エピソード 3ー4
「レイシャさん? このペンダントがどうかしましたか?」
手に取って持ち上げると、ようやくレイシャさんの反応があった。
「リシェル様、そのペンダントは、どこで手に入れられたのですか?」
「ダンジョンを発見したと報告したその帰り、絡まれたところを助けてくれた人からもらいました
「あのときですか……」
レイシャさんは再び考える素振りを見せた。
「……レイシャさん?」
「そのペンダント、通し番号が入っています。誰が渡したか分かるように。裏に刻まれた番号は……」
私はちらりとペンダントに視線を向ける。そこには00という数字が刻まれていた。でも私がそれを口にするより早く、レイシャさんは首を横に振る。
「いえ、なんでもありません。ギルドは全面的にアルステリア領に協力いたします」
「……いいんですか?」
「はい。貴女を敵に回す訳にはいきませんから」
色々と腑に落ちないことはあったけれど、イージーワール領の件での話し合いはつつがなく終わった。そうして、レイシャさんは帰宅。
集会所には私とお兄様だけが残る。
「今更だが、リシェルが元気そうでなによりだ」
「お兄様も、壮健そうでなによりです。それと、ファリーナ達の件、無理なお願いを聞いてくださってありがとうございます」
「いや、こちらとしても望むところだ、問題はない」
「ですが、領都に用意した工房が無駄になってしまったでしょう?」
「いや、そちらに関しては、ファリーナ達が後継者を育てたので問題はない」
「……え? もうですか?」
そういう計画があったのは知っていたが思ったより早いと驚く。
「おまえが言ったのだろう? いつか、彼女達にダンジョン産の素材を届けると。そうしたら、彼女達に農具を作っている時間はなくなるから急がせたのだ」
「お兄様、私を信じてくださっていたんですね」
思わず笑みがこぼれる。
「ああ。だが、ダンジョン発見者になるとはさすがに想定していなかったぞ。地鳴りはダンジョンの生成のせいだったのか?」
「それは……どうでしょう?」
ルミナリア様のことを話すつもりのない私は即座に惚けて見せた。
「……ふむ。まあ分からぬか」
「はい。それより、セーフエリアの土地についてですが」
「ああ、そうだった。おまえはどれだけの土地を所有しているんだ?」
その問いに対し、私はセーフエリアの簡略図をテーブルの上に広げる。
「この南北を繋ぐ大通りに面する土地です。西側は冒険者ギルドに売約済みで、東側はこのクランハウス、それからクラウンリンク商会に売る土地も含まれますが、少なく見積もっても、四十軒分くらいは融通できると思います」
「四十軒か、さすがにそれだけの土地を買うお金はないな」
「……え? 差し上げるつもりでいたんですが……買うおつもりですか?」
「もちろんだ。いくら兄妹とはいえ、おまえが自力で手に入れた土地を取り上げる訳にはいかない。正当な対価は支払うべきだ」
「……うぅん」
その気持ちはすごく嬉しいのだけど、自力で手に入れたと言われると……である。
それに――
「お兄様、私の夢はお兄様と同じです。お父様とお母様が夢見た、アルステリア領を、民が笑って暮らせるような豊かな土地にすること。だから、そのために協力させてください」
「だが……」
「ここまで一緒にがんばってきたのに、いまさら除け者ですか?」
挑戦的に笑いかければ、お兄様は苦笑した。
「そう言われると、断る訳にはいかないな。だが……本当にいいのか?」
「はい、どうか領地のために使ってください」
それに、私は冒険者ギルドや、おそらくはクラウンリンク商会からも収入を得ることになる。それも領地の発展に投資するつもりなので、なんら問題はない。
「……分かった。おまえの気持ち、ありがたく受け取るとしよう」
「はい。私も微力ながら、セーフエリアで領地のためにがんばります」
午後、私は屋敷の自室でソフトドリンクを片手にパソコンを起動。三枚あるモニターには、ダンジョンの監視映像と管理メニュー、それにダンジョンの全体マップが表示させる。
続けて、全体マップから侵入者――つまりは冒険者が探索したエリアを表示する。ダンジョンが解放されてから既に一ヶ月ほど経つが、ほとんどのエリアは未探索だった。
探索されているのは草原と荒野まで、その荒野も半分ほどしか探索されていない。
「……最初だからかと思ったけど、未だに探索エリアがこの調子なのはおかしいわよね? 奥のエリアほど、素材から得られる収入は大きくなるように設定しているのに……」
夜明けの光あたりなら、安全を確保しつつも、もっと奥まで進めるはずだ。なのに、奥に進まず、手前で引き返している理由はなんだろう?
――と、ちょうどダンジョンに潜っていた彼らの映像を確認する。
「いまは……ワイバーンを狩ったところね」
アルステリア領の冒険者ギルドで一番の腕利きという触れ込みは伊達じゃない。彼らは危なげなくワイバーンを倒し、素材を剥ぎ取っているようだ。
そして、ワイバーンの縄張りにあった採取ポイントでも採取を始める。
手際はよく、彼らにはかなり余裕があるように見える。さすがに、このあとは奥に進むだろう――と見ていたら、彼らは当然のように引き返し始めた。
「……どうして?」
時間だって昼過ぎだ。別に時間いっぱいまで働けと言うつもりはないけれど、ここで引き返す理由もないはずだ。そう思って、私は監視映像の音声を流した。
『――いやぁ、今日も成果は上々だな』
『ホントね。魔獣も群れないから狩りやすいし、王都のダンジョンより稼げそう』
『だな。欲を言えばもうちょい奥まで行ってみたいけど、美味すぎて、道中で荷物が一杯になっちまうからなぁ。こればっかりは仕方ない』
『そうね。荷物を置いたらもう一回来ましょう』
あぁ……と、すごく腑に落ちた。
事故が起きないように、魔獣は出来るだけ散らして配置した。だがそれが災いして、荒野エリアを越えようとしたら、必ずどこかで魔獣と戦うことになる。
結果、それらの成果物で荷物が一杯になって引き返している、と。
「盲点だったわ」
進めないのではなく、道中で満足して進む必要がない。
加えて言うのなら、行きに必ず魔獣と当たると言うことは、帰りもリポップした魔獣と戦う可能性が高い。リスクを考えれば、奥に行こうとしないのは必然だ。
……修正した方がよさそうね。と、私は魔獣の配置に手を加える。探索済みのエリアは基本そのままに、未探索エリアの魔獣の配置に若干の偏りを造った。
二体のワイバーンを配置して、代わりに採取ポイントを多めにした地域や、逆にワイバーンを遠ざけて、通り抜けやすそうな場所も造る。
「……これなら、砂漠エリアに行く冒険者も現れるかしら?」
現れてくれるといいなぁと、そんなことを考えながら配置の変更を進める。
「あとは……トンネルね」
配置場所についてはもう決めてある。
セーフエリアの近く、魔獣が出ない安全な草原エリアの片隅――まだ探索されていない場所に、大きなトンネルを造り、それを山の北側に繋げる。
幸い山脈はアルステリア領に属しているので、王室から所属で文句を言われることはないだろう。
また、トンネルの長さは数十キロ。そしてトンネルの出口から王都まで同程度の距離があるため、冒険者の拠点としての意義が奪われる心配もない。
問題は使用するポイントだけど、この一ヶ月、冒険者がダンジョンで活動していたために、ダンジョンマスターのレベルが一つ上がっている。私はそのポイントを使って、トンネルを開通させた。
ただし、いましばらくは見つからないように細工をしておく。これが発見されるのはもう少し先――通行税の打開策に進展があったあとの予定だ。
「という訳で――イリス」
「ここにいるのよ?」
私が呼びかけると、ゴスロリ少女が目の前に現れる。この子、ルミナリア様より神出鬼没な気がする。そんなふうに考えつつ、私は用意したペンダントと手紙を差し出した。
「貴女に二つ頼みがあるわ。一つ目はこの手紙とペンダントを持って、クラウンリンク商会のノエルに接触することよ」
「先日行っていた、取引の件ね。任されたのよ。それで、二つ目は?」
イリスの問い掛けに、私は少しだけ声のトーンを落とした。
「ノエルと、イージーワール領の領主が無関係かを確認してちょうだい」
「……ご主人様は、イージーワール領の領主と、その男が繋がっていると思っているのかしら? クラウンリンク商会が本物なら、その可能性は低いと思うのよ?」
「ええ、分かってる。私も疑っている訳じゃないわ」
でも、可能性はゼロじゃない。なら、安心できるように裏は取っておきたい。もう二度と、あのときのように悔しい思いはしたくないから。
「任せるのよ。ご主人様は安心して、部屋でだらけていたらいいのだわ」
「いや、別にだらけてないわよ」
「自分の格好を見てから言った方がいいと思うのよ?」
そんな言葉を残し、イリスは影の中へと消えていった。私は自分の姿を見下ろすけれど――ちゃんと上下共にトレーナーを身に着けている。
……あの子、なにを見て私がだらけていると思ったのかしら?
ちなみにルミナリア様はもうちょいちゃんとしています。




