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エピソード 2ー2

 私――リシェルの最近の朝は遅い。

 寝起きにバルコニーから一望できる、森と滝の絶景を見下ろしながらシャワーを浴びて、ボタンを押すだけでどこからともなく用意されるサンドイッチを片手に髪を乾かす。

 それから最近お気に入りの配信を見ながら身だしなみを整えるのが最近の日課。


 ちなみに、お気に入りはとあるVTuberの配信だ。クールビューティーのお姉さんキャラが、不遜な口調で喋りながらゲームや雑談をしている。


『……あぁ箱庭がどうなったか、だったな。実は色々と失敗してな。あれは迷惑を掛けたお詫びに譲渡した。……男? いや、女性だ。可愛いぞ』


 聞き覚えのある声。というか、名前がそもそも始まりの竜=ルミナリアだった。ガワがリアルより大人だけど、声は間違いなく本人だ。


 異世界の配信って、創造神様がやってたりするんだね。神の声を聞こうと修練を積んでいるルミナリア教の信者が知ったら、嫉妬でどうにかなりそうだよ。


 とりあえず、知らない振りをしておこうと決意。朝の用意を済ませた私は、ちょうど配信が終わったルミナリア様に行ってきますの挨拶をしてギルドへと向かった。


「リシェル様、お待ちしておりました。用意は出来ています」


 ギルドの建物に入ると、すぐにレイシャが出迎えてくれた。それから、外に案内されると幌馬車が一台、その周辺には四人組の冒険者が集まっていた。


 その中で、灰色掛かった髪の男が歩み寄ってきた。背が高く、がっしりした体付き。一振りの剣を持つ男は私のまえで右手を差し出すと、人がよさそうな笑みを浮かべる。


「嬢ちゃんがリシェルだな。俺はリオ。嬢ちゃん達を目的地まで安全に送り届けるために雇われたパーティーのリーダーだ。大船に乗ったつもりで任せてくれ」

「初めまして。今日はよろしくお願いします」

「おう。それじゃ早速出発するか」


 ――と、挨拶もそこそこに、私達は馬車で出発した。幌で覆われた荷台に私とレイシャが固定で座り、後のメンバーは順番に交代する。

 最初に荷台に載ったのは、パーティーのリーダーを名乗るリオさんだった。彼は私から目的地の場所までの大まかな距離などを聞いて、移動の方針を立てていく。


 そして次に馬車に乗り込んできたのは、大きな盾を持ったゼインさん。彼はパーティーの盾役で、寡黙ながらも優しい人物のようだった。


 それから最年少のセシリアさん。彼女はややおっとりした性格ながら、手には杖を持っていた。恐らく魔術師なのだろう。


 そして最後が、二十代半ばくらいの女性。プラチナブロンドをゆる巻きのロングにした彼女は、サブリーダーを名乗るエルフィナさんだった。

 彼女は馬車に乗り込んで来るなり私の手を握った。


「私、貴女にずっとお礼を言いたいと思っていたの!」

「お礼、ですか? 貴女とは初対面だと思うのですが……」

「ええ。でも、私はこの街の孤児院の出身なの。貴女が、子供達に清掃の仕事を依頼してくれたんでしょう? レイシャから聞いているわよ」

「あぁ、そういう。でも、あれはたいしたことじゃ……」


 その場しのぎでしかない自己満足。

 そんなふうに口にしようとするけれど、エルフィナさんは首を横に振った。


「いいえ、子供達はもちろん、院長先生もすごく感謝してたわ。それに、貴女の行動に絆されたレイシャが後に続いてくれたのよ」


 なんのことだろうと視線を向けると「私もギルドは清潔な方が嬉しいと思っただけです」とぶっきらぼうに言い放った。

 それを見たエルフィナさんがクスッと笑い、私に「彼女が、ギルマスに掛け合って、清掃のお仕事を定期的なお仕事にしてくれたの」と耳打ちする。


 私の行動はその場しのぎの自己満足だと思っていたけれど、私の行動が他の人達を動かす切っ掛けとなったと知って嬉しくなる。


「レイシャさん、ありがとうございます」

「別に感謝されるようなことじゃないわ。私が好きでやったことだもの」


 ツンデレかな? なんてことは口にしない。したとしても、異世界の知識がない彼女には伝わらないだろう。それに……


「レイシャさんはこの領地が好きなんですね」

「別に――」

「そうなのよ。この子、以前領主様に助けられたことがあるのよ」


 エルフィナさんがレイシャさんを抱き寄せる。

 まさかお兄様を想ってたり!? と恋バナを期待する。けれど、レイシャさんは煩わしそうにエルフィナさんを押しのけながら「昔の話よ」と言った。

 私は「昔、ですか?」と首を傾げた。


「そう、子供の頃にね。獣に襲われていたところを、領主様に助けていただいたの」


 ……あ、これ、私のお父様の話だ。

 私は詳しく聞きたいと身を乗り出すが――


「オオカミの群れよ!」


 外で周囲を警戒していたセシリアさんの声が響く。直後、エルフィナさんは足下に置いていた杖を引っ掴み、「二人はここにいてください」と外に飛び出していった。

 私は彼らの実力が気になって、荷台から外の様子をうかがう。


 私のイメージでは、前衛がオオカミのヘイトを集め、後方から魔術師が攻撃を加えるのだと思っていた。でも実際には、リオさんが剣を片手に荷台のまえを護っていた。


 御者台の方に顔を出すと、馬の周りを残りの三人が護っていた。重装備のゼインさんはもちろん、治癒魔術師のエルフィナさんも杖でオオカミをあしらっている。オオカミを近付かせないように立ち回っているのは、攻撃魔術を多用しているセシリアさんだけだ。


 そっか……馬車を護りながらだと、そうなるんだね。布陣的にはかなり不利――だけど、彼らは危なげなくオオカミを撃退していた。


「……強い、ですね」

「ええ、彼らは優秀ですから。オオカミ程度なら何頭いても敵じゃありませんよ」


 レイシャさんがそう言って微笑んだ。

 加勢した方がいいかと思ったけど、護衛対象として大人しくしてた方がよさそうね。そう思った私は荷台に座り直し、レイシャさんに顔を向けた。


「彼らは冒険者として、どのくらいの位置づけなんですか」

「夜明けの光はCランクですね。うちの支部では一、二を争う実力です」

「……なるほど、あれがCランクの実力ですか」


 Cランクは全体の5%くらい、全体で見れば中堅上位と言ったところ。

 彼らの戦闘力を基準に、ダンジョンの難易度を調整しよう――と、そんなことを考えていると、ほどなくしてオオカミの群れは逃げていった。


「周囲を警戒、戻ってくる様子がなければ移動を再開するぞ!」


 リオさんの号令があり、一行はしばらくしてから移動を再開。その後はとくに襲撃されることもなく、夕暮れまえには山の麓に到着した。


「ダンジョンの入り口はこの辺りか?」


 リオさんに問われて、私は馬車から降りたって周囲の景色を確認する。この辺りの地形は、ダンジョンの設定中に何度も確認している。

 私はすぐに、少し山沿いに移動した辺りを指さした。


「あの辺りに入り口があります」

「了解だ。――ゼイン、悪いが確認してくれるか?」


 ゼインさんが頷き、私が指さした方へと注意深く歩いて行った。と同時、私の周囲に立つ、他のメンバー達からも緊張感が漂ってきた。

 ほどなく――


「ある! ダンジョンらしき巨大な洞窟の入り口があるぞ!」


 ゼインさんの声が響き、みんなが「マジか!」なんて感じで一斉にざわめいた。エルフィナさんとセシリアさんは顔を見合わせた直後、全力で入り口の方へと駈けていった。


「あ、おい、おまえら、護衛対象を置いていってどうする! ――ったく、聞いちゃいねぇ」


 リオさんが舌打ちして、それから御者台に飛び乗った。


「俺はまず馬車をなんとかする。悪いが、嬢ちゃんらはあいつらについて行ってくれるか?」

「分かりました」


 私は苦笑しつつ、レイシャさんと一緒にダンジョンの入り口へと足を運んだ。洞窟の麓にある大空洞、その奥には石畳の道で区画が整地された平地が広がっている。

 入り口からそれを目にしたレイシャさんは口元を手で覆った。


「……すごい。本当に、アルステリア領にダンジョンが……」


 震える声。その横顔を盗み見ると、目元に涙が浮かんでいた。それを見た私もまた、アルステリア領にダンジョンが出来たのだと実感して泣きそうになった。

 でもまだだ。

 アルステリア領が栄えるのはこれからだ。


「レイシャさん、中に入ってみましょう。二人は先に行ったみたいですよ」

「……そうですね。私達も後を追いかけましょう」


 馬車が縦横に数台並ぶほど大きな入り口。そこを潜って石畳の道を進むと、すぐに視界が開けた。山の規模にそぐわない、小さな街が一つ丸々入りそうな空間が広がっている。


「ここが、セーフエリア……すごい、区画が整備されているのは初めてです」


 レイシャさんがぽつりと呟いた。そのなんでもない呟きに、私はおやっと首を傾げる。


「区画が整備されているのがおかしいんですか? 王都とかにある、他のダンジョンも区画が道で区切るように整備されていますよね?」


 私は基礎知識としてそれを知っていた。だから私は、2000ポイントも使って区画を整理したのだ。なのに、レイシャさんは首を横に振った。


「セーフエリアの区画が整理されているのは、ダンジョン発見者など、セーフエリアの管理権限を持つ者が管理レベルを上げて整備したからです」

「……え? じゃあ、最初からこんな風に整備されているのは……」

「前代未聞です」


 そ、そうきたかぁ……

 新しいダンジョンが出来た際の資料はほとんどなかったから、そこまで調べていなかった。てっきり、最初から整備された状態だとばかり思っていた。

 

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