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エピソード 2ー1

 細かい調整はまだだけど、ダンジョンの設定が完了した。後はダンジョンの存在をどうやって発表するかだけど、お兄様経由での発表は最初に除外した。

 私の噂がいまもなお消えていないからだ。


 私が怪しげな儀式をおこなったせいで、山で地鳴りが発生したという噂が流れるいま、私がダンジョンを手にしたとなれば、噂と結びつける者が現れるだろう。

 いまここで、他者に付けいる隙を与えるべきではない。

 だから、私は別の方法で告知することに決めた。


 ――という訳で、私はウィッグで変装し、さらに手の甲の紋章を手袋で隠し、領都にある冒険者ギルドへと向かった。ギルド内は以前よりも綺麗になっていた。

 そのことに満足しつつ、受付嬢のいるカウンターへ足を運んだ。


「あら、貴女はいつぞやの……今日はどうしました?」


 笑顔で出迎えてくれたのは、ブロンドのロングヘヤーで左右の房を軽く纏める女性。あのとき、私に話しかけてくれた受付嬢だった。ちょうどいいと、私はカウンター越しに顔を寄せ、出来るだけ声を絞って「実は山の中でダンジョンを見つけまして」と囁いた。


「ダン――ッ」


 受付嬢は声を呑み込み、口元を手で隠した。それから声を潜め、私に顔を近づけてくる。


「……失礼しました。それは事実ですか?」

「はい。少なくとも私はそう認識しています」

「……分かりました。別室に案内します」


 彼女は他の受付嬢に声を掛けた後、こっちですと先導する受付嬢に連れられ、私はギルドの奥にある応接間へと案内される。

 彼女は私に上座を勧め、自分は下座のソファへと腰を下ろした。


「本来ならお茶菓子をお出しするべきですが――まずは確認させてください。なにを根拠に、ダンジョンを発見したと判断なさったのですか?」

「セーフエリアがあり、その奥には素材の採取ポイント、それに魔獣も確認しています」

「セーフエリアを確認なさったんですか! では、もしや紋章も……」


 受付嬢の視線が私の手袋で紋章を隠した右手に向けられる。けれど私はその視線に気付かない振りをして話を続ける。


「私は代理人です」

「……代理人? では、発見したのは別の方という……あっ、あの変な求人!」

「ええ。私の雇い主は、ダンジョンの管理を任せる代理人を探していたそうです。もちろん、セーフエリアの管理権限も確認しましたよ」


 色々と相手が誤認しそうな言い方だけど嘘は吐いていない。そんな私の言葉を信じたようで、受付嬢は納得する素振りを見せた。


「それで、貴女は――ええっと、そう言えば名乗っていませんでしたね。私はレイシャと申します。貴女のお名前を教えていただけますか?」

「私はリシェルと申します」


 私が名乗ると、受付嬢はピクリと指先を震わせた。

 恐らく、領主の妹と同じ名前だと気付いたのだろう。だけど、リシェルというのはそれほど珍しい名前ではないし、髪の色だってウィッグで変えている。

 結局、彼女はなにも聞いてこなかった。


「……かしこまりました。それではリシェル様。こちらでもダンジョンの確認をしたいのですが、案内はしていただけますでしょうか?」

「ええ、もちろんです」


 ということで予定を確認し合い、明日の朝一番に調査隊を案内することになった。


「では、明日の朝にもう一度来ますね」

「お待ちしています。それと、念のために周囲には気を付けてください」

「……周囲、ですか?」


 コテリと首を傾げると、レイシャは少しだけ目を細めた。


「ダンジョン発見者の権限を強引に奪うことは出来ませんが、脅して譲渡させるなどの抜け道はあります。悪人に存在を知られれば、狙われることもあるのでご注意を」

「分かりました。ご忠告に感謝します」


 私はそう言って席を立つが、レイシャは眉を寄せた。


「……護衛を付けた方がいいという忠告だったのですが」

「あぁ、なるほど。ですが、私自身、それなりに腕に覚えはありますし、ものすごく強い護衛を付けているので心配ありません」


 私はそこまで口にして、自分が代理人を名乗っていることを思い出した。


「――それに、ダンジョンの所有者は私ではありませんから」


 とってつけたようなセリフ。

 レイシャは「そうですか。ではなにも言いません」と苦笑した。そんなレイシャに見送られ、私は冒険者ギルドを後にする。

 そうして街を歩きながら、ダンジョンマスターの権限を使って、ダンジョンコア――つまりルミナリア様に呼びかける。

 ほどなく、『公表は終わったのか?』という声が脳裏に響いた。


『明日、確認に向かうそうなので案内します』

『そうか。まぁなにかあれば頼るがいい』

『そうさせていただ……』


 心の声を途絶えさせ、私は背後に意識を集中する。私の歩調に合わせて後を付けてくる複数の気配があった。


『どうした?』

『さっそく誰かに付けられているみたいです』

『ふむ、助けは必要か?』

『大丈夫そうですが、なにかあれば頼らせてください』

『そうか。まぁ死んでも生き返らせてやるから心配するな』

『……死ぬ前に助けてください』


 ルミナリア様の軽口に応じつつ、私は通信を解除。あらためて気配を探るが、後を付けてくるのは三人。尾行になれた様子はないからただの素人だろう。


 ……転移用の拠点を知られるのは面倒だし、少し誘ってみるかな。


 そう結論づけて、私は人気が少ない裏路地へと足を運んだ。それから、相手が仕掛けるために距離を詰めてくる――瞬間、クルリと振り返る。


「私に、なにか用かしら」

「なんだ、俺達に気付いてやがったか」

「それだけ足音を立ててたらね。……それで、私になんの用?」

「いやなに、俺達にセーフエリアの土地を譲ってもらおうかと思ってよ」

「……セーフエリアの土地? なにを言ってるの?」


 困惑した振りをする。演技にはそれなりに自信があったのだけど、私に話しかけてきた男は少しも揺るがなかった。


「惚けんなよ。俺はちぃっとばかし耳がいい方でな。おまえがあの受付のねぇちゃんに、ダンジョンを発見したって言ったのをバッチリ聞いてたんだわ」


 はったりでは……なさそうね。気を付けたつもりだったんだけど、周りの喧噪に紛れると思って油断したかしら。

 この時点で、私の方針は決定した。


「まぁいいわ。私はそれを否定するけれど、もしダンジョンの発見が事実だとして、私が代理人だとは考えないの?」

「――っ。あぁそうかよ、だったら発見者の元へ案内してもらおうか」


 男が無防備に掴みかかってくる。私はその手首を掴み、男を投げ飛ばした。クルリと身体を反転させ、男は背中から地面に叩きつけられる。

 たしなみ程度とはいえ、私は正規の訓練を受けている。冒険者に毛が生えたような連中には負けない。


「かはっ!? ……ごほっ、お、おまえら、こいつを痛い目に、ごほっ、遭わせてやれ!」


 咳き込みながら命令を下す。

 その声に従って、残り二人の男が襲い掛かってきた。私はバックステップで斜め後方に距離を取り、二人から同時に襲われないように注意する。

 先に間合いに入った男の顎をハイキックで蹴り上げ、もう一人に視線を向けた――瞬間、最後の一人は、路地から飛び出してきた新たな男に一撃をもらって膝からくずおれた。


 ……速い。それに寸前まで気配を感じなかった。

 とはいえ、私に絡んでいた男を叩き伏せたことから考えて、悪人ではないと思うのだけど……と男に視線を向ける。

 彼は倒れた男達に歩み寄り、一人一人を縛り上げているところだった。

 なにやら手際がいい。

 私より少しだけ年上くらい。黒髪に青い瞳で、整った顔立ちの青年だった。


「助けてもらった……という認識でいいのかしら?」

「ああ。裏路地へ入っていくうら若い女性と、その後を付けていく怪しい連中を見かけてな。思わず後を付けた訳だが……余計なお世話だったか?」

「いえ、助けていただいたことには感謝します。ただ……」


 後を追いかけてきたのなら、たぶん――と探りを入れる。


「ああ、悪い。ダンジョンがどうのという会話なら聞いていた」

「そうですか……それで?」


 助けてくれた以上、悪人ではないだろう。だけど、ダンジョンは宝の山だ。そのセーフエリアの管理権限を手に入れる機会ともなれば、道を踏み外す可能性も否定できない。

 そんなふうに警戒していると、青年は私に見えるように両手を挙げた。


「心配するな。犯罪行為に手を染めるつもりはない。ただ、可能であれば、正規の手続きを経て、セーフエリアの一部を売って欲しいとは思っているが」

「正規の手続き、ですか?」


 私が小首を傾げると、男はゆっくりと首からペンダントを外し、それを私に放り投げた。


「――なんですか、これは」


 青年を警戒したまま、横目でペンダントを観察する。恐らくダンジョン産の高価な金属を使ったペンダントで、見たことのない紋章が刻まれている。

 決して安くはない代物だ。


「これは……手付金、ですか?」

「ほう、一目でそれの価値が分かるか。だが、手付金ではない。それはクラウンリンクという商会と連絡を取るためのものだ」

「……クラウンリンク商会、聞いたことがあります。たしか、王都に拠点を構えている、王室と繋がりがあると名高い商会ですよね? そんな大物がなぜアルステリア領に?」


 自分で言うのはなんだけど、こんな田舎に来るような商会ではない。

 もしかして、私絡みかと警戒心を抱く。


「少し調べたいことがあってな。俺はノエル。おまえは?」

「――私はリシェルです」


 迷いながらも、だけど表面上はなんでもない風に名乗った。

 むろん、リスクはある。でも、私にはルミナリア様がいる。だからここであえて名乗ることで、相手がどのような反応を見せるか、様子を見ようとしたのだ。


 果たして――ノエルは少しだけ首を傾げるだけで、特に追及はしてこなかった。


「ではリシェル、もしセーフエリアを売ってくれるつもりになったら、クラウンリンク商会でそれを見せてくれ。俺に連絡が行くようになっている」

「売るつもりになったら、でいいんですか?」

「強要するつもりはない。ただ、クラウンリンク商会は王室と繋がりがある。取引をしておけば、なにかと融通は利かせられるぞ?」

「覚えておきます」


 神妙に頷いてペンダントをポケットにしまう。直後、表通りの方が騒がしくなって、ほどなくして警備兵達が駈けてきた。


「ここで騒ぎがあったと聞いたが、なにがあった?」

「彼らに襲われ、撃退をしました」

「ふむ。お嬢さんが一人で、ですか?」

「え? いえ、そこの彼と――」


 そう言いながらノエルを探すが、彼はいつの間にか姿を消していた。


「……ええっと、助けてくれた人がいたんですが、いなくなったみたいです」

「なるほど。ではそちらは置いておくとして、襲撃された理由はなんですか」

「それは……」


 ここで事実を明かすと、騒ぎが大きくなりそうな気がする。そう思って言いよどんでいると、「――ギルド案件です」という女性の声が響いた。

 見ると、受付嬢のレイシャが警備兵の元へ歩み寄るところだった。


「貴女は?」

「私は冒険者ギルドのサブマスターです。今回の件はギルドの案件ですので、襲撃者達はこちらに引き渡してください」

「警備兵には口を出すな、と?」

「いえ、ですが、ここで事情を話す訳にはいきません」

「……いいでしょう」


 と、なにやら話が纏まったようで、彼らはギルドに移動することになった。

 その様子を見守っていると、レイシャが私に視線を向ける。


「リシェル様はそのままお帰りください」

「……いいんですか?」


 後ろで、警備兵がなにか言いたげな顔をしているけれど――と、私は言外に問い掛ける。彼女はそれに気付いているのかいないのか、かまいませんと頷いた。


 ……まあ、有能そうだし、任せておけばいいかな。


「分かりました。では、明日の朝、またギルドに顔を出します」


 私は笑顔で別れを告げ、そのまま領都にあるルミナリア様の拠点に帰宅。そこからルミナリア様の力を借りて、ダンジョン最深部にある屋敷の方へと帰還した。


     ◆◆◆


「――それで、俺達への指名依頼って言うのは?」


 冒険者ギルドの奥にある応接間。ギルドマスターとレイシャ、それに指名依頼で呼び出された、とあるパーティーのリーダーであるリオが、ローテーブルを挟んで向かい合っていた。


「話というのは他でもねぇ。おまえ達にレイシャの護衛と、ある場所の調査を依頼したい」

「……護衛と調査? 一体なにがあった?」


 リオが問い返すと、ギルドマスターは「後の説明は、彼女と直接話したおまえに頼む」とレイシャに水を向けた。レイシャは頷き、居住まいを正す。


「数時間ほどまえ、ダンジョンを発見したという報告がありました」

「――ダンジョンだと!?」


 リオがローテーブルに手を突いて立ち上がり、それからハッとした顔で座り直した。


「……わりぃ、取り乱した。それで……本当の話なのか? 以前に新しいダンジョンが見つかったのは、もうずいぶんと前のはずだ」

「ええ。ですから確証はありません――が、可能性はあるかと。少なくとも、冒険者ギルドを騙して、敵に回すほどの理由はないはずです」

「まぁ普通に考えたらそうだよな」


 冒険者ギルドは領地から独立した団体だ。王都に本部があり、残りはすべて支部。どこかの冒険者ギルドに不利益を及ぼせば、すべての冒険者ギルドが敵になる。

 まともな人間なら、冒険者ギルドに無意味な嘘を吐こうとは思わない。


「それに、ダンジョンを発見したというのは、山の麓だそうですよ」

「……っ、地鳴りの原因か!」

「どうでしょう? ダンジョンは滅多に見つかることはなく、見つかったとしてもいつから存在したのかは分からないのが普通です。ですから、ダンジョンが現れる予兆などがあるのかも分かっていません」

「だが、納得のいく理由ではある、か」


 実際のところ、地鳴りはルミナリアが箱庭制作のときに発生したものだ。次元を歪ませるダンジョンの構築で地鳴りは発生していないのだが、彼らはそう結論づけた。


「それともう一つ、報告者は特に厚着でもないのに、手袋をしていました。本人は発見者の代理人を名乗っていましたが、恐らく……」

「セーフエリアの管理権限を持つ文様か」


 その問いに、レイシャは「少なくとも調査は必要と判断しました」と口にする。


「事情は分かったが、俺達を指名した理由は?」

「アルステリア領で活動している冒険者の中でも優秀。そしてダンジョンの探索経験があり、パーティーに女性がいるからです」

「……ということは、報告者は女性か」

「ええ。それに――エルフィナさんも会いたがっていたでしょう?」

「あん? ……あっ、孤児院のガキどもに仕事を与えた嬢ちゃんか!」


 エルフィナはリオが率いるパーティーのサブリーダーで、この街の孤児院の出身だ。だから孤児院のことを憂えていて、子供に清掃の仕事を与えたリシェルと会いたがっていた。


「そういうことなら断る理由はないな。出発はいつだ?」

「明日の朝を予定しています」

「分かった。だが、明日からでいいのか? その嬢ちゃんが今日、狙われる可能性は?」


 ダンジョンが発見された。それによって発生する利益は天文学的な数字だ。であるならば、よからぬことを考える者が現れないとも限らないと警告するが――


「実は、既に襲撃されています」

「おいっ!」


 答えは予想より深刻だった。

 否、深刻に思えたのはそこまでだった。


「ですが、問題ありません。絡んだ連中は蹴り飛ばされたそうですから」

「……それは、なんというか、おてんばな嬢ちゃんだな」

 

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