僕の母の話 後編
後編になります。
そんな僕にとって厳しく恐ろしくもスーパーマンな憧れの父は、土曜日なのに出張で四国方面に向かっていたらしい。そういえば2025年も土曜日だった、奇遇。で、どうやって今回のことを知ったのかは分からないが、出張先についてすぐとんぼ返りで引き返し、急いで帰ってきたらしい。リビングに父の姿が見えると、僕は少し安心したのだが、父はこちらを見る余裕も無く、そのまま一気に奥の和室に駆け込んだ。その姿を追って和室を見ると、父は母の遺体にすがり付き、
「ゥワァーーーーーーーーー!!!!」
っと、聞いたことのない大きな声を発して人目も憚らず泣き出した。後に知った『慟哭』という言葉がまさしく当てはまるような、そんな凄い声であの父が泣き崩れていた。あの厳格で、スーパーマンな父が、立派な大人が、あんな風に大声で泣くのか…と、僕は今でもどう表現したらいいか分からないが、とにかくその姿に強烈なショックを受けていた。そして子供ながらに、この姿は見てはいけないような気がして、和室の入口から再び子供部屋に戻り、二段ベッドで大人しくしていた。あの姿と声は、40年経った今でも忘れられない。
父の慟哭を見ないよう、子供部屋へと再び戻った僕は、二段ベッドでゴロゴロしているのも飽きたので、同じく退屈していた妹と何かして遊んでいた。
しばらくすると、父が子供部屋へとやってきた。少しはにかむような表情で僕らへ話しかけてきてくれた。『あの後』なので照れ臭かったのかもしれない。
何を言われたのかは覚えていないが、あまり見ることのないめちゃくちゃ優しい笑顔で、とても優しく接してくれたのは覚えている。
この時、父は何かを持っていて、話した後にそれを差し出した。それはジェット機のプラモデルだった。
今考えると、絶対に気持ちに余裕が無い時にどこで買ったんだろう?凄ぇな父!と、父親というものの愛の深さに改めて驚く。だが、当時の自分達はそんな事はひとつも思わず、この頃からガンプラに始まり食玩やフィギュアが大好きだった僕は、めちゃくちゃ目を輝かせて飛びついた。父は笑顔でその様子を見ると、子供部屋を後にした。この後は、母の事はそっちのけで、妹に適当に構いながらひたすら飛行機のプラモデル作りに没頭していた。
飛行機のプラモ製作に没頭した事について、『お母さんの事が辛かったから忘れたくてそうなったんだろ』みたいな善意の解釈をして下さる人もいるかもしれない。しかし、自分はこの頃から今まで、非常に現金で欲望に忠実な人間だったので、そんな事は決して無かった。ただただ夢中になって本当に忘れていた。
これは綴っててちょっと…いやかなり恥ずかしい。
実はこのプラモ以降、非常に記憶が曖昧なので、覚えていることだけ時系列もやや関係なく綴っていく。
生前の母と『人は死んだら冷たくなるんだよ』みたいな話をしていたので、本当かどうか非常に興味のあった僕は、状況が少し落ち着き母の遺体の周りに父や親族が集まり話していた時に、そばにトコトコ歩いていって、父に向かい「本当に冷たいか触ってみてもいい?」と聞くと、ああいいよ、触ってご覧、と赦しが出たので、顔にかけられた白布を取り、頬に触れてみた。青白い顔で寝ていた母の頬は驚くほど冷たかった。「ホントに冷たかった」と言うと、周りの大人は笑っていた。父は、ドライアイスのせいだ、と笑いながら言っていた。僕もそう思いたい。
そんなこんなをしている間に少し日が経つと、大人達はバタバタと母を弔う準備を整えていった。僕らも普段着ないようなフォーマルな子供服に着替えさせられ、よく遊びに行っていたスーパー(ちなみに、ニチイ。今でもあるのかな?)の近くの会館に移動し、葬儀の遺族席、喪主である父の隣に座らされていた。その隣に幼い妹。妹は、退屈そうに座ってきょろきょろしながら足をブラブラさせていた。葬儀の流れはさっぱり覚えていない。母は、親睦会に必ず来る、という僕との約束を破った。その事を葬式中ずっと考えていた。というか、ずっとモヤモヤしていた。そして勝手に僕らを捨てて居なくなった。そのことを当時は心底恨んでいた。頭にきて仕方なかった。僕は、「なんで死んだんや…」と恨み事を何度も何度も発しながら、何も無い正面の床を睨み、我ながら凄い形相をしながらずっと泣いていた。葬儀の最後の挨拶で、また父が涙を零した。ここ数日、父の涙を頻繁に見るようになっていた。それが無性に、母に対して腹立たしかった。父の挨拶が終わると、出棺となった。僕らは、母の遺体を焼きに火葬場へと移動した。
当時『ホネホネロック』という歌がポンキッキーズでよく流れていて、メロディと歌詞がキャッチーなのでよく口ずさんでいたのだが、これのMVに踊っている骸骨が出てくる。人の骨とはこういうものなんだなぁ、と幼いながらに自分は思っていた。だから母のお骨も、こんな感じなんだろう、と勝手に思っていた。
だが実際は違っていた。骨と思われるモノが確かに人型に存在しているものの、肩とか、頭蓋骨だとか、肘や膝などのしっかりした骨は残っていたが、それ以外はほぼひび割れてバラバラだった。これはそれなりに衝撃だった。この時、喉に喉仏と言われる骨があり、仏様に似ているから非常に大切なんだ、いうことをついてきたお坊さんの言葉より知った。喉仏だけはお坊さんの手により小さな骨壺に入れられ、それ以外の主なお骨は親族の手により大きな骨壺にどんどん入れられていった。当然自分も入れた。最後に火葬場の人が頭蓋骨を上に被せるように入れたのだが、うまく骨壺のフタが閉まらなかったので、頭蓋骨を上から押さえて少し砕いていた。母の頭骨を勝手になんでくだくのか、と自分は不快だった。こうして、僕との約束を破りさっさと旅立ってしまった母は、あっけなく骨となり帰宅したのだった。
本編は以上となります。あと前日譚と後日譚を綴ります。