エピソード 3ー11
連続投稿につき,読み飛ばし注意
ルミナリア様に見送られ、私は冒険者の背後へと転移する。
気配に気付いたのか、剣士の男が振り返った。
「――誰だ!? ……って、おまえか。ははっ、あんな安い挑発に乗ってこんなところまで追いかけてくるとは、案外、チョロかったな。あの嬢ちゃんの敵討ちでもしようってか?」
「……あら、彼女を殺したと認めるの?」
「さぁ、どうだろうな?」
男はニヤけながら目配せをする。
すると、他の二人は左右に分かれ、私をゆっくりと包囲するように動き始めた。私はそれを無視したまま、目の前の男に話し掛ける。
「……ねえ、どうしてあんなことをしたの? 貴方達の実力なら、冒険者から素材を奪うより、稼ぐ方法はいくらでもあるでしょ?」
私がそう尋ねると、男達は急に爆笑を始めた。
「……なにがおかしいの?」
「これが笑わずにいられるかよ。てめぇはまさか、俺達があんなちゃちな素材目当てであの嬢ちゃんを襲ったとでも思ってるのか?」
「……違うの?」
「違うね。俺達があの嬢ちゃんを狙ったのは、てめぇの関係者だったからだ。セーフエリアを独占しようなんて考えるから、身内があんな目に遭うんだぜ」
予期せぬ答え。
だが、私は一つの可能性に思い至った。ダンジョンを発見したとギルドに伝えたその日、私はセーフエリアの管理権限を譲れと脅されているから。
「……私を襲った冒険者の、仲間?」
「おいおい、あんなのと一緒にするなよ。俺達はあいつらから情報をもらっただけだ。ダンジョン発見者の管理権限を持ってる女の情報を、な」
男はにやりと笑みを浮かべる。直後、残りの二人が私の左右を挟み込むように配置についた。
半円状に包囲されている形。
「……そう。私を引き摺り出して管理権限を奪うために、ミリアをあんな目に合わせたのね。そんなことのために、ミリアを……」
「いまさら気が付いてもおせぇよ! ――やれっ!」
合図とともに、彼らは一斉に武器を構え、私に襲い掛かろうとした。
だがその瞬間、巨大な影が私達を覆った。
その影が濃くなると同時に地響きがして、突風が巻き起こる。私の隣に、エンシェントドラゴンが降り立ったのだ。
「――ば、馬鹿な! なんでこんなところにドラゴンがいやがる!」
「おい、ヤベェよ! あのデカさ、普通のドラゴンじゃねぇぞ! 属性竜? いや、それにしてもデカすぎる!」
「――ま、まさか、エンシェントドラゴン!?」
三人は青ざめて、呆然とその巨体を見上げた。
「ふ、ふざけないで! 神話のバケモノじゃない! なんでこんなところにいるのよ!」
女性の冒険者が後ずさろうとしたが、リーダーらしき男がその女性の腕を掴んだ。
「ま、待て! 刺激するな。俺たちよりあいつの方が近い。だから、あいつが襲われるのを待つんだ。逃げるのはそれからだ」
非道だが、自分たちの生存を優先するなら理にかなっている。
私がダンジョンマスターとして、エンシェントドラゴンを支配下に置いていなければ、だが。
「証拠がないからと言って、暴力に訴えるべきではないわ。領主の妹なら、法に基づいて動くべきよ。それは分かっているの。だけど――」
絶望に染まった彼らのまえで、私は真横に立つ巨大なエンシェントドラゴンの足を撫でた。
彼らは、私がエンシェントドラゴンに食い殺されると思っただろう。だけど、エンシェントドラゴンはグルルと鳴いて、私に頭を寄せてくる。
「……は?」
連中が信じられないと目を見張る。そんな彼らの前で手袋を脱ぎ捨て、手の甲に刻まれた紋章を見せつける。
「貴方達は、これがダンジョン発見者の称号だと思っているのでしょう? だけど、間違ってるわ」
「なんだ? こんなときになにを言ってやがる?」
「わからない? ダンジョンの支配者が侵入者を排除するのに理由なんていらない。そう言っているのよ」
「……は? なんだそれ。それじゃ、まるで、おまえが――」
「――やりなさい」
私が命じた瞬間、エンシェントドラゴンはふわりと羽ばたいて、目の前の男に襲い掛かった。
男はとっさに剣を横薙ぎに振るうが、エンシェントドラゴンの鱗には傷一つつけられない。
そして――
「――ぐっ」
男はエンシェントドラゴンの足に組み敷かれる。
だが、殺さぬように軽く足を乗せているだけなのだろう。男はまだ生きていて、エンシェントドラゴンが指示を求めるように私を見た。
それに対し、私は「殺しなさい」と命じる。
「がっ、こいつ! うごけな――ぐっ。つ、潰れる。鎧が、潰れる! おい、おまえら、早くなんとかしろ! じゃないと、俺が潰れる! うぐ! や、やめろ、俺が悪かった、謝る! もう二度とこんなことはしない! だから、許して――かはっ」
鎧のひしゃげる音と共に、肺の空気の零れる音が漏れた。そして男は動かなくなる。
荒野のフィールドに、束の間の静寂が訪れた。
「や、やべぇ!」
「に、逃げるわよ」
恐怖に支配された二人が逃走しようとする。
だが、新たなワイバーン二体が現れ、二人の行く手を遮るように降り立った。二人はワイバーンとエンシェントドラゴンに前後を挟まれる。
「やめろ、来るな! ちくしょう、どうしてこんなことに!」
「ひぃっ、許して! あなたがこんな化け物を従えてるなんて思わなかったの!」
恐怖に染められた声で命乞いを始める。
だけど、彼らがいくら反省し、おのれのおこないを悔やんでも、死んでしまったミリアは生き返らない。
「後悔に塗れて死になさい」
悲鳴が二つ、荒野のフィールドに虚しく消えていった。私は彼らの死を見届け、仮初の空を見上げる。
「……ミリア、仇は討ったからね」
その呟きは風に乗って、空の彼方に消えていく。その空の向こうでミリアが安らかに眠っていることを願い、私はささやかな祈りを捧げた。
まあ空の向こうにはいないんですけどね。




