エピソード 3ー12
ミリアの仇を討っても気持ちはちっとも晴れない。それどころか、たった一日で、二組の冒険者を死なせた危険なダンジョンだと喧伝してしまった。
せめて、二度とこのようなことが起きないように対処しなくてはならない。
「……イリス」
「ここにいるのよ」
声を掛けた瞬間、ゴスロリ姿のイリスが私のまえに姿を現す。
「目撃者はいないわね?」
「ええ。誰も近づかないように誘導したのよ」
「そう、よくやったわ」
これで彼らの遺体を棄ておけば、発見した冒険者が彼らは魔獣にやられたと判断してくれるだろう。
後は――
「イリス、彼らに私を襲わせた連中を見つけ出し――始末なさい。二度と今回のように悲しい事件が起きないように」
「仰せのままに、なのよ」
イリスはそういって虚空に消えていった。それを見送った私もまた転移で屋敷へと帰還する。
そして、ベッドに横たわるミリアのまえに立った。安らかな寝顔。彼女が死んでしまったなんて信じられない。ただ、眠っているかのようだ。
どんな顔で、孤児院のみんなに報告すればいいんだろう。なにより、私がもう少し周囲に警戒していれば、防げたことかもしれないという事実に後悔が押し寄せてくる。
「ミリア、ごめんなさい」
力なく呟いて、ミリアの頬を撫でる――と、その瞳がパチリと開いた。
「……もう朝ですか? って、リシェルさん? 私になにか用ですか?」
「え? ミリア?」
「はい、そうですよ? と言うか、どうしたんですか、そんな、オバケでも見たような顔をして」
彼女はキョトンとする。
「だって、貴女は殺されて……」
「やだ、怖い冗談、言わないでくださ――」
そこで息を呑んだミリアの顔がみるみる青ざめていった。
彼女はベッドから飛び起きると、シャツをまくり上げた。すべすべのお腹が露わになるが、素肌には傷一つない。というか、シャツを染めた血の跡も消えている。
「……夢? でも、あれは……」
ミリア自身、訳が分かっていないようだ。
死んだはずの人間が生き返った。普通に考えればあり得ない。でも、イリスは間違いなく死亡したと言っていた。だとしたら、考えられる可能性は一つしかない。
「ちょ、ちょっと待ってて!」
私は部屋を飛び出して、隣にあるルミナリア様の部屋に飛び込んだ。
「ルミナリア様、あれは――」
私が言い終えるより早く、パソコンのまえに座っていたルミナリア様が手振りで私のセリフを遮った。それからモニターのまえにあるマイクに向かって「急用だ、少し離席する」と言って、オーディオインターフェースのミュートボタンを押した。
それから席を立ち、私のまえに歩み寄ってくる。
「……リシェル、配信中のプレートを出しておいただろう?」
「ご、ごめんなさい」
少し冷静になった私は深々と頭を下げた。
「……ふむ。まぁいい。それで? そんなに慌ててどうしたのだ?」
「あっ、そうでした! ミリアになにをしたんですか!?」
「あぁ、あの子か。死んでいたから生き返らせておいたぞ」
予想通りの、それでいてとても信じられないような答え。私はゴクリと喉を鳴らし、「死んだミリアを……生き返らせたんですか?」と震える声で聞き返した。
「ああ。あの娘、おまえを慕っていたからな。……生き返らせない方がよかったか?」
「――そんなことはありません!」
とっさに否定して、それから大きく息を吐く。
「いえ、その……すみません。驚いただけで、心から感謝しています。ミリアを生き返らせてくださって、ありがとうございました」
「そうか、余計なお世話じゃなければ安心した。それと、驚かせて悪かったな」
「い、いえ、私が勝手に驚いただけですから」
私は慌ててそう言って、もう一度息を吐いた。本当に、予想外だ。でも、彼女が創造神であることを考えれば普通のことなのかもしれない。
「……ルミナリア様って、過去にも人を生き返らせたこと、ありますか?」
「ん? いや、今回が初めてだ」
「そう、なんですか?」
日常的なことだと思っていた私は首を傾げる。
「うむ。人の理に、人ならざる私がむやみに介入するべきではないからな」
「じゃあ、今回はどうして……」
「言っただろう。おまえを慕っている娘だったからだと。あのままにしておけばおまえが悲しむだろう? だから、生き返らせただけのことだ」
「……私の、ため?」
「そう言っているつもりだが?」
「~~~っ」
……ヤバい。
創造神が、いままで誰も生き返らせたことのない神様が、私を悲しませたくないという理由だけで、人一人を当たり前のように生き返らせた。
それを嬉しいと思ってしまっている。
でも、喜んでばかりもいられない。ルミナリア様がいなければと思うとゾッとする。
「ルミナリア様、ありがとうございます。このご恩は一生を懸けてでも必ず返します」
「ん? なら、今晩は夕食を一緒に食べよう」
私が想定するのとは全然違う答え。でも、ルミナリア様にとってはそういう話だったのだろう。
だから――
「分かりました。今日も明日も明後日も、夕食は一緒に食べましょう」
私は精一杯の笑みを浮かべた。
――そして、ルミナリア様と話を終えた私は再び自分の部屋に戻る。ミリアは私の言いつけ通り、ベッドの縁に腰掛けて大人しく待っていた。
「あ、おかえりなさい。なにか分かりましたか」
「……ええ、色々と分かったわ。でも、どこから話したものかしら……」
どこからと言いつつ、心の中ではどこまで話すべきかを考える。生き返らせたことを説明したら、ルミナリア様のことも話す必要が生まれる。
……そうね。ルミナリア様の正体は秘密にするとして、だったら生き返らせた事実も伏せた方がいいだろう。
「貴女は荒野のフィールドに血まみれで倒れていたの。それを見つけたのがルミナリア様。危ないところだったけど、治療してくださったのよ」
「……そう、言えば……ルミナリア様に話しかけられたような記憶があります」
ミリアには心当たりがあるらしい。
でも、ミリアの元に駆けつけたのは私だし、そのときには間違いなく死んでいた。恐らくミリアがルミナリア様を見たのは死後の話だろう。
……うん、ミリアにはこのまま誤解しておいてもらおう。
そう思った直後、ミリアは「だけど――」と続けた。
「さっき、『貴女は殺された』って言いましたよね?」
「そ、そんなこと、言ったかしら?」
「言いました。それに治療したって言ったけど、あの状態から間に合うはずありません。だって、あのとき、わた、私は……」
ミリアがその身を震わせる。殺されたときのことがフラッシュバックしたのだろう。それに気付いた私は咄嗟にその身体を抱きしめた。
「嫌なことを思い出させてごめんなさい。だけど、貴女はもう大丈夫。もう大丈夫だから」
私はそう言ってミリアの背中を撫で付けた。
ほどなくして、ミリアはようやく落ち着きを取り戻した。そして彼女は私の顔を見上げる。
「リシェル様、私、生き返ったんですか?」
「……ええ、そうよ。ルミナリア様が生き返らせてくださったの」
これ以上の嘘は付けないと、私は正直に打ち明けた。その上で協力してもらう道を選ぶ。
「やっぱり、そうだったんだ」
「ええ、それが事実よ。そして、その上で聞くわね。その事実、秘密にしておいてくれる?」
私の言葉に、ミリアは首を傾げた。
「貴女が生き返って嬉しい。だけど、死んだ人間が生き返ったと知られれば、間違いなく大陸中を揺るがす騒動になる。だから、秘密にして欲しいの」
「分かりました。誰にも言いません」
ミリアは真剣な表情でそう言った。
「……約束できる?」
「はい、約束します。恩人を困らせたりしません」
「……そう、貴女を信じるわ」
この調子なら大丈夫だろうと、私は安堵の息を吐いた。
万が一が起こってもルミナリア様ならなんとでもしそうだけど、迷惑はかけたくないものね。
「じゃあ、後もう一つ。貴女が斬られたことは冒険者ギルドに知られているの。でも、私は貴女が死んだとは言っていない。だから、治療が間に合ったことにしましょう」
「分かりました」
「いい子ね。それじゃ話は以上よ。クランハウスに戻りましょう」
私がそう言って右手を差し出すと、ミリアはその手を取ってベッドから立ち上がった。
「そう言えば、ここはどこなんですか? 森の中、みたいですが」
「――秘密よ、この場所のこともね」
私はそう言って、茶目っ気たっぷりに笑った。




