エピソード 3ー9
ある日、ファリーナがクランハウスにある私の部屋に乗り込んできた。ダンジョン最奥にある屋敷の自室にいた私は慌ててそちらの部屋に移動する。
「リシェル、すぐに来てください!」
「……ファリーナ、そんなに興奮してどうしたの?」
「どうしたのじゃないですよ! 夜明けの光の方々から聞いていないのですか? セラフィニウムと、ネフィラ樹脂がダンジョンで見つかったんです!」
「……あぁ、ようやく見つかったんだね」
それらの採取ポイントは私が設定したものだ。
中には、未到達区域に設置したものもあるけれど、いまの二つは夜明けの光の活動地域の採取ポイントに紛れ込ませた。たまにしか手に入らないレア設定だけど、もっと早く見つかってもおかしくはなかった。
だけど――
「ようやく、ではありません! 伝説の素材ですよ!?」
ファリーナの反応は想定外だった。
「……伝説? でも、ファリーナが欲しいって言ったんだよね? それに、ネフィラ樹脂なら私も聞いたことがあるし……え? そ、そんなに珍しいの?」
話しているうちにファリーナの表情が険しくなって、私はようやくまずい状況だと気が付いた。
「……いいですか? 私がそれらの素材を上げたのは、手に入ればいいのにと、無い物ねだりの冗談です。そしてセラフィニウムは……故郷のおとぎ話に登場する伝説の金属です」
「――う゛ぇっ!?」
女の子が出しちゃいけない呻き声が零れた。
「お、おとぎ話?」
「はい。別名は聖銀。青の光沢が混じる淡い輝きを放つ金属で、マリエス族の扱う魔術回路と極めて相性がよいと言われています。魔力の伝導率は極めて高く、複雑で高度な術式にも耐えうる強度があり、その金属を鍛えた剣は神をも切り裂くとすら言われています」
「……そ、そうなんだ」
さすがにルミナリア様を切り裂くのは無理だと思う――と、そういう問題ではない。
それほど貴重な金属だということだ。
「セラフィニウムが発見されたなんて世間に広がったら、マリエス族が隣の大陸から大挙して引っ越して来ますよ」
「……それは、嬉しいような、困るような」
私が曖昧に答えると、ファリーナは「間違いなく騒動になります」と断言した。
「そう、だよね。しばらくは、秘密にした方がいい?」
「……そうですね。新たに発見されるまでは黙っておいた方がいいと思います」
「それしかないよね。でも……リオ達は納得するかな?」
入手したのは彼らだ。
私が八割を得る契約とはいえ、彼らの意志も無視は出来ない。
「大丈夫だと思います。幸か不幸か、今回は装備を造れるほどの量じゃありません。彼らにしても、装備が造れる程度の量が確保できるまで、秘密にしておきたいはずです」
「あ、そっか……そうだよね」
私は問題を先送りにする案を採用した。
迂闊だったけど、やってしまったものは仕方ないと、ひとまず荒野に設置したセラフィニウムを始めとした、見つかるとまずそうな素材の採取確率を引き下げた。
これで少しは時間稼ぎが出来るはずだけど……夜明けの光の面々には申し訳ないことをしたので、代わりに彼らの装備に向いている素材を多く得られるように再調整しておく。
それから、私は屋敷の自室に戻り、パソコンのまえに座った。
ここ一ヶ月ほどで、セーフエリアは急速に活気づいている。冒険者も続々と集まっており、既に何十人もの冒険者がダンジョンで活動を始めている。
中には柄の悪そうな冒険者もいるが、いまのところは問題も起きていない。夜明けの光も順調に装備に必要な素材を集めて、装備を充実させていっている。
ダンジョンは順調に回っているようだ。
それらを確認しつつ、素材の再調整をおこなう。すると、管理メニューにアラートが表示された。
「ナビ、現場の映像をメインモニターに」
「――変更しました」
管理AIの返事と同時、メインモニターの映像が切り替わる。そこにはワイバーンを相手に苦戦する冒険者達の姿があった。六人組のパーティーで、そのうちの一人、剣士が負傷してうずくまっている。
「重症――ではなさそうね。それに盾役は無事、治癒魔術師もいるみたいだから、立て直せそう、かな。とりあえずは様子見にしましょう」
これは、ここ最近の日課。
ダンジョンのバランスを調整するために、冒険者がピンチに陥った場合は、いまのようにアラートを出して確認、冒険者の犠牲が出ないように介入しているのだ。
「……っと、またアラートが。ナビ、お願い」
「――変更しました」
切り替わった場面は戦闘中ではなかった。
男女混合の三人組が、もう一人、まだ若い女の子を壁際に追い詰めている。
「……アラートの原因は、女の子の腕のケガ、か。剣で斬られたのね」
それだけでおおよその事情を察する。
ダンジョンの中に法の支配は及ばない。善人の振りをして仲間を、あるいは通りすがりの冒険者を襲い、その成果物を得るような悪人がいる。
対処しようと立ち上がった瞬間、カメラの中で女の子が顔を上げた。
「……ミリア?」
孤児院からやってきた頑張り屋。私にがんばる切っ掛けをくれた女の子。ミリアは祈るように空を見上げ――その身を冒険者に斬られた。
◆◆◆
「……ここ、は……?」
ゆっくりと目を開いたミリアの視界に広がったのは真っ白な世界だった。どこまでも広がる純白の、それでいてどこか寂しさを覚える静寂に包まれた世界。
その光の中に、不意に黒が滲んだ。その黒はふわりと広がり、その中心に女性の顔が浮かび上がる。
「貴女は……あれ、私、どうして……?」
こんなところにいるのかと考えたミリアは、それまでのことを思いだす。
「あぁ、そっか。私、斬られたんだ」
これまでのことを思い出したミリアは真っ白な世界の中、「死んじゃったのかな……」と、力なく呟いた。そんなミリアの視界に影が滲む。
黒髪の女性が、ミリアのことを見下ろしていた。
「……おまえは、どうしたい?」
「どうしたいか言えば、叶えてくれるの?」
「それは私の気分次第だ」
「……変なの」
死ぬ前の走馬灯にしては変だなと思いながら、ミリアはその答えを思い浮かべた。
「……私は孤児院のみんなを幸せにしたい。クランハウスに来た子供達の行く末も見守りたい。私達に救いの手を差し伸べてくれたリシェル様に恩を返したい」
「色々とあるのだな。……要するに、生に未練があるのか?」
「……未練? そっか、私、ホントに死んじゃったんだ……」
どうして斬られたのか分からない。意味も分からず殺された。やりたいことも、叶えたいこともたくさんあったのに、理不尽にすべてを奪われた。
それを理解して、ミリアは怒りと悲しみに押しつぶされそうになる。
「嫌だ、これで終わりだなんて嫌だよ。こんな風に、終わりたくないよ……」
それが叶わぬ願いだと知りながら、ミリアは子供のように泣きじゃくる。
そして――
「そうか、ならばその願い、私が叶えてやろう」
不遜な言葉と共に、ミリアの見る世界は再び真っ白に染め上げられた。




