エピソード 3ー7
クランハウスの運営を始めてから一週間ほどが過ぎたある日。手紙を見たノエルさんが、護衛の冒険者を引き連れてやってきた。
そんな彼をクランハウスの応接間で出迎える。
「ノエルさん、ようこそおいでくださいました。どうぞ、そちらの席にお座りください」
赤い絨毯の上に敷かれた大理石のローテーブル。その向かいにあるソファを彼に勧め、私は向かいの席に着く。
「お招きに感謝する。早速だが本題に入らせてもらおう。手紙には、セーフエリアの土地を譲渡する意志があるとのことだったが……本当か?」
「ええ、本当です。ただ、そのまえに申し上げなければならないことがあります」
「……イージーワールの領主が通行税を取り始めたことだな?」
その問いに、私は小さく頷いて見せた。そこに、紅茶とお菓子をトレイに乗せたアイシャがやってきた。私は少し会話を止め、お茶菓子が並べられるのを見守る。
孤児院の元料理担当、いまはここで料理や雑用を引き受けてくれている。最初は不安もあったけれど、問題なく仕事を回せているようだ。
「ありがとう、アイシャ」
私が感謝の言葉を口にすると、彼女は無言で、だけど少しだけ表情をほころばせて頷いた。そうして退出する彼女を見送り、私はノエルさんに視線を戻す。
「イージーワール領の件は既にご存じだったようですね。私としては、王都との取引が増えること自体は光栄なことだと思っています。ですが……」
「高額の通行税を奪われれば商売が成り立たない、か」
ノエルさんは紅茶を口に、ほうっと感心するような声を零した。
そんな彼の前で、私は首を横に振る。
「少し違います。アルステリアの領主様は、イージーワールの領主に屈するつもりはないと仰せです。そして、それは私も同じ気持ちです」
「プライドで、商機を手放すのか?」
こちらの考えを読み取ろうとする鋭い視線が向けられる。私はその視線をまっすぐに受け止め、首を横に振った。
「ここでイージーワールの領主に屈すれば、かの領主は今後も搾取しようとしてくるでしょう。今回は許容できても、次回も許容できるとは限らない。止められるときに止めなくてはならないのです。たとえ、痛みを伴うことになったとしても」
端的に言ってしまえば、そちらの伝手で通行税をなんとかしてくれるなら、そのお礼にセーフエリアの土地を売ってもいいし、なんなら少しくらいは割引をする――である。
そんな私の思惑は正しく伝わったのだろう。彼は顎に手をやって小さく頷いた。
「……なるほどな。それでうちを頼った訳か」
「はい。王室と繋がりがあるとお聞きしましたので」
私はそこで含みのある笑みを浮かべた。
彼が、イージーワールの領主と無関係であることは、イリスの調べで明らかになっている。そしてもう一つ、私は彼の素性について面白い事実を聞かされている。
「――貴方なら、なんとか出来るのではありませんか?」
「……さあ、どうだろうな」
彼は自然と惚けて、けれど一呼吸置き、すぅっと目を細めた。
「……だが、イージーワールの領主のおこないは以前から目に余ると思っていた。なんとかするのは不可能ではないかもしれないな」
「それは頼もしいお言葉ですね」
私は微笑み、彼の言葉の続きを待った。
「……仮に通行税の件を解決したとして、土地はいかほど売ってくれるんだ?」
「そうですね……こことここ、それにこちらの一角を予定しています」
「……ふむ。およそ六軒分か。立地も悪くない。欲を言えばもう少し欲しいところだが……」
ちらりと視線を向け、こちらの反応を窺ってくる。
「実のところ、道を挟んで西側は冒険者ギルドに。そして東側の他の土地は領主様にお譲りしてしまいました。ですから、私がお譲りできる土地はそれですべてです」
「そなたが売れる土地は、か?」
含みのある笑み。
その意図を理解した私は小さく頷く。
「はい。さらに必要であれば、冒険者ギルドか領主様にご相談ください。その場合も、おそらくは通行税のことについて相談されると思いますが……」
その言葉を聞き、彼はついに苦笑した。
「なるほど、根回しは万全と言うことか。なかなかどうして、交渉ごとに慣れているな。偶然、ダンジョンを発見しただけの娘ではない、ということか」
「私は代理人ですから」
だいぶ綻びが出てきた。私がノエルさんの素性に気付いたように、彼も私の素性に気付いているかもしれないけれど、自分の口から明かすつもりはない。
王都には、厄介な噂が流れているからねと、澄まし顔をしていると、彼はふっと息を吐いた。
「では一ヶ月ほど待ってくれ。イージーワール領のことはこちらでなんとかしよう」
「はい、よいお返事を期待しています」




