エピソード 3ー10
ちょい長かったので二話に分けました。
次の投稿は十分後。
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ミリアが冒険者に斬られた。
それを見た瞬間、私はイリスを呼びつけた。そうして彼女と共にミリアが斬られた現場の近くへと転移。ミリアの元へと駆け寄り、その体を抱き起こす。
だが、彼女の体からは体温が失われ、事切れたかのようにピクリともしない。
「ミリア、しっかりなさい! ――イリス、ミリアのケガを治して!」
私の指示を受け、マギアメイド――イリスが治癒魔術を行使した。ミリアの傷が見るみると塞がっていくが、ミリアは目を覚さない。
「ミリア、起きなさい。ミリア!」
ミリアを揺すっていると、その手をイリスに掴まれた。
「……ご主人様。もう、手遅れなのよ」
「……嘘、よ」
「事実なのよ。その子の魂は、既にここにいない。だから傷は治っても、彼女は目覚めないのよ。だって、もう死んでいるから」
「……そんな、嘘。嘘よ!」
あり得ないと首を横に振る。
けれど、イリスはなにも言ってくれなかった。
「……どうして、こんなことに」
私のダンジョンで初めての犠牲者。こんなことが起こらないように気を付けていたはずなのに、よりによって私の身内が亡くなった。
子供達になんて言えばいいか分からない。
「……ミリア、ごめんなさい」
私のせいだ。ルミナリア様がいるからなにかあっても大丈夫なんて、気を抜くんじゃなかった。
柄の悪そうな冒険者にもっと注視しておくべきだった。
……許さない。せめて、報いだけは受けさせなくちゃ、ミリアに顔向けできない。
「イリス、着替えて冒険者ギルドに行くわ」
答えの代わりに、イリスが指を鳴らした。私の服がトレーナーから正装のドレスに変わる。
「ありがとう。それじゃ……転移」
私の呟きと共に周囲の景色が切り替わる。
人目を避けて路地に転移した私達は、路地を出て冒険者ギルドへと足を踏み入れた。血まみれのミリアを抱えた私を見て冒険者ギルドが騒がしくなる。
「リシェル様? その子は――すぐに治癒魔術を!」
奥から駆けてきたレイシャさんが血まみれのミリアを見て指示を飛ばす。
「……傷は治したわ。それより、犯人を探しているの」
「犯人? まさか――っ」
「ええ。彼女をこんな目に合わせたのは冒険者よ。三人組で――」
私はそこで一度言葉を飲み込んだ。背後から爆笑するような声が聞こえたから。クルリと振り返ると、三人組の冒険者が近付いてくるところだった。
その顔は忘れもしない。さっき、私がモニター越しに見た顔で間違いがなかった。
私はその三人組を見ながら、再び口を開く。
「メンバーは、男の剣士が二人。そして弓使いの女性が一人よ」
私の言葉の意味を理解したのだろう。レイシャさんが息を呑んだ。と同時に、話を聞いていたであろう、周囲の冒険者達も緊張感を漂わせる。
私はそんな中、男達のまえへと一歩を踏み出した。
「あ? なんだ?」
こちらに気付いた男が私を見て――腕の中にいるミリアに気付いて顔をしかめた。
「……この子に、見覚えはあるかしら?」
「……なんのことだ?」
「惚けるつもり?」
睨み付けると、男は「知らねぇって言ってるだろ」と声を荒らげた。
だけど――
「そう? おかしいわね。貴方がその手に持っている鞄、この子の物なんだけど」
「――っ」
明らかに狼狽えた。それで、周囲の者達にも私の言葉が真実だと伝わったはずだ。
だが男はあくまでも認めようとしない。
「知らねぇって言ってるだろ」
「惚けても無駄よ。鞄に紋章が縫い付けてあるでしょ? それはクランハウスの私物である証よ。だから、それは貴方の物じゃない。どうして持っているのかしら?」
私が詰め寄ると、男は舌打ちをした。
「うるせぇな、この鞄は荒野エリアで拾ったんだよ」
「……拾った?」
「ああ、荒野エリアでな。もしかして、この鞄はその嬢ちゃんのか? なら、うっかり荒野エリアに入って魔獣にでも襲われたんじゃないか?」
男がそう言うと、他の二人はニヤニヤと笑った。
私は無言でレイシャさんに視線を向ける。捕まえられるかという無言の問い掛けに、レイシャさんは厳しい顔で首を横に振った。
それを確認し、私は視線を彼らに戻す。
「……あくまで、この子に見覚えはないと?」
「さっきからそう言ってるだろ」
「……分かった。じゃあいいわ」
罪を認めないならもういいと、私は彼らに見切りを付けた。領主の妹として裁けずとも問題はない。私は領主の妹であると同時にダンジョンマスターだから。
そんなふうに考えていると、男はミリアを抱える私の手の甲、恐らくそこに刻まれた紋章を見た。
「そうか、てめぇがクランハウスを所有するリシェルだな」
「……だったら?」
「いいや、ただの確認だ。ほら、落とし物を返してやるよ」
男はそう言ってミリアの鞄を投げつけてくる。両手が塞がっている私はそれを受け取れないが――私の顔に当たる寸前、イリスがその鞄を受け止めてくれた。
それを見た男は舌打ちを一つ、「おい、おまえら。口直しだ。もう一回ダンジョンへ行くぞ」と話ながら去っていった。
それを見送っていると、レイシャさんが厳しい表情で私のまえに立った。
「リシェル様、彼らが犯人なのですか?」
「ええ、そうよ」
「なにか証拠があるのですか?」
「……残念だけど、確実な証拠として提示できるのはこの鞄だけね」
「そう、ですか。…………申し訳ありません。犯行がダンジョンの中で、第三者による目撃情報がないとなると処罰は厳しく。見張りをつけ、彼らが過去に同様な事件を起こしていないか、調査はしてみますが……」
「大丈夫、調査は必要ないわ」
「……え? まさか、後を追うつもりではないですよね?」
彼らがこれ見よがしにダンジョンに行くと言っていたのは挑発だ。私を誘っているのは明らかで、だから私は「まさか」とおどけて見せた。
「この子を家に連れて帰るわ」
「……そうですか。くれぐれも、無茶はしないでくださいね?」
釘を刺されるが、私は分かっているわと受け流して冒険者ギルドをあとにした。
でも、レイシャさんは、私が素直に帰るとは思っていないだろう。
「イリス、後を付けている人は?」
「二人いるのよ。たぶん、ご主人様が彼らの後を追いそうになったら止めるために、受付嬢がつけたのだと思うのよ」
「……分かった。じゃあ一度屋敷に戻るわ」
「了解なのよ」
そんなやり取りをして、私はクランハウスに入るふりをして、そのまま屋敷の自室へと帰還した。
クランハウスに入らなかったのは、ミリアの死を孤児院の子供に伝える勇気がなかったから。
そうして自室のベッドの上にミリアを横たえると、そこにルミナリア様がやってきた。彼女はベッドの上のミリアを見て傷ましげな顔をした。
「……リシェル、どうするつもりだ?」
「私のやるべきことを果たします」
イージーワールの領主達には、仕返しをしたいとは思っても、死んで欲しいとまでは思わなかった。
だけど――今回の連中は一線を越えた。
私はダンジョンの管理メニューから冒険者の現在地を探す。彼らは去り際の言葉通り、もう一度ダンジョンの荒野エリアに向かっているようだった。
それを確認した私はイリスにいくつかの指示を出し、ルミナリア様に視線を向ける。
「ルミナリア様、少し出掛けてきます」
「そうか……気を付けてな」
ルミナリア様はなにも聞かず、そっと私の背中を押してくれた。




