エピソード 2ー3
「……もしかして、リシェル様が整備なさったんですか?」
「そ、そんなはずないじゃないですか」
レイシャさんに勘付かれそうになった私は、慌ててセーフエリアを区画整理したのは私じゃないと否定する。
「あぁ、申し訳ありません。発見者は貴女の雇い主でしたね」
「え? あ、あぁ、そうですね。いえ、ルミナリア様でもありません」
「……ルミナリア様?」
――口が滑った。
動揺しすぎだ。いまの一瞬でどれだけ失言したか分からない。私は咳払いをして自分を落ち着かせ、「ルミナリア様というのは、雇い主の名前です」となんでもない風を装った。
「めずらしいというか、すごいお名前ですね」
「私は最初に聞いたときは驚きました。あれ、でも、ギルドで求人を出したんですよね? そのときには名乗らなかったんですか?」
「いえ、たしか……ナリアと書いてあった気がします」
「あぁ、なるほど……」
だいぶやらかした気がするけれど仕方ない。もしダメそうだったら、都合の悪い記憶を消せないか、ルミナリア様に聞いてみよう。
――と、不穏なことを考えていたら、リオさんが追いついてきた。
「待たせた。……って、俺の仲間はどうした?」
「あぁリオさん、彼女達ならあの辺に」
レイシャさんがセーフエリアの奥、フィールドへと続く通り辺りを指さした。その先にいる三人組を見たリオさんは盛大に溜め息を吐く。
「あいつら、浮かれすぎだろ。まぁ……興奮する気持ちは分かるけどよ」
「やっぱり、区画が整備されているダンジョンは珍しいんですか?」
私が反応を探ると、リオさんは怪訝な顔をした。
「セーフエリアの区画は大体どこもこんな感じだろ? ただ、建物がなにも建ってないっていうのがな。これから、発展するんだと思うと胸が躍る」
「……なるほど」
区画整備の話は、レイシャさんがギルド関係者だから気付いただけのようだ。そういう意味なら、冒険者が不思議に思って騒ぐことはないだろう。
と、そんなやり取りをしていると、フィールドの方から三人が戻ってきた。
「おまえら、依頼主を置いて行ってどうする」
「うっ、ごめんなさい」
エルフィナさんが謝罪すると、他の二人もばつが悪そうに謝罪の言葉をを口にした。だが次の瞬間、リオさんが目を輝かせて「それで、どうだった?」と聞いたので台無しだ。
レイシャさんが「リオさん……」とジトッとした声を出す。
「あ、いや、悪いとは思っているぞ。これからは気を付ける」
「……はぁ、まぁいいでしょう。私も逸る気持ちは同じですから。それで、エルフィナさん、奥はどうなっていましたか?」
「魔獣は確認できなかったけど、奥にも空が見えたわ。恐らくフィールド型のダンジョンね。少し見ただけでも、薬草なんかが生えているのが確認できたわ」
「やはりそうですか。フィールド型とは珍しいダンジョンですね。出来れば、少し調査をしておきたいですが……リシェル様、もう少しお付き合いいただいてもよろしいですか?」
「あ、それなら、私はあそこで待っていてもかまいませんか?」
そう言って、セーフエリアのど真ん中にぽつんと立つ小屋を指さした。
「あぁ、あの家、気になっていたのですが、もしや……?」
「はい。ルミナリア様がセーフエリアの発見者権限で建てた小屋です」
「なるほど、理解しました。では、調査が終わり次第、あそこに迎えに上がります」
私がそれに頷くと、彼女達は待ちきれないと言った面持ちでフィールドの方へと駈けていった。私はその後ろ姿を見送り、ぽつんとたたずむ小屋の中に入る。
生活に必要最低限なものがあるだけのワンルーム。
私はその部屋の真ん中で目を閉じて、ルミナリア様に連絡を入れる。
『ルミナリア様、転移をお願いしていいですか?』
『――ああ。……もういいぞ』
ルミナリア様の返事を聞いて、私はゆっくりと目を開く。そこはもう、殺風景な家ではなく、ダンジョンの最奥にある超快適な私の部屋だった。
私は部屋を出て、ルミナリア様に突撃した。
「ルミナリア様、ただいま!」
「ん? ……ああ、おかえり」
ルミナリア様は少し驚いた顔をして、それからふわっと笑った。
「ダンジョンの案内は上手くいったのか?」
「いま、ギルドの調査隊がフィールドにいます。このまま順調に進めば、ギルドがダンジョンに冒険者を誘致してくれると思います」
「そうか、それは楽しみだな」
「はい! ――と、私はお風呂ついでに彼らの強さを確認してくるので部屋に戻りますね」
と言うやいなや、私は自分の部屋に戻った。そこで服を脱いでバルコニーに。シャワーを浴びながら旅の汚れを落とし、それから温泉へと飛び込む。
「ナビ、少し前にダンジョンに侵入した冒険者達がいるでしょ?」
「はい。現在、五人の侵入者が草原エリアを探索しています」
「その映像、ここに映して」
「もちろんです」
わずかな間を置いて、私の目の前にホログラムのスクリーンが表示される。ここしばらく、ダンジョンの機能を弄っていて覚えた便利機能だ。
私はそのスクリーンに映る夜明けの光の面々とレイシャさんの様子をうかがう。
「いまは……採取している見たいね」
戦闘する様子も確認したいけど、草原エリアには草食動物しか配置していない。
「なにか魔獣を呼び出してみる? ……いや、ダメね。後々のことを考えれば、草原エリアに魔獣が出たという前例を作る訳にはいかないもの」
私はちらちらとモニターの映像を確認しながら、しばらくして温泉から上がった。それからバスタオルで髪を拭いて、部屋着代わりのダボダボのトレーナーを着る。
パソコンのまえに座った私は、ドライヤーで髪を乾かしながらパソコンを立ち上げた。
「ナビ、ダンジョンの映像を三枚のモニターに映して」
私の声に従い、パソコンのモニターに草原エリアにいる面々が映し出される。ドライヤーを片手に映像を確認していると、ほどなくして会話が聞こえてきた。