エピローグ
乙女な悪役令嬢には溺愛ルートしかない1
好評発売中! 最後に書影がありますのでよければご覧ください。2巻は8/25予定です。
交易路の開通式から数日、セーフエリアは大いに賑わっていた。
夜明けの光の面々は精力的にダンジョンで狩りを続け、その名を轟かせている。おかげでクランハウスも有名になり、いまでは毎日のように加入したい冒険者が押し寄せている。
それに、ファリーナ達も楽しそうだ。
私が開き直って伝説の素材の採取ポイントを増やしたことで、夜明けの光がセラフィニウムを新たに手に入れ、連日それを使った装備を作っている。
そしてミリア。
一度は冒険者に殺された彼女だけど、草原エリアで素材採取を再開している。あの日の恐怖は残っているけど、子供達のためにがんばると、彼女は笑っていた。
そして、イージーワール伯爵とグラセット商会は無事に破滅した。
横領の件はもちろん、私の両親を殺した件も立証されたそうだ。それに、ミリアを襲った冒険者がセーフエリアに現れたのも、イージーワール伯爵の手引きがあったからだった。
許せないと思った。
けど、処刑が決まっているそうなので、罰するのは国に任せ、私はまえを向いて生きることにした。
そして――
「ルミナリア様、今日、少し付き合ってくれませんか?」
「ああ、かまわないぞ。どこへ行くんだ?」
「領都です」
私はルミナリア様を誘い、領都へと転移した。
今日の私はドレス姿で、ルミナリア様はいつものキャミソールにジャケット、ホットパンツという格好。そんなちぐはぐな私達が仲良く並んで領都の大通りを歩く。
「……以前見たときよりも、活気があるようだな」
「はい。農作物の収穫量が増えたところに、新たな需要が生まれましたから!」
余剰が生まれた食料が、セーフエリアで買い上げられている。それは領都に利益をもたらした。いまはまだ少しだけど、確実に領都は明るい未来に進んでいる。
領地にある他の町や村も、少しずつ豊かになっていくだろう。
「おまえが見せたかったのは、この領都か?」
「それもありますが……今日は、会わせたい人達がいるんです」
私はそう言って笑い、領都の外れにある丘の上までルミナリア様を案内した。
柔らかな風が吹く、物静かな丘の上。そこには、手入れの行き届いたお墓が建てられている。
「……ここは?」
「両親のお墓なんです。今日は、ルミナリア様を紹介したくて。お父様、お母様。紹介するね。私の恩人で、大切な友人だよ」
私がお墓に向かってそう言うと、ルミナリア様が少し照れくさそうに「だ、そうだ」とはにかんだ。
私はお兄様経由で入手した黄金花の蜜酒を取り出し、それをお墓に掛ける。
「……これ、知ってるよね? 黄金花の蜜酒。お父様とお母様が、王都の商人に売り込もうとしてたんだよね? ノエルさんが教えてくれたの」
そう言いながら二つのコップに注いで、片方はルミナリア様に渡す。初めて呑んだお酒は甘く、優しい口当たりだった。
「……美味しいね」
私はお酒の善し悪しが分からないけれど、両親が命を懸けて推しただけのことはあると思った。
「クラウンリンク商会の代表が、これを取引したいって言ってくれたの。お父様とお母様のおかげだよ。二人ががんばったから、クラウンリンク商会と縁を持てたんだよ」
私はそう口にして、それから墓石に手を触れさせる。
墓石は思ったより冷たく、とても硬かった。
「……それにね、ダンジョンも見つかったの! ルミナリア様がくれたんだよ? なんて、意味分からないよね。私も分かんない。でも本当なんだよ」
そう言って笑う。
でも、不意に涙が零れた。
私はその涙を手の甲で拭いながら話し続ける。
「交易が始まるところ、二人にも見せてあげたかったな。領地が豊かになって、領民に笑顔が溢れるところ、二人にも見て欲しかったよ」
領地を豊かにするという私の夢。
それは、両親の悲願を受け継いだものだ。
交易が始まったとき、すごく嬉しかった。
ダンジョンが発見され、領地が豊かになっていくのを見るのは心が躍った。
だけど、それを両親に見せることは出来ない。
「……二人と一緒に、見たかった。よくやったねって褒めて欲しかった。こうすればもっとよくなるかもって……一緒に考えて欲しかった」
どうして、死んじゃったの? と、喉元まで込み上げた言葉は、嗚咽と共に消えていく。
お父様とお母様、そしてお兄様と私。みんなで一生懸命がんばって、そうして結果を出せたのなら、きっとすごく幸せな気持ちになれただろう。
だけど、その夢だけはどうやっても叶えられない。それを自覚した瞬間、涙が止まらなくなった。
そうして肩を震わせていると、ルミナリア様がこてりと首を傾げた。
「なんだ、それならそうと、もっと早く言えばいいものを」
「……え? それは……」
どういう意味かという問い掛けに対し、ルミナリア様は魔法陣を描き出した。直後、墓石が神々しい光に照らされる。
「ルミナリア様? いったい、なにをやって……?」
「……なにって、おまえは両親と一緒に、豊かになる領地を見たいのだろう?」
「そうですが……え? ま、まさか!?」
ルミナリア様は、当たり前のようにミリアを生き返らせた。なら、何年も前に死んだ人は? その人の魂を呼び戻し、生き返らせることは……可能なの?
まさかと息を呑む私のまえで強い光が弾け、墓石の前に横たわる2人の姿が現れた。
二人は亡くなったときと同じ服を身に付け、呼吸に合わせて胸を上下させている。
信じられないと、私は口元を押さえて息を呑んだ。
始まりの竜が起こした奇跡を目の当たりにして、驚きで引っ込んでいた涙がまた流れ始める。
豊かになっていくアルステリア領。
私とお兄様は両親の悲願を受け継ぎ、領地を豊かにしようとした。そうすることでしか、親孝行する方法が残されていないと思ったからだ。
豊かになった領地を見せることも、頑張ったねって褒めてもらうことも、一緒になって考えることも、もう二度とできないと思っていた。
なのに、ルミナリア様が両親を生き返らせてくれた。もう二度と叶わないと思っていた夢が全部戻ってきた。
それを実感して涙で視界がぐちゃぐちゃになる。
「……ルミナリア様、あり、ありがとうございます。私、嬉しいです。こんな、絶対に無理だって思っていたから。だからっ、すごく、すごく嬉しいです!」
「……そうか、ならよかった」
ルミナリア様は無邪気に笑う。
「ルミナリア様、こんなによくしてもらって、私、どうやって恩を返せばいいですか?」
ルミナリア様はなんでもないことのように言うけれど、これは間違いなく神の奇跡だ。その恩はきっと、私の一生を捧げても釣り合わない。
「なら、これからもずっと、一緒に夕食を食べよう」
「……それはまえに約束しましたよ?」
「そうだったな。だが、私の願いはそれだけだ。私はずっと、一人だったからな」
「……ルミナリア様」
始まりの竜、彼女が世界を作った理由は、もしかしたら……寂しかったからなのかな?
そんなふうに考えると、ルミナリア様が急に普通の女の子のように見えてきた。
「分かりました。じゃあ、これからもずっと一緒にご飯を食べましょう。夕食だけじゃなくて、朝食や昼食も」
「……本当にいいのか? ずっと、だぞ?」
「はい、約束です!」
「おまえ、本当に分かって……いや、確認するのは野暮だな。いつかわかるその日を楽しみにしよう」
ルミナリア様はそう言って笑う。
私は眠っている両親に視線を戻す。
「……でもまずは、両親が生き返ったことを、どうやって誤魔化すか考えないとダメですね」
「素直に生き返らせたと言えばいいんじゃないか?」
「大騒ぎになるからやめてください!」
「なら、実は生きていたと言い張るのはどうだ?」
「もう、そんな雑な言い訳が通用するのはルミナリア様だけですよ!」
私は手の甲で涙を拭いながら笑った。
どうやって誤魔化すかは頭の痛い問題だけど、得られた結果に比べれば些細なことだ。
ルミナリア様が不可能を可能にしてくれた。叶わないはずだった夢の続きを見ることができる。私はこれからもずっと、ダンジョンの経営を続けていく。
ルミナリア様や家族、仲間たちとともに。
そうして、いつしかアルステリア領は世界一豊かな領地として栄えることになるのだが、そこに至るまでの道には、両親の復活が明らかになって騒動になったり、私の正体がバレて騒動になったり、ルミナリア様がアルステリア領にリスナーを招待して騒動になったりと、色々と面白くも大変なことがあった。
その波乱に満ちた、だけど幸せな物語は、またいつか別の機会に語ろう。
冷暖房完備の、あの快適な部屋の中で。
お読みいただきありがとうございました。
一章はこれでおしまいとなります。面白かった、続きが気になる、ルミナリア様やりすぎ! など少しでも思っていただけたなら、ブックマークや評価をポチッと残してもらえたら嬉しいです。




