこちらを捕らえる。巨体を揺らしながら、次の攻撃の予兆が体全体に伝わってくる。俺は瞬間移動で右に、左にと揺さぶりながら、敵のリズムを読み続ける。
「……やるしかない、ユナ……!」
声をかけると、ユナも理解したようにうなずく。回復魔力を限界まで温存し、次の攻撃に備える。俺たちの勝算は低い――しかし、この瞬間の生存こそ、反撃の唯一の希望だった。




