表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お隣さんはもういらない! ~陸の孤島の令嬢が、冷暖房完備の詫びダンジョンで箱庭無双を始めるようですよ?~  作者: 緋色の雨


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/38

エピソード 4ー4

 バルサズの背中を見送り、私はようやく片がついたのだと実感する。

 グラセッド商会はもちろん、迷惑なお隣さんとはこれで縁を切れる。バルサズがこれからどうなるかは分からないけれど、少なくとも私が関わることはないだろう。

 晴れ晴れとした気持ちで伸びをして、それからノエルさんのもとに戻る。彼はちょうど、騎士達に指示を出し終えたところだった。


「殿下――と、お呼びするべきですか?」

「いや、私はあくまで商会の長だ」

「……分かりました。では、ノエルさん。さきほどはありがとうございました。イージーワールの伯爵にはなにかと辟易させられていたので助かりました」

「役に立てたのならなによりだ」


 彼はそういって笑う。


「……これが、先日言っていた追加の対価ですか?」

「そうだ。アルステリア領主の妹になら、これがよいと思ってな」


 しれっと、私の正体について言い当てられた。私も途中から隠す気がなかったし、バレてるかなとは思っていたので驚かないけれど。


「いつから気付いていたのですか?」

「最初に会ったとき、名前を聞いただろう」


 私は小首を傾げた。

 ルミナリア様の名前ならともかく、私と同じ名前なんて珍しくない。あのときはウィッグで髪色も隠していたし、普通なら気付かないはずだ。

 なのに気付いたとしたら――


「もしや、噂の主である私を探していたのですか?」

「噂? あぁ、イージーワール伯爵が流した噂の件か。そちらはついでだ。俺がアルステリア領にいたのは、農具の件だ。収穫量が上がったと聞いたからな」

「農具? あ、あぁ……」


 そっか、そっちかぁ。

 王家と関わりのあるクラウンリンク商会。

 そのトップ、それも王族がアルステリア領に来ていたと知ったときは、てっきり噂の件で私をスケープゴートにする予定があるから、なんて思っていたけど……違ったらしい。


「それともう一つ、アルステリア領には以前から興味があったからな」

「……え? それは、どういう意味ですか?」

「それは――と、そなたも聞くがよい」


 ノエルさんが、お兄様に声を掛けた。


「殿下、なにか御用でしょうか?」

「いまの俺はクラウンリンク商会の商会長だ。かしこまる必要はない」

「しかし――」

「公然の秘密とはいえ、一応は正体を隠している身だ、配慮せよ」

「……かしこまりました――いえ、分かりました、ノエルさん」


 お兄様が口調をあらためると、ノエルさんは満足げに頷く。


「それでいい。では話を戻そう。俺はまえからアルステリア領に興味があった。それと関連する話だが、交易品に黄金花の蜜酒を加えたい」


 初めて聞く品目に私は首を傾げる。けれど、お兄様は「黄金花の蜜酒をご所望なのですか?」と聞き返した。お兄様はそのお酒を知っているようだ。


「お兄様、黄金花の蜜酒というのは?」

「ああ、おまえはお酒を飲まないから知らないか。アルステリア領でのみ咲く香気花の蜜を醸したお酒だ。お父様とお母様が好きだったそうだ」

「お父様とお母様が?」

「ああ、今度呑んでみるといい。おまえももう、お酒を飲める年だからな」

「……そう、ですね」


 もしも両親が生きていたら、いつか勧められていたのだろうかと思って、少ししんみりしてしまった。

 私は頭を振って視線をノエルさんに戻した。


「クラウンリンク商会は、以前からそのお酒に興味を抱いていた、ということですか?」

「少し違うな。俺の商売仲間が、アルステリア子爵――ああ、先代の話だが、その先代から、うちの領地にはとびっきりの特産品があると聞かされていたんだ」

「聞かされていた、ですか?」

「ああ。結局、それがなんだったのかは分からずじまいだったそうだ。それがずっと気になっていてな。クラウンリンク商会がアルステリア領に来たのはそれが理由だが、自ら出向いたのはそれが理由だ」

「……では、それが黄金花の蜜酒だとわかったのは何故ですか?」

「呑めばわかる、そういう類のものだ」


 つまり、ノエルさんは黄金花の蜜酒を呑み、交易品に値する商品と認めたという意味。

 それが分かって嬉しくなる。


「……でも、その商人は、どうして分からずじまいだったのですか?」

「それは……」


 ノエルさんが言葉を濁した。

 そのとき、お兄様が「もしや……」と呟いた。


「お兄様には心当たりがあるのですか?」

「ああ。分からずじまいになったのは恐らく、お父様とお母様が殺されたからだ」

「え、それって……まさか!」


 脳裏に浮かんだのは、ノエルさんが言った言葉。イージーワール伯爵には、邪魔なライバルの命を奪った容疑が掛かっている、と。

 そんな私の予想を肯定するように、ノエルさんが小さく頷いた。


「おまえ達の両親を襲ったのは、恐らくイージーワール伯爵の部下だ」

「――っ」


 イージーワール伯爵が、お父様とお母様を殺した犯人。

 それを理解して、いますぐあいつを殺せと、イリスに命じたくなる。怒りに突き動かされて一歩を踏み出そうとしたそのとき、お兄様に腕を引かれた。


「……お兄様?」

「イージーワール伯爵は法によって、その罪を償うことになる」

「……分かって、います」


 私は領主の妹だ。

 法で裁けるのなら、それに従うべきだ。

 ……だけど、お父様とお母様は、アルステリア領を豊かにしようとがんばっていた。そしてそれは、あと少しで達成されるところまで来ていた。


 なのに、無慈悲な誰かに殺された。

 それを知って、たまらなくなる。


「……お父様、お母様。夢の達成を目の前に、さぞ、無念だったでしょう……っ」


 視界が滲み、涙が頬を伝い落ちた。

 両親の無念を思って身を震わせていると、お兄様にそっと肩を掴まれた。


「リシェル。両親の悲願を、いまここで果たして上げなさい」

「……私が、ですか」


 顔を上げると、お兄様は優しげに微笑んでいた。私は手の甲で涙を拭い、ノエルさんに視線を向ける。彼もまた、私の言葉を待っているようだった。

 私は背筋を伸ばし、ノエルさんを見上げる。


「……ノエルさん、黄金花の蜜酒は交易するに値する商品ですか?」

「ああ、もちろんだ。もしダンジョンの素材がなかったとしても、俺は黄金花の蜜酒の交易を提案していただろう。ゆえに、交易品に加えたい」


 彼の言葉で、お父様とお母様の悲願が叶った。それを理解して、胸に熱いものがこみ上げてくる。


「……ありがとうございます。ぜひ、黄金花の蜜酒を交易品に加えさせてください」


 私の思いを汲んでくれたノエルさんに、感謝の想いを込めて深々と頭を下げる。

 地面の上に、ポタポタと熱い雫が零れ落ちた。

 草原に柔らかな風が吹き、私の髪を優しく撫でる。それは、まるで――誰かが私の背後に寄り添ってくれているようだった。

 

 

 乙女な悪役令嬢には溺愛ルートしかない1

 好評発売中!

 ↓に書影があります

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
↑の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎をポチッと押していただけると嬉しいです!

【乙女な悪役令嬢1巻の表紙】
aatwd9wdbulkjlh9dfu261jejxu5_zab_15o_dw_
◆画像をクリックでAmazonの作品ページに飛びます◆

本屋さんで予約などする場合は下記の数字をお見せください。
ISBN-13 : 978-4824012234
タイトル:乙女な悪役令嬢には溺愛ルートしかない 1 ~やらかすまえの、性格以外は完璧なスペックの悪役令嬢に転生しました~
好評発売中
レーベル:オーバーラップf
2巻は2025年08月25日発売
緋色の雨のリットリンク
緋色の雨のX 【新作】回帰した悪役皇女はうつむかない 〜元敵国から始めるレコンキスタ〜
ここをクリックで作品ページに飛びます
― 新着の感想 ―
ええ話や…!
前回の要略 バルザスは、お兄ちゃんパワーが足りなかった。お兄様を見習え! 1個で目ん玉飛び出ます!な素材が、まだまだ登録されてんだよね?お兄様、妹が埋めた爆弾の処理、頑張ってください……。 あと、…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ